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第109話 名を呼ばれない仕事


昼前。


町外縁の水路は、

昨日より人が少なかった。


荷車が通らない時間帯。

だから――

音がよく分かる。


水の流れ。

石の擦れ。

遠くの足音。


(……異常なし)


目で見て、

距離を測り、

触らずに戻る。


それだけの仕事。


だが――

それを“できる人間”は、

案外少ない。


印を、

一つ。


位置を、

覚える。


(……ここは、

触らない方がいい)


理由は、

説明できる。


だが――

今は言わない。


報告書の記入。


現場の状況を、

簡潔に書く。


それで、

終わりだ。


夕方。


ギルドに戻る。


掲示板の下段が、

また少し変わっている。


昨日と、

同じ列。


距離。

人目。

判断。


(……固定されたな)


偶然じゃない。


受付に、

報告書を出す。


女は、

書類を見て、

一度だけ頷く。


「異常なし」


「判断、問題ない」


報酬。

銅貨五枚。


木札を、

戻す。


その時――

背後で、

小さな声。


「……今日も?」


振り返る。


同年代の子。

顔は覚えている。

名前は知らない。


「……ああ」


それだけ。


彼は、

掲示板を見て、

苦笑した。


「……そっち、

多いな」


「……向いてるんだろ」


返事は、

しない。


向いているかどうかは、

自分で決めることじゃない。


外へ出る。


夕方の光。


門の影で、

誰かが立っている。


カナだ。


依頼帰りらしく、

外套を緩めている。


視線が、

一瞬だけ合う。


だが――

声は、ない。


(……まだ)


お互い、

分かっている。


今、声をかければ――

関係が変わる。


仕事の距離が、

崩れる。


だから、

何も言わない。


トアは、

町の方へ歩き出す。


カナは、

それを見送る。


(……名を呼ばれない仕事)


それが、

今の彼の立ち位置。


だが――

名を呼ばれないまま、

“選ばれている”。


それに気づける者は、

まだ少ない。


ローディス王国領の町、

オーレム。


少年の一日は、

静かに終わる。


だが――

ギルドの中では、

すでに次の札が、

用意され始めていた。


声をかける前の、

最後の準備として。

ここまでお読みいただき、ありがとうございます。

小さな選択の積み重ねを意識して書いています。

何か感じた点があれば、感想で教えていただけると嬉しいです。

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