外伝 Ⅺ ある妹亜屍族の即死魔法⑤
交換留学が始まって、5日が経った。
たった5日だが、すでに文化的ギャップに驚かされてばかりだ。
1つ。何かと集団で飯を食べさせようとする。
寮での食事、学校での食事――ともに何かと集まって食事をしようとする。
友達や家族ならわかるけど、なんで他人と一緒に食事するのか私には理解不能だ。
魔族であれば、たちまち食料を巡って争いになることだろう。
2つ。時間に正確。
身体に時計でも持っているのかと思うぐらい、人類は時刻に正確だ。
どんなに素行の悪い生徒でも、必ず定時の1時間前後には教室の席に座っている。
3つ。建物の中に入るとき、靴を脱ぐ。
衛生上の理由というのはわかるが、これがまた驚いた。
しかも、靴箱に施錠することもできない。
これなら盗み放題である。
他にもいろいろ言いたいことがあるが、話し始めたら目眩がしそうだ。
それでも、私は学校生活をそつなくこなしていた。
「ん?」
靴箱を開けると、手紙が入っていた。
「うお! カプコっち、やるぅ。ラブレターっしょ、それ!」
朝からハイテンションのルーディーが目を輝かせる。
入学5日目にして、独自の制服の着崩し方を見つけたらしい。
細いタイを緩め、胸の辺りを大胆にはだけさせていた。
どうやら、すでに部屋に何人か連れ込んだようだ。
香水で誤魔化しているが、人類の男の汗の臭いがする。
サキュバス族の義務というか、本能なので私が咎める筋合いはないのだけど、せめて水浴びぐらいしてきてほしいものだ。
「そんないいものじゃないわよ」
ラブレターどころか、封筒すらない――ペラ1枚の紙を見せる。
紙だって割と貴重なのに、そこには殴り書きで「魔族野郎、失せろ!」と書かれていた。
「うわあ……。気合い入ってんねえ」
「ええ。やってることは陰湿だけどね」
上履きを逆さにすると、棘のついた植物の種子らしきものが大量に出てくる。
まったく何が楽しいのやら。
私たちが目障りなら直接言えばいい。
なんなら魔族弁務局に抗議すればいいのだ。
まあ――向こうも私たちを押し付けられた側の立場なのは、重々承知している。
大人は子どもの意志なんて関係なく、決めてしまう。
だから子どもも遠慮して、こうした陰湿な手段を取るしかないのだろう。
やれやれである。
「あなたたちは大丈夫」
「うちはなんともない。たぶんダーリンたちが守ってくれてるだと思う」
ルーディーにはすでに立派な下僕――もとい男友達がいる。
すでに公然の事実となっていて、フランジア貴族院に広まっていた。
寝取られたほうの女性からすれば、憤懣やるかたないだろうが、男による暴力という仕返し恐れて何もできないらしい。
「ガーコは? あれから何か意地悪なことされてない?」
「ふが……」
ガーコは小さく首を振る。
ガーコの場合は、たぶん1日目の出来事があまりに鮮烈だったのだろう。
それが幸か不幸か抑止力になったのである。
そして、生徒たちの数々の不満は、私に向けられているわけだ。
きっと私が1番人畜無害で、攻撃しやすいと考えているのだろう。
「カプコっち、大丈夫? ダーリンにビシッと言ってもらおうか?」
「大丈夫。あまり波風立たせたくないし。ただこのままだと、いずれ大きなことに発展しそうだから、担任か、いっそ弁務局のアリーテに相談するわ」
人類側との摩擦は、魔族側でも織り込み済みだ。
弁務局のアリーテからも、些細なことでも何かあれば相談するようにと言われていた。
しかし、こうしたことは続いた。
講堂に行くと、私がいつも座る席に落書きがされていた。
そこには魔族を揶揄するような言葉が並べられている。
さらにある日において――――。
ガシャンッ!
突然、私の頭の上に植木鉢が落ちてきた。
幸い私に怪我はない。
不幸なのは、植木鉢に植えられていた山茶花である。
「あら。ごめんあそばせ。つい――――」
上を見ると、手すりから身を乗り出し、女子生徒がクスクスと笑っていた
腰近くまで伸びた栗色の髪に、宝石のようなエメラルドグリーンの瞳。
白い肌、整った鼻梁、形の良い唇――それら如何にも貴族のお嬢様らしく、気品があり、魔族の私にはない華やかさを感じる。
白を貴重としたフランジア貴族院の制服も似合っていて、まるで彼女に着てもらうために、制服をあつらえたかのようだった。
私は闇なら、まさに向こうは光。
しかし、私を見下ろす瞳の輝きは卑しく輝き、蛇蝎の如く目を細め、口の端を歪めている。
名前は確かオルティア・フォン・リュゼル。
リュゼル侯爵家の令嬢だ。
どうやら、私は――いや、私たちはこのオルティア嬢にとって目障りな存在らしい。
それは初日からわかっていた。
例のガーコに足を出した男子。
その男子がときどき目線を向けていたのが、オルティアだったのだ。
こうした連携は、私たちがやってくる前に作られたものだろう。
言わば、オルティアこそ教室の中心――つまり、王様なのだ。
「大丈夫でして?」
「ええ。あなたこそ大丈夫? せっかくの山茶花なのに」
「ご心配なく。ああ。でも、謝ってもらおうかしら」
「謝る?」
「だって、あなたは無傷で、植木鉢は割れて、山茶花が台無しになってしまった。これはあなたが石頭だからじゃなくて?」
「傷はないけど、結構痛かったんですが……」
「そう。でも、山茶花はもっと大変よ。さあ、謝って」
オルティアは少し声に力を入れる。
幸か不幸か、周りにルーディーやガーコはいない。
というより、いない今を狙われたのだろう。
いたらきっと理不尽な要求をするオルティア嬢は、首を捻られて即死していたかもしれない。
彼女はまだ魔族の怖さを知らないのだ。
そう思うと、少し哀れに思えた。
まさに井戸の中の蛙――である。
「モウシワケアリマセンデシタ」
「ふん。……まあ、いいわ。許してあげる」
オルティアは勝ち誇るように笑うと、取り巻きの女性陣を引き連れて奥の廊下へと消えていった。
ひとまず一難去って、私はホッと息を吐く。
とりま、廊下にぶちまけられた山茶花と割れた植木鉢の破片を拾い上げる。
道行く生徒たちはただ横目で見るだけだったが、不意に植木鉢の破片を持ち上げる指が、横から伸びてきた。
顔を上げると、アリーテだった。
「何も言ってこないところをみると、特に問題なく学生生活を送れているかと思えば、そうでもないようですね」
「見ていたのですか?」
「相談しろ、と言いましたよね、わたくし」
「報告するところだったんです」
私たちは淡々と植木鉢を片付ける。
「……そうですか。それにしても随分と大人しいですね」
「向こうでは日常茶飯事ですので」
「なら、なんでやり返さないんですか?」
「相手は人類です。それぐらいの分別はわきまえてるつもりです」
「お兄様に似て、理性的で助かります。兄妹だからですか?」
兄が理性的なんて、初めて聞いた。
むしろ家での兄は、直上的な性格に見えた。
「それに、リュゼル侯爵家は相手に回すと少々厄介な相手ですからね」
「そうなんですか?」
「おや。知りませんか?」
「なにぶん人類圏に来て、日が浅いので」
私は肩を竦めた。
「オルティア・フォン・リュゼルの姉――アナスタシア・フォン・リュゼルは我々魔族の天敵」
聖女なんですよ。
「ふーん。そうですか」
「もうちょっとリアクションがあってもいいんじゃないですか?」
「申し訳ありません」
「こんなところで魔法の言葉はいらないですよ」
アリーテはため息を吐く。
私としては合点がいったので、少しすっきりした気分だ。
侯爵令嬢で、姉が聖女となれば、周りが気を遣うのも当然だろう。
魔族と戦争することは、当分なくなったにしろ、聖女が神に選ばれた存在だ。
王族に近しい身分であることに、以前かわりはない。
そんな身内がいるのだ。
多少傲慢になるのも、仕方ないだろう。
「くれぐれも気を付けてください。せめて聖女の怒りに触れるようなことは……。あなたのお兄様も、聖女には随分と手を焼いたそうですし」
そう言って、アリーテは意味深げに笑った。
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