外伝 Ⅺ ある妹亜屍族の即死魔法おまけ
まだ事件は続いていた……。
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本日、ニコニコ漫画で最新話更新されました。
明かされたカプソディアとブレイゼルの過去。
それに対して、サーグリアは……?
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「――――以上が、事件の顛末です」
束になった書類の角を整えながら、アリーテは話を終えた。
王都を震撼させた〝神隠し〟事件が解決されて、2週間経ったある日のことである。
人類側の報告書によれば、犯人は例の3人の魔法使いとなったようだ。
3人は結託して、貴族令嬢を誘拐。
その後、暗渠の中で数人の令嬢を殺害、また数人を奴隷商に売り、大金をせしめていたということらしい。
殺害については、暗渠の中から複数の被害者の遺骨が出てきたことで確定。
奴隷商に無理矢理売られた娘たちも、順次解放され、今は親元に戻っているという。
ちなみに誘拐の方法は「特殊な転移魔法」と書かれていたが、その詳細は書かれていなかった。
……いや、この報告書には書かれていないことばかりである。
特に――私の説明を除けば、「魔族」の関与を示す記述がどこにも書かれていない。有り体にいえば、でっち上げられた報告書であった。
「これでよろしいですか?」
「私に確認するために呼び出したの? 犯罪の片棒を担がせるために?」
「真実を知っているのは、あなたと私だけですから。特にあなたは犯行の一部始終を知る目撃者であり、被害者ですし」
「念を押しに来たわけ」
「仕事ですから」
「そ……。ねえ、そろそろ帰っていいかしら。明日から試験なの」
私は椅子から立ち上がる。
部屋から出て行こうとすると、アリーテは急に「こほん」と咳をする。
意味深げな咳払いを聞いて、私は目を細めて、振り返った。
「まだ何かあるの?」
「これは私の独り言ですが……」
「はっ?」
アリーテがもったいぶった所作に、私は少し感情を露わにした。
だが、次の言葉を聞いて、私は黙らずにいられなかった。
「どうして、オルティア嬢はあのとき、外にいたのでしょう?」
「……あのとき、とは?」
「もちろん、事件のときです。当時の王都はいつ戒厳令を出されてもおかしくない状態でした。大通りにも広場にも人がいない。そんな危険な王都に、なぜ彼女は1人で馬車に乗っていたのでしょう」
「店の前に停まっていたなら、商品を受け取る予定でもあったんじゃないの」
「だとすれば、家臣にでも任せればいい。貴族令嬢がわざわざ足を運ぶ必要はないと思いますが」
しっかりと私の疑問に応答する。
独り言という設定は一体どこに言ったのだろうか。
アリーテはさらにその独り言を続けた。
「もっと不思議なのは、彼女が待っていた場所です」
「場所? ……確か宝石店の前に馬車を止めてたって」
「ええ。でも、どこの前だとか関係ないんです」
アリーテはつかつかと部屋を横切る。
自分の執務机に置いていた2枚の地図を私の前に掲げた。
1枚は王都の地図。もう1枚は暗渠を示した地図だ。
王都の地図には、点が打たれていた。
おそらくオルティアが馬車で待っていた場所を示しているのだろう。
薄い動物の皮でできた2枚の地図を重ねる。
すると、点が打たれた箇所の下に、例の暗渠が通っていたことがわかった。
「これは偶然ですか。それとも――――」
必然でしょうか?
アリーテの瞳が獲物を狙う蛇のように光る。
私はその光を、さも普通であるかのように受け止めた。
「それも独り言?」
「はい。独り言ついでに言わせてもらうと、オルティア嬢はとてもわがまま娘です。家臣の反対を押し切って、好きな宝石を漁りにきたかもしれない。誰かにプレゼントしようとして、訪れたのかもしれないし、たまたま馬車が故障して、立ち往生していたかもしれない」
あるいは――――。
「誰かに呼び出され、その人物を待っていたかもしれない」
「呼び出す? あの我がまま娘を? それは難しいんじゃ」
「そうでしょうか? そんなに難しいこととは、私には思えませんね」
アリーテは「チッチッチッ」と指先を振る。
次第に身振りが大げさになってきた。
まるで着ぐるみを着た大道芸人のようだ。
「たとえば、両親からのお誘いならどうでしょうか? 手紙なんかで呼び出して。親の愛に飢えている彼女なら、舞い上がったかもしれない。当主夫妻の誘いなら、家臣たちも従わざるを得ませんからね」
「何者かが侯爵夫妻を装い、オルティアを呼び出した、と?」
楽しそうに独り言を喋るアリーテを見かねて、私はつい口を挟んでしまう。いや、とっくに口を挟んでいた。
自分でも何故かわからない。
ただ、このアリーテが語る言葉は、私の心をざらつかせた。
「真実はわかりません。私は神でも、悪魔でもないので。……ただ最初に申し上げたとおり、あくまで私の独り言として聞いていただきたい」
正直、アリーテの口車にすっかり乗せられていた。
このまま無視して寮に帰ることもできたが、聞き逃せば一生後悔する――そんな気がして、私はその場から動けなかった。
「仮にオルティア嬢を連れ出した者がいるとするならば、それは立派な犯罪者といえるでしょう。実際、オルティア嬢はさらわれたのですからね」
「真犯人は他にいると?」
「いえ。神隠し事件の犯人は間違いなく、魔法使い3人であり、あなたが出くわした魔鰓族でしょう。……そうではなく、オルティア嬢を呼び出したのは、その場所に呼び出したかっただけ。もっと言えば、神隠しの犯人にオルティア嬢を捕まえてほしかったのではないでしょうか?」
話が長くなりそうだったので、私は1度椅子に座ることにした。
残っていた紅茶に手を伸ばし、一口すする。
この部屋にやってきたときには、適温だった紅茶もすっかり冷め切っていた。
私はティーカップを元の位置に戻すと、短く質問した。
「犯人の動機は?」
「そこまでは」
「使えない独り言ね」
「独り言ですから」
アリーテは戯ける。
仕草が、私の知っているダークエルフにそっくりだ。
「まあ、いくつか推察はできますよ。彼女を邪魔に思う人間は学校にも、そして家の中にもいたようですし」
否定はしない。
オルティアの立場は、彼女が思ってるほど、さらに周りが思ってる以上に微妙だ。
侯爵家令嬢に加えて、聖女の妹という立場は、生徒にも教師たちにとっても扱いづらい生徒だろう。さらにオルティアの立場は家庭の中でも微妙だった。姉という光によって支配され、影のように育った彼女は、リュゼル家の中でも宙に浮いているはずだ。
よってオルティアは誰からも本気にされずに生きてきた。
そのオルティア曰く――本気で真っ正面から向き合った相手が、幸か不幸か私だったわけだ……。
「これも独り言ですが、私はオルティア嬢に対する怨恨とは考えておりません」
「あなた、さっきから何が言いたいの?」
つい私の口調は強くなってしまった。
いい加減、このノリにのっかるのに、めんどくさくなってきたのだ。
帰って、勉強をしたい。
焦燥感のようなものが、私を苛つかせている。
しかし、1番はアリーテがわかっていながら、口にしない――終始なにか含みある言い方をするのが、絶妙に腹立たしい。
何か私に言いたいことがあるなら、はっきり言えばいいのだ。
「では、はっきり申し上げましょう。オルティア嬢を呼び出したのは――――」
カプリコ――あなたですね。
アリーテは目で私を指差した。
私はソファに座ったまま微動だにしなかった。
言葉のとおり、目線を動かすことなく、眉をひそめることもない。
石のように動かず、こう言った。
「ええ。そうよ」
あっさり認めた。
自分でいうのもなんだが、悪びれることも、そこにオルティアに対して謝罪の気持ちをこめることもない。
ただ淡々と答えた。
アリーテは自分の推理が当たったことを誇ることも喜ぶこともない。
私の反応をただ冷たく見つめるだけだった。
「なぜ、そんなことを?」
「これは独り言なんでしょ?」
「違います。これは歴とした質問です」
アリーテは少し強めに私に忠告した。
私は肩を竦めて、正直に答える。
隠す必要などない。
おそらくアリーテもなんとなくわかっている。
そう――見て取れるからだ。
「ここに残るため……。そして交換留学を成功させるため」
「言ってることは至極真っ当に聞こえますね。でも、あなたが人類に混じって、一生懸命勉強したい――なんていうキャラには思えないのですが」
「それは失礼な味方ね。私、結構真面目な生徒なのに」
「真面目な生徒は、同級生をわざわざ事件に巻き込むようなことはしないと思いますけどね」
アリーテはため息を吐く。
随分と呆れてるようだが、私にも私なりの理由がある。
「オルティアの行動を、ずっと許すわけにはいかなかった」
「嫌がらせが許せなかった? どこにでもある悪戯の範疇かと思いますが」
「そう。……でも、得てしてそういうものってエスカレートしていくものでしょ。さらにオルティアには、たくさんの取り巻きがいる。教師ですら彼女のほうに味方をついていた。そんな状況で、悪戯の範疇を超えたとき、私とオルティア両方を比べたときに、どちらが選ばれるか――火を見るよりも明らかよ」
アリーテは神妙に頷く。
ここは人類圏である。
私の仲間といえば、ルーディーとガーコだけだ。
教師も敵側となれば、悪戯の範疇を超えた何かあったとき、魔族に責任をなすりつけられる。
「交換留学は終わり、そしてその責任者は何らかのペナルティが与えられるはず」
「なるほど。あなたが随分と大人しくしていたのは、そういうだったんですね」
アリーテはちょっと呆れ気味に首を振った。
「魔族としての制裁を与えても良かった。私たちが侮られると、次に交換留学に参加する魔族も侮られることになる」
「だから、事件を利用したと……。やれやれ。兄妹揃って策士ですね」
魔族の代表として来ているのだ。
大局を観るのは、当然のことだろう。
「そうでもないわ。効果てきめんすぎて、少し後悔しているぐらいよ」
今でも、窓の向こうから「お姉さま!」なんて気色悪いトーンの声で聞こえてこないか、戦々恐々としているぐらいなのだ。
「で? どうする? 人類側――あるいは侯爵家に報告する?」
「するわけないでしょ。私としても、この事業に関わっている以上、継続してもらわないと昇進に響くので」
「昇進なんかに興味がないタイプと思ってた」
「王都の弁務局じゃなければ、どこでもいいんですけどね」
アリーテも白状する。
ダークエルフにとっても、やはりはここは肩身が狭い場所らしい。
さて――といって、私はソファから立ち上がる。
すると、何故かアリーテが「クスッ」と笑った。
このダークエルフが人を見下す以外に笑うところを見たのは、初めてかもしれない。
私がソファから立ち上がる姿は、そんなに面白かったのだろうか。
普通にしたつもりなのだけど。
「それにしても、交換留学を続けるために侯爵令嬢を事件に巻き込み、仲間にするなんて。あなたがこの事業に、そこまで関心を寄せているとは思いませんでした。てっきり、お兄様の身内だから仕方なく参加しているのかと」
「否定はしないわ。実際、兄には土下座されて、ここにいるんだから」
「土下座……。なるほど。あの人らしいですね」
アリーテがクスクスと肩を振るわせるのを横目に、私は部屋を出て行く。
魔族交流弁務局から出ると、もう夕暮れだった。
ルーディーやガーコたちと、図書館で勉強する予定だったが、すでに閉館時間が過ぎている。
私は1人薄暗くなった王都の通りを歩き始めた。
アリーテは勘違いしている。
私にとって、交換留学などどうでもいい。
人間の暮らしに興味がなかったわけではないが、行きたいとは思わなかった。
ただ――もし、この事業がうまくいかなかったら、あの人が困る。
兄が困るのだ。
妹の前ですらペコペコする兄は、魔族の中ではよく侮られている。
ある調査によれば、幹部の中で〝最弱〟というレッテルも押されたそうだ。
いつも血色が悪く、目の周りも隈だらけ。
幸薄い顔なんて言われたりもする。
でも、私は兄が強いのを知っている。
そして、頭がよく、優しく、頼りがいがあって、かっこいいことを理解している。
だから、そんな完璧な兄が私を頼ってくれたことがすごく嬉しかった。
誇らしかった……。
故に私はお兄ちゃんのために全力で留学生を務めるつもりだ。
同級生の悪戯なんかで、交換留学を終わらせたりしない。
魔族が暗躍している事件で、お兄ちゃんに責任を取らせたりもしない。
すべてはお兄ちゃんのため……!
そのためなら周りが人間でも、悪戯されても耐えてみせる。
だって、これはお兄ちゃんが立てた事業なんだから。
絶対に完遂してみせる。
安心して、お兄ちゃん。
「カプリコは絶対お兄ちゃんを守ってみせるわ」






