side story-マリー「1.追憶」
はじめまして、宵月の兎です。
この作品を読んでくださってありがとうございます。
楽しんでいただけますと幸いです。
ゆっくり更新ですが最後まで頑張ります。
スイートポテトの甘い香りと、温かみのある蠟燭の明かりが、
厨房いっぱいに優しく広がっています——
二人で作った温かな料理で彩る、小さな食卓。
驚く私に、嬉しそうに笑って抱きついてくる柔らかく小さな手。
『今日の思い出に』と飾られた、小さな花。
こんなに穏やかで優しい時間が訪れるなんて、
あの夜のわたくしには、まるで想像もつきませんでした……。
そして、臆病なわたくしの心はまだ
”醒めない夢を見ているのではないか” なんて……。
つい、そんな風に思ってしまうのです。
◇◇◇◇◇
わたくしは、談話室の暖炉の前に置かれた古いロッキングチェアで、
炎のゆらめきを見つめながら日記帳を開きました。
最初に下町の雑貨店でこれを見つけた時……
このヌメ革の表紙は、真っ新なクリーム色でした。
「お嬢さん、それは使い込むうちに味が出て“自分だけの特別な一冊“になるよ!」
(——ふふ、雑貨屋のご主人の言う通りだったわね)
小さく笑んで撫でた表紙は、
まるで、この塔で過ごしてきた七年間を象徴するかのように美しく、
飴色に艶めいています。
後に『ワルプルギスの夜』と呼ばれるようになった、あの七年前の夜——
わたくしはお嬢様と出会いました。
生まれたてのしわくちゃなお顔、一生懸命にお乳を吸う可愛らしいお口……
おくるみ越しでもわかるフニフニと柔らかい赤ん坊の感触を、わたくしは今でもはっきりと思い出せます。
そんなお嬢様との何気ない日々の記録が綴られているこの手帳は、わたくしの一番の宝物です。
泣き止まないあなたと一緒に泣き明かした夜。
ぎゅっとわたくしの指を握って離してくれない可愛らしい手。
初めて『マンマ——』と呼んでくれた、あの晴れた昼下がり。
——今夜も、わたくしはそっとページをめくり、ペンを走らせます。
しかし、あの恐ろしい夜のことを思い出そうとすると、いつもわたくしの心は縮こまってしまって、
なかなかどうしてペンが思うように動かなくなってしまうのです。
”どうかこの先も、お嬢様にたくさんの祝福と精霊の加護がありますように……”
わたくしは月に祈りを捧げながら、ついつい明日の明るい未来に思いを馳せてしまう自分を諫め、あの夜の出来事を日記にしたためはじめるのでした——
最後までお読みいただき、ありがとうございました。
今回のお話は、マリーの宝物である「七年間の記録」の始まりでした。
次回からは、彼女が決して忘れることのないあの夜へと遡ります。
お嬢様とマリーの歩んできた時間を、一緒に見届けていただけたら嬉しいです。
よろしければ、引き続きお付き合いください。




