外伝 Ⅺ ある妹亜屍族の即死魔法⑪
☆★☆★ 本日発売 ☆★☆★
本日「ククク」単行本12巻が発売されました。
正直、異世界ギャグコメディがここまで続くとは思いませんでしたが、
読者のみなさまと漫画家の芳橋先生のおかげで、ここまで続くことができました。
さらに巻数を増やしていきたいので、今後もよろしくお願いします。
別に、探偵の真似をして偉そうに推理するつもりはない。
そもそも、事実というものは案外単純にできている。
絡まって見えるのは、こちらが余計な思い込みを重ねているからだ。
まず、いずれの犯行現場からも魔力の痕跡は検出されなかった。
つまり、犯人は転移魔法や幻惑魔法の類を使っていない。
ならば、魔法以外の方法で被害者を連れ去ったことになる。
けれど、それも妙だ。
誘拐事件が起きたのは、いずれも人通りのある場所。
通りや広場、店の前。周囲には複数の目撃者がいたにもかかわらず、犯人を見た者は一人もいない。
人を抱えて逃げれば、必ず誰かの目につく。
馬車を使っても同じだ。ましてや地面に穴を掘った痕跡も、床を壊した形跡も残されていない。
つまり、犯人が好き好んでその場所を選んだのでなければ、犯行現場としてはあまりにも不適切な場所なのだ。
私は現在の王都の地図と、王都が拡張される以前の古地図を重ねてみた。
すると、すべての犯行現場に共通点が見つかった。
どの場所も、かつて川が流れていた土地の上にあったのだ。
王都の下には、埋められずに残された古い川が暗渠となって流れている。
つまり犯人は、地上で被害者をさらってから暗渠へ運んだのではない。
最初から暗渠に潜み、その真上を通った人間を地中へ引きずり込んだのだ。
そう考えれば、目撃者が犯人を見ていないことにも説明がつく。
被害者は連れ去られたのではなく、その場から真下へ消えたのだから。
けれど、まだ一つ問題が残る。
暗渠から地上へ出られる場所は、それほど多くない。
私もオルティアとともに出入り口を探して歩いたが、使われた形跡は見つけられなかった。
暗渠へ通じる扉はどれも固く施錠されている。
錠を外した痕跡も、扉や格子を破壊した跡もない。
ならば犯人は、出入り口を使っていない。
魔法を使わず、人を一瞬でさらい、壁や地面といった物理的な障害を無視して暗渠へ戻る。
そんな離れ業を可能にするものがあるとすれば、魔法ではない。
生まれつき種族に備わった、固有能力――スキルだ。
「スキルを使った犯行だというところまでは、すぐにわかったわ」
私は暗渠の奥へ目を向けながら言った。
「でも、肝心の能力がわからなかった。人類圏に住む種族の中だけで、犯人を探していたからよ」
我ながら、間抜けな話だった。
王都にいる魔族は、私たち留学生と魔族圏交流弁務局の職員だけ。
いつの間にか、私はそう決めつけていた。
だから最初から、同族による犯行という可能性を切り捨ててしまったのだ。
それが、すべての間違いだった。
「ぐぺ……」
目の前の魔鰓族がニヤリと笑った。
足元から噴き上がるような殺気を感じて、私はその場から大きく後退する。
次の瞬間、現れたのは鯉を大きくしたような魚だ。
大きく口を開けて、硬い石畳みの中から姿を現す。
口は明らかに私を食べようとしていた。
身体が本能的に震えるのがわかる。
たぶん、私は1度、あの口に食われたのだろう。
私を逃した大魚は、石畳みを泳ぐように進む。
魔鰓族の側まで来ると、石畳みの中からピョンと跳び出した。
その大魚から腕と足、さらに鰓や鰭が出てくると、側にいた魔鰓族とそっくりな姿に変身する。
「なるほど。魔鰓族に【透過】のスキルがあることは知っていたけど、そうやって魚の姿になることによって、【透過】できるのね」
【透過】のスキルは便利だろうけど、日常生活では不便だ。
うっかりと日常生活で使えば、たちまち床下のシロアリと対面することになる。
形態を変化させることによって、スキルのオン/オフを決めているのだろう。
魔族の割には、理に適った方法を取っている。
「ぐぺぺ……。そうさ。この方法で人間の女をさらった」
「一応、聞くけど、あなたたちはなに? 王都に潜入した魔族のスパイってわけじゃないでしょ」
「ぐぺ……。よくわかったな」
うわ……。当たった……。
「我々はさるお方から王都にカンタベリア王を殺害するために派遣された部隊だ。しかし、大半が死んだ。我々は川から逃げたため、無事だったがな」
噂の幽霊部隊が本当にいた。
しかも、生き残りがいたなんてね。
兄が聞いたら、なんというか。
「それが、人類と手を組んで、人さらいのお手伝い? 単独でやるならまだしも、人と手を組むなんて。魔族の誇りとかないの?」
「ヤツらはおれたちの利用し、女たちを売る。おれたちはヤツらに女を売ったお金で、食料を得る。これを人類ではWinーWinというらしいな」
魔族がWinーWinとか、それこそ世も末ね。
「人類と手を組むのは本意ではない。最初はおれ1人だけだった。だが、今は違う」
水音が爆ぜる。
それは何者かが、側の水路を歩いてくる音だった。
はじめは少なかった音は、徐々に多くなっていく。
石畳みに魚が打ち上げられたような音が響く。
同時に、魚の頭のシルエットが暗渠の中で増えていく。
1人、2人、4人、8人、20人と水路から石畳みの上に上っていく。
気が付けば、私の前に60匹以上の魔鰓族が集結していた。
よくもこんなに集めた――いや、生まれたものである。
魔族全体に言えることだけど、魔鰓族に、ここまで急激な生殖能力はない。
だが、裏技がないわけではない。
すなわち、人間の娘に産ませるのだ。
なるほど。魔鰓族が人間の女性をさらっていた理由は、種族を増やすためでもあったわけね。
「人類のお膝元で、こんなに同族を増やしてどうするつもり? 王都の暗渠で、ひっそりと自分の王国でも作るつもりかしら。笑えない冗談だわ」
「任務を果たす」
「任務? 国王を殺すっていう? 知ってるでしょ? 戦争は終わったのよ」
「黙れ。戦争は終わっても、おれの任務は終わってない」
魔鰓族は手に持ったトライデントを構える。
士気は高く、殺気からして、このまま王城に突撃してもおかしくない。
こんな人数で人類圏の一角を担う国の君主をやれるとは思わないけど、多少被害が出ることは間違いない。そもそも、魔族が起こした事件が起きれば、再び人類圏の中で魔族への悪感情が盛り上がることになる。
それでは文化的事業云々なんて言ってられないだろう。
私はその場から動かない。
ただ目の前の魔鰓族を凝視した。
「どけ、娘。同族の誼だ。何も言わなければ見逃してやる」
「あなたたちの任務とか、君主の首を取るとか、私はどうでもいい。あなたたちの悪行に終止符を打って、ヒーローになろうなんて毛ほども考えていない。そもそも目立つのは嫌いだし、人類もそんなに好きじゃない」
「ならば、なぜ――おれたちの前に立ちはだかる」
「あなたたちが王都で暴れれば、交換留学は中止される。私はそれが嫌なだけど。友達の中には楽しんでいる魔族もいるしね」
「魔族の割には、人間っぽいことを喋るのだな」
「そんなこと初めて言われたわ」
「そういうのを人類は〝お人好し〟というのだ。……ああ。そういえば、以前出会った魔族もそうだった」
魔鰓族は憎々しげに睨む。
あまり良い思い出がないようだ。
「確か……、そいつも同じ亜屍族だったな」
「え?」
「今にも死にそうな青白い顔に、目に大きな隈をした幸薄そう魔族だった」
そう聞いたとき、私の中である魔族が頭に浮かび上がる。
「身体もヒョロヒョロで、覇気もない。魔王軍の幹部と言っていたが、あれは嘘だな。幹部とは思えないほど、弱っちそうなヤツだった」
ぐぺぺぺ、と笑うと、釣られて周りの魔鰓族も爆笑した。
「なんだ、娘? 急に黙ったな、もしかして知り合いか?」
「1つ聞くわ。これで全員?」
「そうだが……。なんだ? もしかして、我らと戦う気か、娘?」
「戦う? まさか……。これはお願いよ」
「お願い? 良かろう。聞いてやってもいい。そのあと、お前の身体を切り刻み、食っても文句を言わないであればな」
魔鰓族は口を大きく開き、醜悪に笑う。
対して、私はゆっくりと利き手を上げ、魔鰓族に向かって指差した。
「ねぇ、あなたたち――――」
死んでくれる……?
一瞬の静寂が、天井から垂れる水滴のように落ちる。
何かが起きたわけでもない。
何かが始まったわけでもない。
しいていえば、すでに終わっていた。
直後、暗渠に絶叫が響く。
『ぬわぁぁぁぁぁあああああああああああああああああああああ!!』
魔鰓族は泡を吹き、あるいは血を流し苦しみ出す。
1人、また1人と石畳みに倒れ、またある1人は悶えながら水路へと逃げ込むも、溺死した死体のみたいに浮かび上がってくる。
まるで苦悶のオーケストラ……。
私はその中心に立って、奇怪な音楽にただ耳を傾けていた。






