外伝 Ⅺ ある妹亜屍族の即死魔法⑦
【前回のあらすじ】
暗い闇の中で、クラスメイトと出会いました。
「なんであんたがここにいるの?」
オルティアの言葉は微かに震えていた。
どうやら彼女も私と同じく捕まった口のようだが、たぶん怯えている理由はそれだけじゃないだろう。
たぶん、私を首謀者だと勘違いしているのだ。
オルティアの立場に立って考えると、心当たりはいくらでもあるだろう。
彼女は散々私に悪戯してきた。それも、人類社会から見ると、ちょっと度を超えた悪戯を……。
今、自分が陥っている理由が、私にあると考えるのも無理はない。
「バザールで買い物をしていたら、気が付いたらここにいたの。あなたは?」
「え? うそ。あなたも捕まったの?」
「この状況で嘘を吐いてどうするの?」
椅子ごと振り返って、自分もまた縛られていることを見せる。
オルティアは少し安堵して、息を「はあ」と吐いた。
「馬車の中で1人で待っていたら、急に目の前が暗くなって」
「目を覚ましたのはいつ?」
「あなたとそう変わらないと思う。目を覚ましたら、向かいから物音が聞こえて。……ねぇ。これってあなたがやったんじゃないの? 謝るから、この縄をほどいてよ」
「残念ながら私じゃないわ。こんな大がかりなこと、王都に着て間もない交換留学生ができるわけないでしょ。30人も人をさらうぐらいなら、勉強することを選ぶわ。そもそも、そのためにやってきたんだし」
「で、でも、魔族でしょ、あなた」
この娘は魔族がみんな、四次元に繋がる穴を持っていたり、どこにでも繋がる扉でも終始携帯しているとでも思っているのだろうか。
おそらくそんな技術があるなら、人類と魔族の戦争はとっくに魔族の勝利で終わっていて、たぶん私たちの立場も違っていたはずだ。
「魔族が万能なら、あなたの下手な悪戯になんて引っかからないわ」
「うっ……」
オルティアは言葉を詰まらせる。
これぐらいのディベートで論破されるなんて。
この子、魔族圏に行ったら、どんな人間になって帰ってくるんだろう。
興味があったが、やることは山盛りだ。
ひとまず、ここを出る必要がある。
まず状況の確認だが、気配からして周囲にいるのは、私とオルティアだけのようだ。
獲物は逃げないと思ったのか。
見張りもいない。
余裕というよりは、そもそも人員が足りていないか、このあとすぐに出荷するあてがあるからかもしれない。
「ねぇ……」
考えていると、またオルティアが声をかけてきた。
いじめている当人に、危機的状況とはいえ、声をかけられる胆力に驚かされる。魔族に対して何をやってもいいと思っているなら、私を連れ去った悪党よりも、オルティアは邪だ。ちょっと親の顔に興味が出てきた。
「わたくしたち、どうなると思う?」
「人さらいなら身代金目的か、このまま他国の闇市場で奴隷として売りさばかれるかどちらかよ。ただ私が知る限り、今王都で起きている神隠し事件において、身代金目的はない」
「じゃあ、わたくしたち奴隷として売られる?」
「奴隷と一口でいっても、用途は様々よ。違法魔法実験の検体に選ばれることだってあるし、副作用もわからない薬品の開発のために劇薬と一緒に混ぜられる可能性もあるわ」
「あなた、どうしてそんな怖いことを考えられるのよ」
「私は質問に答えただけよ」
「聞いたわたくしが馬鹿だったわ。……もう。最悪だわ。まさかこんなことになるなんて」
オルティアは大きく息を吐き、頭を抱えた。
当たり前だが、彼女なりにショックを受けているらしい。
いつもの華やかさが、ここではなりを顰めていた。
当然といえば、当然だけど。
「心配しなくても、助けは来るわよ」
「随分と楽観的ね」
「私がさらわれたとき、近くに友達がいた。異変に気づいて、すぐに衛兵か弁務局に報告してくれたはず。それに人さらいは、さらう人間を間違えた」
「魔族をさらったから?」
「人間って言ったでしょ。あなたのことよ。侯爵令嬢で、しかも聖女の妹……。あなたの親か兄弟かはわからないけど、死に物狂いであなたを捜すんじゃないの?」
「死に物狂い……ね」
オルティアは口角を上げる。
さっきまで絶望していたくせに、今度は嘲笑。
忙しい女ね。
「悪いけど、わたくしに価値はないわ。たぶん、お父様もわたくしがいなくなって、眉1つ上げないと思う」
「何故?」
「お父様が大事なのは、お姉さまだけだから」
「聖女の?」
「そう。お姉さまだけがいればいいの。わたくしはお姉さまに何かあったときの代替部品――いえ。その部品にもなれないクズ鉄なのよ」
そうして、オルティアは堰を切ったように身の上話を始めた。
外では聖女の妹、リュゼル侯爵家の令嬢として蝶よ花よと甘やかされている彼女だが、家の中では真反対で、冷遇されているらしい。
両親は聖女に選ばれた姉を寵愛し、オルティアにはほとんど目も向けない。
食事をともにするのは、年に数度で、いつも1人で食事をしているという。
「これでわかったでしょ。わたくしが誘拐されたところで侯爵家は動かないわ。ご期待に添えなくて――――って、ちょちょちょちょっと! あんた、何をやってるのよ」
「え?」
縄を解き、鉄の格子を無理矢理ねじ曲げ、牢屋から脱出するところで、私はオルティアに呼び止められた。
「え? ――じゃない! 何を1人で牢屋を出ていこうとしているのよ。ていうか、よく縄をほどけたわね。格子もそうだけど!」
「ガーコほどじゃないけど、力にはそれなりに自信はあるの。そういうわけだから、じゃ――」
「待って! 待ってよ。わたくしも連れていきなさい」
「なんで?」
「同じクラスメイトじゃない!」
「そのクラスメイトに1歩間違ったら、命を奪うような悪戯をしかけたのは、どこの誰?」
「そ、それは――――」
「私はあなたと同じことをしてるだけよ」
「ま、ままま待って。謝る! 謝るから!!」
オルティアは声を張りあげる。
普段、寒い嘲笑を浮かべる彼女が慌てる姿を見るのは溜飲が下がるというか、有り体に言って――気持ちがいいのだけど、あまり騒がれるのは不味い。理由は1つ。誰かが気づいて、牢屋にやってくるかもしれないからだ。
やれやれである。
私は盛大にため息を吐いた。
「それ以上、その汚い口で騒いだら、本当に置いて行くわよ」
「忠告に従うわ。だからは・や・く・!」
オルティアは催促する。
今から助けられる人間の態度ではない。
人類とはこんなにがめつい生き物なのだろうか。
兄はよくこんな下等生物と和平しようなんて考えたものである。
「謝罪が先よ」
「あなた、結構根に持つタイプね」
「形式上よ。嫌ならいいけど」
「楽しんでない? 魔族って全員こうなのかしら」
「否定はしないわ。さ――――本場の謝罪を見せて」
「ぐっ……。も、申し訳ありませんでした」
オルティアは歯を食いしばりながら、おざなりに頭を下げる。
「これで満足?」
「全然。ガーコに仕掛けたことにも」
「はあ? あれはわたくしじゃ」
「やらせたのはあんたでしょ? それとも、サキュバスに寝取られたあなたの彼氏に聞いてみる?」
私の言葉は、オルティアにとって1番のパンチラインだったらしい。
泣きそうになったかと思えば、まるで野犬のように白い歯をむき出し、怒りの形相を浮かべる。
悪魔が乗りうつったとは、このことだろう。
「は・や・く……」
「も、もうしわけありませんでした」
若干棒読みだが、まあいいだろう。
当の本人はいないし、これはあくまで形式的なものだ。
そもそも私の本命は次にある。
「じゃあ、次は――――」
「まだわたくしに謝罪させるつもり」
「どうせ拘束を解いたら、私に対する恩義なんて忘れるんでしょ?」
あなたみたいな手合いは、特に……。
私の指摘は、図星だったらしい。
オルティアは「チッ!」と軽く舌打ちする。
いい根性ね。若干好きになってきた。
絶対気のせいだけど……。
「嫌ならいいのよ。あなたが変態の中年に買われようが、人の命をマンドラゴラの根の先っぽぐらいにしか考えていない、頭のイカれた魔導士に買われようが……。私はまったく気にしないから」
「わ、わかったわ。……な、なんでもするから! お願い! わたくしを助けて!」
「言ったわね」
「え? わたくし、何か不味いこと言った」
「いいわ。助けてあげる」
その代わり、あなたには私の願いを1度だけなんでも叶えてもらうわ。






