外伝 Ⅺ ある妹亜屍族の即死魔法⑧
「それで、ここってどこなの?」
オルティアの拘束を解いた私は、ひとまず2人脱出を試みることにした。
神隠しの方法も犯人も、何もわかっていない。
首謀者を羽交い締めにして聞き出したいが、残念ながらお荷物と一緒では難しい。
オルティアを無視して、周辺を制圧できなくもないが、まずは安全を確保することが先決だと、私は考えた。
「おそらく暗渠ね」
「暗渠?」
「はあ……」
私はため息を吐く。
「な、何よ。暗渠の意味は知ってるわよ。なんでこんなものが、複雑な迷路みたいに王都の地下にあるのって聞いてるの!?」
私はまたため息を吐きたくなったが、堪えた。
これ以上ご令嬢の機嫌を損なうと、また声のボリュームがあがりそうだ。
拘束を解かれてホッとしたのか。
あるいは、もう自分は助かると勘違いしているのか。
オルティアはすっかりいつもの侯爵令嬢に戻っていた。
「カンタベリア王国の貴族なのに、王都が川の上に立てられたことを知らないの?」
カンタベリア王国の元となった国の城は、3本の川が交わる中州にあったそうだ。
しかし、国が大きくなるについて、城の周りに人が集まってきた。
増加する人口に対応するためには、土地を広げるしかない。
そこで徐々に川を埋め、中州を広げていったことによって、今の王都の姿があるらしい。
「ただ3本の川を完全に埋めると、今度は水の逃げ場がなくなって、洪水の原因になりかねなかった。それに残しておけば、そのまま生活用水にもなるし、排水にも使える。一石二鳥と考えたのでしょうね」
水を汲むのも、汚くなった水を捨てるのも、貴族の屋敷では家臣の仕事だ。
オルティアには、自分の家の真下に川が通っていて、屋を使った水をそこに流しているなんて、少しも考えなかっただろう。
かくいう私も本物を目にして驚いていた。
昔、ここに200名弱の魔族が潜伏していたと聞いたときには、嘘八百とばかりに信じなかったが、こうして実物を見て、あり得ると思った。
しばらく私たちは暗渠を歩き続けた。
人によって整備されたものなら、必ず地上に出る階段か梯子があるはずである。
「ねぇ。なんでわたくしを助けたの?」
「あなたがうるさく喚いていたから」
「違うでしょ。あなた、わたくしを助けて、侯爵家に取りなそうとか思ってるんじゃないの?」
「はあ?」
いきなり何を言っているんだ、この腐れア〇ズレは……。
おっと。つい魔族言葉が出てしまった。
「さっきも言ったけど、わたくしに価値なんてないわよ」
「そうね。あなたにその価値があるなら、侯爵家に持ち帰って、犯人が要求する身代金よりも高い値段で売りつけたでしょうね」
「あ、あなたねぇ。ちょっと慰めようとは思わないの?」
「慰めてほしかったの? 魔族の私に? 悪戯の被害者に?」
「うっ……!」
オルティアは呆気なく、また私に論破されてしまう。
いや、もはや論破というレベルではない。話にならなかった。
何故なら、オルティアはその場で泣き始めてしまったからだ。
「いいじゃない。グスッ……。慰めてくれたって。グスッ……。だって、今まで誰もわたくしのことを見てくれない。グスッ……。パパも、ママも、お姉さまも……。散々痛めつけたあなただって、グスッ……、わたくしをまともに見ようとしない!」
はあ……。
ヒステリックに喚いていたと思えば、今度は不幸自慢?
それとも、お遊戯会の練習かしら。
後者なら、実につまらない。
猿の人まねのほうが面白そうだわ。
しかし、少しオルティアのことがわかった気がする。
この子は腹の底では自分が一番不幸な女だと思っているのだ。
経済的にも、肉体的にも、精神的にも、立場においても、彼女より不幸な人間はたくさんいる。両親どころか、その顔さえ見たことのない孤児がたくさんいて、戦後のご時世では、そんな子どもなど珍しくもなんともない……。
なのに――この娘は、ほんの数年前魔族と人間が殺し合っていたことを忘れ、満ち足りない生活に不平を漏らしている。
つくづく気持ち悪い……。
オルティアのような人間は例外と思いたいが、実際似たような考えを持つ生徒は少なくないだろう。ガーコに足をかけようとした男子生徒なども、きっとそうだ。
平和だわ……、実に……。
これが兄が目指した魔族と人類の相互が与した社会なら、実に平和だと思う。
そして、そこにちょっと嫉妬を感じる自分がいる。
「え?」
気が付いたときには、泣いているオルティアを励ますように頭を撫でていた。
私も一緒なのだ。
数年前まで戦争をしていたのに、それを忘れて古着屋で試着しようかしまいか、くだらないことで悩んでいる。
たぶん、きっと私もオルティアぐらい気持ち悪いぐらい浮かれた魔族なのだろう。
「私にも出来のいい兄がいるの。当人はまったくそんな素振り見せないし、周りもそんな兄の優秀さに気づいているようで気づいてない。……それがね。なんか腹が立つときがあるの」
「…………少しわかるわ」
「あなたを助けた理由があるとすれば、ちょっと私と似ていると思ったから」
「魔族とわたくしが?」
オルティアは言われて困ったような、それでも否定するほど満更でもない様子を見せる。
まったく……。コロコロと表情がよく変わる女である。
「なんで、こんなところにガキがいる?」
明らかに酒焼けした声に、私はハッとした。
立っていたのは、40代を超えた小柄な男。
居酒屋で夜遅くまで主人とくだを巻きながら、カウンターでちびちびと酒を飲んでいそうなタイプだった。
でも、単なる酔っ払いではないことは、すぐわかった。
暗い暗渠の中で、松明も持たずに男が歩いていたからだ。
魔力の流れが目に集中している。
おそらく魔法で視力を強化しているのだろう。
どこの居酒屋にでもいそうな酔っ払いの見た目。
それに似つかわしくない、高等な魔法技術。
間違いない。
こいつが人さらいの正体だ。
「走るわよ」
という前に私はオルティアを抱え上げていた。
そのまま来た方向とは逆方向に走り出す。
「あ。こら! 待て!!」
虚を突かれた男が慌てて私たちを追い始めた。
「わ! わ! わ! い、いきなりなんですの」
「喋るな。舌を噛むわよ」
私が叱咤すると、オルティアは反射的に自分の口を塞ぐ。
幸い男の脚力と、私の脚力はさほど変わらない。
逃げ切るのは難しいが、すぐ捕まるというほどでもない。
その間に、脱出ルートを探すしかない。
「問題は――――」
「カプリコ、あれ!」
オルティアが突然指差す。
指先が示すほうを目で追うと、そこにあったのは植木鉢だ。
「何それ? こんな状況で悪戯でも思い付いたの?」
「ち、違うわよ」
とにかく下ろして、というのでオルティアは地面に下ろす。
オルティアはすぐ近くを流れていた水路から手酌で水を汲む。
非常事態からか、生活排水も混じった水から汚臭がしたが、侯爵令嬢は眉1つ動かさず、植木鉢のところまで持ってきて――かけた。
何のお遊戯だと思って見ていると、突然植木鉢が震え始める。
すると、植木鉢の土から芽が出たかと思えば、青々とした葉っぱが生い茂た。
「何、それ?」
「インスタントマンドラゴラですわ」
「いんすたんとまんどらごら?」
「とにかくその葉っぱを掴んで、根を抜いて」
「マンドラゴラということは抜いたら――――」
私は、はたと気付いた。
なるほど。そういうことか。
「見つけた!」
中年の男が追いついてきて。
下品な笑みを浮かべながら、私たちのほうへと近づいてくる。
「やっと大人しくなったか。さあ、牢屋に戻って――」
「お断りするわ」
私は間髪容れずに、インスタントマンドラゴラを引き抜いた。
『ぎょぎょぎょあ゛わ゛わ゛わ゛わ゛わ゛わ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!!!』
マンドラゴラは人類圏、魔族圏問わず、有名な魔草だ。
その効果は腰痛、アンチエイジング、滋養強壮と様々で、重宝されている。
そして、その名を聞いて思い出すのは、間違いなくこの叫びだろう。
根の部分が空気に触れた瞬間に起きる、叫び声に似た音は、ときに高齢の人間の命を止めるほど強烈なものだ。
しかも、屋外ならともかく、ここは屋内。
その音はさらに増幅され、暗渠に響き渡る。
そして暗渠だけじゃなく、音は外にも聞こえるはず。
いくら人通りが少ないからといって、今の叫び声に気づかない人間はいない。
つまり、このインスタントマンドラゴラというヤツは、暗渠に迷い込んだ人間がいることを知らせるための警告音として設置されたものなのだろう。
事実、インスタントマンドラゴラは声を発すると、一気にしなび、枯れてしまった。
「くそ! なんて音だ」
「観念するのね。今の音を聞いて、暗渠に誰かがいるって気づいた人がいるはずよ」
オルティアは形勢逆転とばかりに、得意げに語る。
しかし、男は片方の口端を上げた。
「そいつはぁ、気づいた人間にもよるだろ、そりゃあ」
「え?」
オルティアが驚いたのは、男の発言ではない。
背後から足音が聞こえたからだ。それも2人。
背丈こそ違うが、男と同じ雰囲気を持った男が、暗渠を歩いてくる。
「なんだ、今の音は……。耳がいてぇ」
「おい。あれ? 牢から逃げたガキじゃないか?」
「ああ。いたぁ! チッ! こんなところまで逃げてやがったのか?」
最悪ね。
どうやら、私たちを捜していたのは1人だけではなかったらしい。
「お前ら、ちゃんと見張っておけって言ったろ!?」
怒鳴ったのは、最初に遭遇した中年男である。
すると、罵り合いが始まるが、決して隙を見せない。
前門に中年男。後門に2人の男たち。道は1本道だ。
どう考えてもピンチである。
「カプリコさん、なんとかできないの? あなた、魔族でしょ?」
「生憎と荒事は苦手なの。それに相手は魔法が使える。はっきり分が悪すぎるわ。あと魔族だからって腕っ節が強いと思っているのは、単なる偏見よ」
できないわけではないけど、アリーテの言いつけもあって、魔族である私が下手に人間に手出しはできない。
悪党だとしても、魔族が人間を殺したとあれば、交換留学事業に支障を来しかねない。当人による犯行なら、尚更問題になるだろう。
「まあ、いい。とっととガキを捕まえろ!」
言い合いが終わると、男はようやく矛先を私たちに向けた。
ゆっくりと近づいてくる。
すると、突如として私の目の前に石が落ちてきた。
落ちてきた、ということは、間違いなく上から落ちてきたのだろう。
つまりは、暗渠の天井だ。
私は目だけを動かし、天井を見る。
そして薄く笑った。
「それ以上、近づかないほうがいいわ」
「は? 何を言っているんだ?」
次の瞬間、暗渠の天井がヒビが入る。
轟音とともに一気に崩れると、落ちてきた瓦礫に男の1人が巻き込まれた。
「なんだ?」
状況がわからず、男たちが震え上がると、そこには異色のシルエットが浮かび上がった。
「ふが……」






