外伝 Ⅺ ある妹亜屍族の即死魔法⑩
「犯人が行方不明?」
魔族圏交流弁務局――通称〝魔族弁務局〟に呼び出されたのは、私がオルティアと一緒に暗渠から脱出した3日後のことだった。
事件後、私はひとまず弁務局へと行き、アリーテにことのあらましを伝えた。
どうやら証言はその場に残っていたオルティアとの証言とも符合するらしく、基本的に魔族側にはお咎めなし。むしろ今回の事件に、魔族を巻き込んでしまったことの詫びも添えられてていた。
その後、弁務局の中でアリーテの付き添いのもとで、事件の取り調べが行われた。
それもスムーズに終わり、やっと一段落したと思えば、「犯人が行方不明」という知らせを受けたというわけだ。
「彼らは王宮の地下牢に裁判まで一時的に収監されていましたが」
「いなくなった――と」
「はい。まさに神隠しです」
ミイラ取りがミイラならぬ、神隠しの犯人が神隠しにあったというわけだ。
冗談にしては笑えない。
事件はまだ終わっていないらしい。
「カプリコさん。これは捜査当局からも聞かれていることだけど、例の3人以外に犯人らしき人物を見ませんでしたか?」
「残念ながら」
あそこにいたのは、間違いなく3人しかいなかった。
といっても、私は気配が読めるような達人でも、魔法使いでもない。
「魔法使いか……」
「何か?」
「あの3人って、どれぐらい魔法を使えたのかしら?」
「詳しくは知りませんが、相当な使い手だったのでしょう。衆人環視の中で、人を誘拐していたんですから」
「そうよね」
それから私たちは、弁務局をあとにした。
アリーテに真っ直ぐ寮に帰れとは言われたが、私の胸騒ぎは収まらない。
気が付けば、寮と反対方向に歩いていた。
向かったのは、例のバザールの中にある古着屋だ。
事件以降、縄で規制線が敷かれ、店自体閉まっている。
さらに1人兵士が立っていて、厳重警備が敷かれていた。
「ルーディー、兵士の気を引けないかしら。古着屋の中を調べたいの」
「それはいいけど、危なくない?」
「今度はガーコも一緒に来てもらうから」
「ふが……」
任せろ、とガーコは胸を叩く。
やる気満々の私を見て、ルーディーは肩を竦める。
すぐサキュバスの顔になると、兵士のほうへと歩いていった。
たちまち骨抜きにされた兵士の脇を抜け、私たちは裏口のドアから店内へと侵入する。
当たり前だが、誰もいない。
噂でだが、店主は真っ先に容疑者として捕まり、取り調べを受けたあと、釈放されたらしい。その後、ほとぼりがさめるまで、田舎で引きこもると決めたそうだ。
仮に店の中に誰かいるとすれば、真犯人くらいだろう。
私は自分が入った試着室に入る。
ひと1人がゆったりと入れるくらいのボックス型。
三方を木製の壁で覆い、入口となる部分には厚いカーテンが敷かれている。
それ以外、何の変哲もない。
よくある隠し通路や落とし穴を疑ったが、そういったものはなかった。
「ガーコ。私が試着室に入って、あなたたちが異変を感じて、中を覗くまでどれぐらいの時間があった?」
「ふが……」
約10~15分ぐらいらしい。
かなり長いように思えるが、衆人環視の中でひと1人をさらうには、かなり短い。
ほぼ一瞬だと言っても過言ではないだろう。
私は試着室を入念に調べる。
そこで私は、あるものがないことに気づいた。
「魔力の残滓がないわね」
人を衆人環視の中でさらうなら、間違いなく魔法が使用される。
だけど、この試着室にはまったくといって、魔法を使った痕がない。
魔法を使うには、魔力が必要だ。
その魔力が消費されると、魔素に分解され、周囲に向かって飛び散る。
そうした魔素は空気に漂ったり、食物の中に蓄積され、再び私たちの体内に取り入れられると、そこで魔力に変換される。
魔力の残滓――正確にいうなら、魔力が消費された魔素が周囲のどこにも付着していないのだ。
「ふが……」
「捜査当局が綺麗に拭き取ったのかしら?」
しかし、そんなことがあり得るだろうか。
魔法が使われた有効な痕跡になるのに……。
なぜなら魔素からどんな魔法が使われたのか、分析することができる。
故に、証拠を消すような真似は絶対にしない。
重要な証拠となるようなものなら尚更だ。
「ガーコ、もう1箇所、行きたい場所があるの」
「ふが……」
私は古着屋を出る。
兵士の精を吸い尽くしている最中のルーディーに見送られ、向かったのは広場だ。
ひとまず事件が収束したということで、活気が戻りつつある。
それでも、まだ私が初めて王都に来た頃よりは少なかった。
「やっぱりね」
やはり魔素の痕跡がない。
ここでは17人の人間がさらわれた。
なら、大量の魔素の痕跡があってもおかしくない。
すでに人間の体内に吸収された可能性はないが、全くないのは変だ。
「なら――考えられることは1つ。つまり、魔法は使われていない」
「ふが……」
ガーコは大広場で行われていた大道芸のほうを見る。
ちょうど箱の中の助手を消す――という消失マジックが行われていた。
最近、似たような事件が立て続けに行われたというのに、随分と大胆なものである。実際、集まった人間の拍手はまばらだった。
「マジックって、いろんな用意が必要なの。1人だけを消すならまだしも、人数や場所が転々としていることからも察するに、難しいと思うわ」
「ふが……」
「でも、魔法以外の方法という考え方は悪くないわよ、ガーコ」
私は次に向かったのは、王都にある図書館だった。
古地図を探し出し、私は現在の王都の地図と照らし合わせる。
「やっぱりね」
私は口角を上げた。
◆◇◆◇◆
「助けていただきありがとうございます」
丁寧に頭を下げたのは、暗渠でカプリコたちを追いかけ回した男だった。
暗渠へと戻ってきた男3人の姿は、一変していた。
頭を反り、恰好も囚人服を着ている。
暗渠にいたときよりも、身綺麗になっていた。
「でもよ。ちょっとあんまりじゃありませんか? おいらたちが捕まったの、見てたんでしょ? 助けてくれたって」
「ば、馬鹿!!」
次の瞬間、男の1人の頭が吹き飛ぶ。
血が噴水のように噴き出し、頭を失った胴体はそのまま前のめりに倒れた。
一瞬で周りが血の海になると、男たちの側に流れていた水路へと流れ込む。
赤い血はゆっくりと交わり、徐々に薄まり、消えていった。
「てめぇ、何をしやがる」
「やめろ! おい!」
激昂したもう1人の男が手に魔力を込めたが、結果は同じだった。
得意の魔法を使うこともできずに、再び血の海に沈む。
2つの惨殺体を見て、中年の男は「ひぃ」と震え上がった。
「お、俺は何もしてねぇ。あんたには感謝してる。もちろん、あんたのことは衛兵には話してない。本当だ。信じ――――」
男の首に穴が開く。
突き立てられたのは、3つの刃がついたトライデントだ。
「な…………ぜ…………」
男は問うたが、答えはわかっていた。
自分たちが助けられたわけじゃない。
口封じをするために助けられたのだということを……。
残っていた最後の男も葬り去り、遺体を側の水路に向かって蹴る。
すると、けたたましい音を立てて、水路の水面が波立つ。
しばらくして静かになると、大量の赤い血だけが浮き上がってきた。
「なるほどね」
声が聞こえた瞬間、暗渠に強烈な光が瞬いた。
目が眩むほどではなかったが、代わりに闇の中に浮かび上がる異形の影が映し出される。
それは人のように四肢がありながら、明らかに顔の形が歪だった。
端的にいえば、魚の頭に似ている。
パチパチとエラが動き、手に持ったトライデントからぬるっとした体液が滴り落ちる。肌にはびっしりと鱗がついており、光を反射してはスパンコールのように輝いている。
大きな魚眼が、手にランプを持った少女に向けられる。
「ぐぺぺぺ……」
「最後まで種族がわからなかったけど……。そう。暗渠か。なら、犯行がすべて暗渠の下だったことは納得がいくわね。そうでしょ、半魚人――魔鰓族」
「だれ、だ?」
「カプリコ。――――あなたと同じ……」
魔族よ。






