第二十四話「秘密のサンクチュアリ」
はじめまして、宵月の兎です。
この作品を読んでくださってありがとうございます。
楽しんでいただけますと幸いです。
ゆっくり更新ですが最後まで頑張ります。
なんとかお目付け役のマリーに許可をもらえたので、ゴーレム一号の結界を解除した後に塔を中心とした半径100メートルの範囲に結界を張ることにした。
「え、そんなに広くやってしまって大丈夫なの?」とマリーに聞いたら、公爵邸の敷地は貴族エリア随一の広大さゆえ、本邸からこの塔までだけでおおよそ500メートルほど距離があるのだそうだ。
(ジアって本来だったらとんでもないお嬢様だったんだ! )
「この塔は本邸の裏手に位置しているのですが……その、本邸の裏庭は迷路のようなつくりの大庭園となっているのです。 公爵家の庭園は薔薇が見事で、王宮庭園に勝るとも劣らないと言われているほどの規模で、本当に美しいのですよ」
ほうほう、と頷きながら話を聞いていたが「しかし……」と話を続けるマリーの表情が少し曇ったことに気づき私は眉を顰める。
「季節ごとに奥様が主催するガーデンパーティーや夜会には、公爵家の薔薇園を楽しみにいらっしゃるお客様も多く参加されます。 毎回、庭園を一部解放されるのですが……訪れたお客様がその大迷路のような庭園に酒に酔った状態で入り込むと、うっかり迷って塔の近くまで来てしまうことがあるのです……」
「え? でも、自分で言うのもなんだけれど……わたくし人目に触れてはいけない存在なのではなかったかしら?」
(なんてはた迷惑な……)
マリー曰く、警備の者を配置してはいるそうなのだが、数百人規模の夜会となると手が回らず、長年放置されている塔に実は公爵令嬢がいるなどという醜聞が広く周知されているわけもない。
よって、熱心に警備に勤しむものはそうそうおらず、毎回一人二人くらいは塔の付近まで迷いに迷って辿り着くのだとマリーは困り顔で言った。
「ですから、お嬢様の結界があればそれも防ぐことができますでしょう? そもそも、お嬢様の存在を隠匿し不当にこの塔へと閉じ込めている張本人にも拘らず……その辺の情報管理が穴だらけなのでございます! 」
マリーは徐々にヒートアップして、ぷりぷりと怒りながら言っているが……
いや、本当にそう。
私の存在を徹底的に隠し通さなければ、まずい立場になるのは自分たちのはずだ。
当主が宰相として多忙を極めているのだとすれば、家を取り仕切るのは女主人であるモルガーナだ。
(……って、あの激情型のモルガーナが!?)
あんなに苛烈な性格で家政なんて仕切れるのだろうか?
(気に入らない使用人を手当たり次第に鞭でしばきまくってそう……)
思わずため息が出てしまったが、すべては『因果応報』だ。
自分のやらかしは、いつか自分に返ってくる。
公爵邸の人間がどうなろうが、虐げられている側のわたしたちの知るところではないと判断するのは当然だろう。
(母親は瞬間湯沸し器で父親はいないも同然の冷酷人間……ジアの双子の妹の性格はどんな感じなのだろうか……?)
ふとした疑問に一瞬背筋にひやりとしたものが流れた気がしたが、スパっと気持ちを切り替えてまだ少し怒っているっぽいマリーをなでなでして、結界範囲の中心である畑に向かった。
◇◇◇◇
「では、本番いくわよ!」
目をつぶり、集中して結界のイメージを頭の中で膨らませる。
さすがに範囲が広いので、結界の魔法陣を構築していくために魔力がグングン吸い取られていくような感覚があった。
(そうだ! 畑の周りは野菜とか育ちやすいように温室効果と浄化作用とか付与しちゃえばいいじゃん! ……う~ん、マリーには内緒だけど)
風魔法で結界内の空気が循環するよう調整し、畑の周囲に追加で結界の膜を張り、魔法陣に温室をイメージした風・火・水の魔法を組み込んだ。
前世のビニールハウスのイメージだ。
「よし、完成! マリーとカイルと私以外の人間は入って来られないし、強引に入ろうとしても敵意や悪感情がある者を物理的に弾くことが出来るよう魔法陣を構築したわ。 これであの頭のおかしい女の凶行も防ぐことが出来るはずよ」
つい先程、今の今まですっかり忘れていたモルガーナを思い出したせいか、結界が完成したことに心の底から安堵してしまう。
「お嬢様? 先ほどから少々お口が悪くていらっしゃいますよ 」
マリーは、意味ありげに片方の口の端を上げながら微笑み、優しく窘めてくれた。
私たちはいつだって以心伝心なのである。
(あんな鬼ばばぁを『お母様』だなんて、誰が呼ぶもんですか! それに、これから始まる私とマリーの”ほのぼのセカンドライフ”を誰にも邪魔させないんだからっ!)
私が鼻息荒く両こぶしを握って決意を固めている隣で、マリーは控えめに胸を張って大きく深呼吸している。
「それにしても、この結界内はとっても空気が澄んでいて気持ちいいですね! すごしやすくて、いい風が吹き抜けています」
マリーと私は並んで、両手を広げて清浄な空気を胸いっぱいに吸い込んだ。
「えぇ、本当! んん~、芝生に敷物を引いてピクニックでもしたくなるわね」
「ふふ、それは素敵なアイディアですね」
私たちは二人で視線を交わしくすくす笑いあった。
あ~、癒されるぅ。
私はこの結界の魔法陣を発動させるにあたり、本当にざっくりと『安全で快適で清らかな空間にしたいなぁ』とイメージしていた。
思い浮かぶのは……
小学校の帰り道に眺めた大麦畑を吹き抜ける温かく爽やかな風。
夏の終わりの爽やかな風に吹かれてさわさわと波のようにさざめく大麦畑——
どこまでも続く緑の絨毯がビロードのように輝いて美しかったあの場所……。
幼い心に深く刻まれた前世の美しい情景を思い出し、懐かしさに胸を焦がしながら発動した結界魔術は、私の中にある「清らかで美しい光景」のイメージを正しく汲んで、聖魔法の『浄化』も練り込まれた。
この瞬間——
発動した本人も知らぬ間に、私はこの国唯一の『聖域』を誕生させてしまったのだった。
最後まで読んでくださって、ありがとうございます。少しずつ物語が動き始めます。
次話もお付き合いいただけたら嬉しいです。
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