外伝 Ⅺ ある妹亜屍族の即死魔法⑫
こうして、今度こそ事件は収束した。
私は魔鰓族の暗躍をアリーテに話したが、アリーテはこのことを人類側に報告するつもりはないようだ。
実際、暗渠に転がる大量の魔鰓族の死体も、魔族側で密かに回収された。
理由は人類と魔族の関係がこじれないためだろう。
魔族が王国の王都に潜伏していたと知れば、どんなペナルティが待っているかわからない。最悪、和平の解消もありうると、アリーテは言っていた。
それだけ、人類と魔族の関係はまだまだ危ういということなのだろう。
平和は達成することよりも、維持することのほうが難しい――とは、よく言ったものだ。
人類と魔族の平和はともかく、私の交換留学は平和裏に進められている。
1つ問題を除けば……。
「おっはー、カプコっち」
遅れて学舎にやってきたルーディーと、下駄箱で合流する。
どうやら今日は朝帰りらしく、胸元からチラッと見えた下着が昨日と同じだった。
どんな変態とどんな行為をしたのかわからないが、制服から汗とは違う、男の体液の臭いがする。それもスカートの裏からするので、さらに業が深い。
「おはよ、ルーディー」
私は表情を崩さず、挨拶を返す。
基本的に私はルーディーの生活――いや性活には口を出さない。
そして、ルーディーも私がやることに口を出さない。
暗黙のルールのもと、私たちの友情は育まれてきた。
「ガーコ、おっはー」
「ふが……」
ガーコは軽く会釈する。
私は下駄箱を開けた。
中に入っていたのは、果たし状のような脅迫文でも、植物の棘が大量に入っていたわけでもない。
それは手紙だった。
1枚ではない。
数え切れないほどの手紙が、雪崩を打って、私の下駄箱から飛び出してくる。
「わーお。相変わらず人気だねぇ、カプコっち!」
「鍵を掛けておいたのに、どうやって?」
私は小さな南京錠を握りしめた拳を震わせる。
王都の民を震撼させた〝神隠し〟事件にて、侯爵令嬢にして聖女の妹オルティア・フォン・リュゼルを救出した私は、半ば英雄のような扱いを受けていた。
聖女の妹を救った魔族の英雄という構図は、両種族が掲げる融和政策のカッコウのネタとなり、今では学院はおろか、王都民全員が知ることとなった。
おかげで、学院では常に冷たい目にさらされてきた私たちは、今や救国の英雄のように持ち上げられ、靴箱はファンレターで溢れ返っているという始末だ。
「男からもあるけど、ほとんど女性ね。やっぱ聖女の妹ちゃんを助けたから、カプコっちは王子様ってイメージなのかな?」
にしし、とルーディーは嬉しそうに微笑む。
本当に何が楽しいのだが、私にはさっぱりわからない。
1つ頭痛の種がなくなったと思ったら、また芽が出てくるなんて。
そもそも魔族が英雄とか、王子とかあり得ない。
それこそ世も末よ。
「これもすべてあの女のせいだわ」
「その女がやってきたよ、カプコっち」
「カプリコさまぁぁぁぁぁぁああああああああああああああああ!!!!!!」
強烈な叫び声とともに、魔物の群れかと思うほどの激しい足音。
振り返り、自分が見たのは栗色の髪を振り乱し、一心不乱にこっちに向かってくるオルティアの姿だった。
ついに豹のように飛びかかったオルティアは、「わたくしを受け止めて」とばかりに手を広げた。
当然、そんな気持ちの悪い生物を受け止めるつもりなど、私には毛頭ない。
ひらりと回避すると、オルティアは、ビタンッ! と痛そうな音を立てて、床に抱きついた。
やったか、と思って覗き込むと、ガサゴソと動き出す。
蜚蠊並みのしぶとさだ。
「あーん。カプリコ様の肌って、意外と冷たくて、硬いのですね。あ。いいえ。別に胸がないとかそういう意味ではなくて、むしろわたくし、貧乳のほうがどちからと言えば……」
地面の上でくねくねと動き出す。
蜚蠊どころではない。
もはや別の生物だ。
ルーディーが私に囁く。
「侯爵令嬢って、あんな性格だったっけ?」
「そんなこと、どうでもいいから助けてくれない」
「わたくし、目覚めたのですわ!!」
オルティアはルーディーと私の間に無理矢理入り、目をキラキラさせる。
「目覚めたって、なにが?」
「やだわぁ。カプリコお姉さまったら」
いや、こんな大きな妹をうちの両親がこさえた覚えはないのだけど。
私はすでにドッと疲れていたのだが、オルティアのテンションが上がるばかりだ。
ずいっと身体を預けるよう私に迫ると、自分の手を見せた。
「これですわ」
「は? あなたの手がどうしたの?」
「拳ですわ。カプリコお姉さまの愛の鉄拳が、私に真実を見せたのですわ!」
…………………………………………はっ?
何言ってんだ、コイツ。
そしてオルティアの独演会は始まった。
「わたくし、実は両親にも聖女のお姉様にも、勿論家臣も同じく、人から1度もぶたれたことがなかったのです」
「は? 1度も!?」
「叩かれてみてわかりました。わたくしの甘さを、思い上がり……! これもすべてカプリコお姉さまが拳に込めた愛のた・ま・も・の! つまり、わたくしは真実の愛を見つけてしまったのですわぁぁああああああああ!!」
「つまり、カプコっちにぶっ叩かれたら、カプコっちが好きになったと。やるねぇ、カプコっち。そういう才能があるんじゃない? お店紹介しようか?」
「それなら、オルティアを先にお店に紹介してあげて」
「ダメですわ、お姉さま! わたくし、お姉さまではいけないですわ」
「何が『いけないですわ』よ。意味を知って言ってんの、あなた!」
「はあ……。はあ……。逃げないでくださいませ、カプリコお姉さま。どうか。どうか……わたくしの愛を受け止めてくださいませぇぇええええええ!!」
「やめろ。やめなさい。やめろっていってんのよ、このクソあば――――!!」
私は汚い言葉を絶叫する。
人類って、こんなに気持ち悪い生物だったの。
だとしたら、私はとんでもない所にきてしまったかもしれない。






