外伝 Ⅺ ある妹亜屍族の即死魔法⑨
それは女子学生だった。
黒のおかっぱ頭に、丸い縁取りの眼鏡をかけている。
一見して、優等生っぽい少女の口から漏れたのは、謎の言葉だ。
「ガーコ、遠慮なくぶっ飛ばして!」
「ふが!」
私の言葉に、瓦礫とともに天井から下りてきたガーコは男に襲いかかる。
一瞬にして男の前に出ると、そのままラリアットを食らわせた。
容赦のない一撃を諸に受けた男は吹き飛ばされ、暗渠の壁に叩きつけられる。
意識を刈り取られ、そのまま気絶してしまった。
「ば、化け物!!」
最後に残ったのは、中年の男だ。
私たちに向けて、魔法をかけようとしたが、詠唱は半ばで止まる。
薄らとした殺気にそのときになって、ようやく気づいたらしい。
「だーめ、おじさん。それよりも、あーしとあそぼ」
男が振り返った瞬間、待っていたのはディープキスだった。
一気に舌を伸ばされ、脂臭い口内は蹂躙される。
まるでそれは男が食われているようにも見えたが、顔面の筋肉はトロトロになっていく。
ついには精を解放した男は完全に意識を失い、同じく気絶してしまった。
「はい。いっちょ上がり。ああ。くさ! これだから中年の男の精を吸うのは苦手だわ。あとで、オーラルケアしなきゃ」
ぺっ、ぺっ、と唾を吐く。
私は日常的に見てきた光景を胸を撫で下ろした。
「助かったわ、ガーコ、ルーディー」
すると、ガーコが私に飛びついてきた。
思いっきり抱きしめると、肋骨がミシミシと音を立てる。
しかし、ガーコに悪気はない。
それどころか、いつも何を考えているかわからない三白眼からは、さめざめと涙が流れていた。
「ガーコ、すっごく心配してたのよ」
ルーディーが言う。こっちはいつも通りだ。
「そう。ごめんね、ガーコ」
「ふが……」
ホッとしたのか、ガーコは少し力を緩めてくれた。
そんなガーコの頭を撫でながら、私はルーディーにもお礼を言った。。
「ルーディーもありがとう」
「ビックリしたわよ。試着室からなかなか出てこないから、覗いたらいないんだもん。寮に帰ったのかと思ったらいないし。おかげでガーコと一緒に王都中を捜し回る羽目になったんだからね」
「ごめん。今度埋め合わせをするわ」
「捜している途中で、おいしそうなパフェのお店が見つけたの」
「わかった。私はそこの男の店員の気を引けばいいのね」
「さすがカプコっち。あーしのことよくわかってる」
ルーディーはそうこなくちゃとばかりに笑みを見せる。
見た目はギャルだけど、ルーディーは甘いものに興味はない。
パフェというのも、童貞男のことだ。
そして、私に何か頼むとき、自分1人では落とすのが難しそうな男であることw指す。
「あれ? 寝取られお嬢様じゃない」
「寝取られお――――」
ルーディーはようやくオルティアの存在に気づく。
不本意な名前をつけられたオルティアは、顔を真っ赤にして怒るけど、ルーディーは気にした様子はなかった。
「同じように捕まっていたの。とりあえず弁務局に行きましょう。この状況で魔族がいたら、間違いなく衛兵たちに勘違いされるわ」
「それもそうね」
「ちょ、ちょっと待って」
私を呼び止めたのは、オルティアだった。
「あなたはここに残りなさい。たぶん、すぐに衛兵が来ると思うから。何か聞かれたら、起こったことすべてありのままを話してくれても構わないわ」
「お、お待ちなさい! わたくしの言うことも聞いて」
オルティアはついに声を荒らげる。
「何よ」
「その……。あ、ありがとうございました」
「お互い様よ。それにしても、暗渠のことは知らないのに、インスタントマンドラゴラのことは知っているのね」
「わ、わたくし、これでも植物園の管理を任されているの」
自信満々に言い張る。
まさか私の頭に毎回ぶつけてきた植木鉢の出所も、そこからじゃないでしょうね。
管理している備品を人の頭にぶつけてきたってこと?
お嬢様の倫理観がまったく掴めないわ。
「あと、改めて謝罪するわ。悪戯をしてごめんなさい」
オルティアは頭を下げる。
牢屋での謝罪よりも、はるかに誠実な意志が込められているような気がした。
「わたくし、魔族を誤解していた。もっと暴力的な方々だと」
「間違ってないわ。実際、暴力的だしね」
私はガーコが突き破った天井の瓦礫を見る。
オルティアは苦笑いを浮かべたが、すぐに真顔に戻った。
「それでも、人を殺さないでくれた。……むしろわたくしたちがあなたを傷付けようとした。わたくしも含めて」
正直、どういう気持ちの変化があったかわからない。
吊り橋効果? それとも囚愛性症候群かしら?
随分とおてんば貴族令嬢がしおらしくなったものだ。
1周回って、気持ち悪くさえ感じる。
私に悪戯を仕掛けていたころのほうが、まだ可愛げがあった。
胃の底から感じる吐き気を堪えていると、オルティアはスッと私に手を差しだした。
「それでも、わたくしを許してくれるなら、お友達になってくれないかしら。どうやらわたくしたち、似たような境遇らしいし」
オルティアは目をキラキラさせながら、真っ直ぐ私のほうを向いた。
そのとき、私は心底自分の家族の話をしたことを後悔した。
「そういえば、お願いのことを忘れていたわ」
「お願い……。ああ。あのことね。うん。覚えてるわ。何かしら? なんでも言って。一応、侯爵家の令嬢だし。割と言うことを聞けるわよ。大船に乗ったつもりで、ドンと来なさい」
オルティアはまさしく「ドンッ!」という感じで胸を叩く。
「そう。じゃあ――――」
「へっ?」
オルティアの目に映ったのは、拳を大きく振りかぶった私の姿だった。
ドゴッッッッッッッッンンンン!!
私の正拳は綺麗にオルティアの左頬を捉える。
その衝撃は凄まじく、オルティアの身体がふわりと浮くと、そのまま錐揉み上に吹き飛ばされ、暗渠の壁に叩きつけられた。
「な、なんで……」
左頬をくっきりと拳の痕が残しながら、オルティアは訴えると、そのまま気絶する。
私は赤く腫れた自分の拳を見ながら、ため息を吐いた。
「やっぱりメリケンサックは必要だったわね」
こうして王都で起きた「神隠し事件」は終わりを告げた。
……かに見えた。






