第111話 声のかかる距離
連続投稿です。
109話からお読みください。
夕方。
ギルドの出入口は、
一日の終わりを迎えていた。
木札が返され、
帳面が閉じられる。
空気が、
少し軽くなる時間帯。
トアは、
木札を指で確かめ、
外へ出ようとしていた。
その時。
「……トア」
低く、
はっきりした声。
足が止まる。
振り向くと、
杖を背負った女冒険者が立っていた。
昼に見た顔だ。
いや――
最近、よく見る顔。
(……やっぱり、か)
逃げ道を、
無意識に探す。
だが――
彼女は近づいてこない。
距離は、
三歩分。
詰めない。
「今日の確認も」
「……時間、守ってた」
評価じゃない。
確認でもない。
事実を、
そのまま口にしただけ。
「……はい」
短く答える。
沈黙。
ギルドの中から、
笑い声が漏れる。
誰も、
こちらを気にしていない。
「無理、しなかったな」
次の一言。
トアは、
少しだけ考えた。
「……条件通りだったので」
女冒険者は、
小さく頷く。
「そういうのを、
続けられる奴は少ない」
それ以上、
踏み込まない。
名前も、
聞かない。
教えもしない。
だが――
背を向ける前に、
一つだけ残す。
「……次も、
似た札が出る」
言外に、
意味がある。
“取れる”
ではなく、
“合う”。
トアは、
頷いた。
「……はい」
それだけ。
女冒険者は、
歩き出す。
途中で、
振り返らない。
振り返る必要が、
ないからだ。
外。
夕暮れの通り。
トアは、
しばらく立ち止まっていた。
胸が、
少しだけ早い。
(……試された、
わけじゃない)
選ばれた、
とも違う。
だが――
“見られていた”ことは、
確かだ。
木札を、
握り直す。
重さは、
変わらない。
だが――
意味は、
少しだけ変わった。
ローディス王国領の町、
オーレム。
女冒険者は、
声をかけた。
少年は、
逃げなかった。
それだけで、
今日は十分だった。
次は――
札が先か。
言葉が先か。
距離は、
まだ保たれている。
だが、
もう“無関係”ではなかった。
ここまでお読みいただき、ありがとうございます。
小さな選択の積み重ねを意識して書いています。
何か感じた点があれば、感想で教えていただけると嬉しいです。




