第110話 雑談と、空いた札
連続投稿です。
109話からお読みください。
昼過ぎ。
ギルドの奥は、
昼の山を越えて、
少しだけ緩んでいた。
受付の女が、
帳面を閉じる。
「……で?」
カナは、
外套を椅子に掛けながら言った。
「さっきの外縁、
印は残ってた」
「触ってない」
「……でしょうね」
受付は、
苦笑にもならない表情で返す。
「今日は、
一件飛んだの」
「配達。町外れ」
「期限は日没前」
カナは、
一瞬だけ眉を動かした。
「……遅れた?」
「迷った」
「確認を後回しにして、
結果、時間切れ」
帳面の端を、
指で叩く。
「仕事は、
終わらせて初めて仕事」
それは、
いつもの言葉だ。
カナは、
何気ない調子で聞いた。
「……代わり、
回す人は?」
受付は、
視線を上げずに答える。
「もう決めた」
「……あの子?」
一拍。
受付の手が、
止まる。
「気にかけるなんて、
珍しいわね」
カナは、
肩をすくめた。
「最近、よく見る」
「失敗しない」
それだけ。
評価でも、
推薦でもない。
ただの、
事実。
受付は、
帳面を閉じた。
「……トアね」
「今、町にいる」
外。
町の通り。
トアは、
橋の影で、
荷車の通過を待っていた。
急がない。
焦らない。
(……まだ、昼だ)
呼び止められる。
「……トア」
振り向く。
受付の女だった。
依頼書を、
一枚差し出す。
「配達」
「距離は少しある」
「今日中」
紙の端に、
赤い印。
“再割当”。
理由は、
聞かない。
(……穴埋めか)
だが――
条件は、悪くない。
人目がある。
道は整っている。
期限も、
無理はない。
「……行けます」
即答。
受付は、
一瞬だけ目を細め、
紙を渡す。
「署名、忘れないで」
当然だ。
依頼書を受け取り、
町外へ向かう。
途中、
背中に視線を感じる。
振り向かない。
振り向く必要は、
ない。
夕方。
依頼先。
確認。
署名。
問題なし。
戻る。
日没前。
ギルド。
依頼書を出す。
受付は、
確認し、
頷いた。
「……完了」
銅貨六枚。
今までで、
一番多い。
理由は、
言われない。
だが――
意味は分かる。
(穴埋めの上乗せか)
横で、
カナが見ていた。
言葉は、ない。
ただ、
一度だけ、
深く頷く。
それで、
十分だった。
外へ出る。
空は、
すでに夜の色に近づいていた、
一つの失敗が、
一つの穴を空け、
別の選択肢を生んだ。
拾ったのは、
偶然じゃない。
拾える場所に、
立っていたからだ。
ローディス王国領の町、
オーレム。
少年は、
推薦されなかった。
だが――
“回される側”から、
“任せられる側”へ、
静かに移っていた。
その変化に、
気づいている者は、
もういる。
声をかける、
その一歩手前で。
ここまでお読みいただき、ありがとうございます。
小さな選択の積み重ねを意識して書いています。
何か感じた点があれば、感想で教えていただけると嬉しいです。




