外伝 Ⅺ ある妹亜屍族の即死魔法④
人類社会生活2日目――。
弁務局で必要な手続きをしてから、私たちはフランジア貴族院の女子寮に入寮した。
さらにフランジア貴族院の学院長、女子寮の寮母など、お世話になる人類に挨拶を終えたときには、魔族にとって1番力が発揮できる時間――すなわち夜になっていた。
広い寮の食堂で、3人で夕食を終え、しばらくルーディーと他愛もない会話をしていたら、いつの間にか眠ってしまったらしい。
気が付いたときには、布団を掛けられ、スプリングの効いたベッドで寝ていた。
制服といい、ベッドといい、学生寮とは思えない瀟洒な部屋といい、まさしく至れり尽くせりだ。しばらくホームシックになることもないだろう。
「ふがが……」
ガーコの声がすると、先に起きていた。
一生懸命、学生服を着ようとしていたが、残念ながら首が出るほうから上着を着ようとしていた。
たぶん、私が起きる前に制服を着ようとして、驚かせたかったんだろう。
ガーコはこれでも努力家なのだ。
「今、手伝うから動かないで」
私はベッドから降りる。
寮の部屋はガーコと私の二人部屋で、ルーディーは一人部屋だ。
ルーディーが率先して一人部屋を主張したのには訳がある。
たぶん、男を連れ込むつもりなのだろう。
原則として、女子寮では男の入寮、連れ込みは禁止されている。
しかし、ルーディー曰く、そんなクソ真面目な生徒はいないという。
これはサキュバスの勘でもなんでもなく、匂いでわかるそうだ。
「ふが……」
「ここまで来て不安なの?」
「ふが……」
「大丈夫よ。お兄ちゃんが言ってた。人類は魔族がびっくりするぐらいおもてなしの精神に溢れてるって。きっと歓迎されるわ」
「ふが……」
「はい。できた。――さっ。行くわよ」
こうして私の貴族院デビュー1日目が始まった。
◆◇◆◇◆
フランジア貴族院は、王都の一角、小高い丘の上に立つ由緒ある学び舎である。
建物全体は白亜の石材を基調とし、陽光を受けるとやわらかな乳白色の輝きを放つ。中央には大きな本館。その左右に均整の取れた翼棟が立っている。
屋根は淡い青みを帯びた灰銀色で統一され、尖塔もあれば倉庫のような真四角な建物が建ち、正面にはアーチ門と美しく刈り取られた庭木と季節の花々、そして噴水が涼しげに水を噴き上げていた。
中に入っても、眩い白を基調とした姿は変わらない。
むしろ大きなシャンデリアの光が、さらに増幅させていた。
廊下も白い大理石に覆われ、少し強めに踏むと硬質な音が返ってくる。
薄いレースのカーテンも白だ。
白の制服に少し興奮気味だった私だが、ここまで来ると食傷気味になる。
まるで黒なんていらないと思われているようだ。
それで――――。
私の気持ちをさらに気落ちさせたのは、クラスメイトたちだった。
教室はすり鉢状になっていて、その下に教壇がある。
すり鉢状の机には、如何にも上品が服を着て歩いているようなお坊ちゃん、お嬢ちゃんが奴隷でも値踏みでもするかのような卑しい目で、私たち魔族3人を見つめていた。
「いい男はいた?」
隣のルーディーに小さな声で尋ねると、言葉ではなく舌舐めずりで返答する。
ルーディーでなくてもなんとなくわかる。
こいつらは全員――童貞であると……。
魔族圏にいた頃から考えていた自己紹介を済ませると、担任教師が席に座るようにすり鉢状になった席の1番上の席を示す。
(できれば、男の席から遠いほうが良かったわね)
すでに色目を使い始めたルーディーのほうを心配していると、すでにトラブルは始まっていた。
1人の生徒が、席に着こうと階段を上っていたガーコの前に足を出していた。
「おい。どうした? 早く行けよ」
「ふが……」
一体、あれはなんの儀式だろう。
これも人類のお・も・て・な・しというものだろうか。
少なくとも、事前に聞いていた人類の習性にはないパターンだ。
実際、ガーコも困っていて、どうしたらいいかわからない。
「ルーディー、あれって?」
「あの子もいいわね。あっちの子も捨てがたいわ~。はあ。はあ。はあ」
それどころじゃないらしい。
もしかして、このまま一生発情状態のままになるのだろうか。
イヤだな。友人の我を忘れて男を漁る姿を見るのは……。
(いや、そんなことを考えている場合ではない)
他の生徒のほうを見ると、特に何をするわけではない。
ただニヤニヤ笑っているだけだ。
当の男子生徒もときどき、何かアピールでもするかのように周りに視線を送っている。いや、よく見ると目配せだ。何か合図のようなものを送っていた。
……なるほど。
この雰囲気には覚えがある。
魔族でいうところの縄張り争いだ。
一口にいっても、魔族には沢山の種族がいる。
それ故に、自分の住処を巡って、縄張り争いが日常茶飯事だ。
基本的に種族間の中が悪いので、どうしても集団で集まるさい、争いが起こりがちになる。魔王軍が強固に結束しているのは、魔王様の威光のおかげで、本来それがなければ烏合の衆なのだ。
その争いは道ばたや職場だけではなく、学校などの教育現場でも行われる。
魔族からすれば、学校もまた生存競争の場なのだ。
きっと男子生徒が足を出すのも、自分の縄張りの主張に違いない。
……って、そんなわけないだろ。
ここは人類の――しかも高度に教育された子どもが通う学院だ。
縄張り争いなどあろうはずがない。
単純に考えて、新参者の私たちに悪戯を仕掛けようとしているのだろう。
まして、私たちは魔族。数年前まで相争ってきた同士。
「よろしくお願いします」と握手を交わしただけで、わだかまりが溶けルトは思えない。
「先生。注意をしてください」
と、ここまで傍観者だった担任に声をかける。
担任はハッとして、男子生徒を注意した。
「マイティくん、やめなさい」
「うるさい、ババア。教師風情が、伯爵家の令息である俺に意見するのか?」
教師をひと睨みすると、担任は青い顔をして1歩下がった。
どうやら、この学院では爵位が物を言うらしい。
それは教師も例外ではない。
フランジア貴族院は、税金と貴族からの寄付で成り立っている。
パトロンが貴族である以上は、たとえ教師でも刃向かえないのだ。
それに、担任は定年間近な年齢だと思われる。
ここで波風立たせたくないのは、理解できた。
だが、私が言っているのは別の意味だ。
「いえ。そういう注意ではなく」
「え?」
そのときだった。
ガーコが足を上げて、男子生徒の足の上を通ろうとする。
だが、男子生徒は寸前で足を上げ、ガーコの上げた足を刈り取る。
体勢を崩したガーコは盛大に階段の上で倒れた。
「バーカ。アハハハハハハ……」
男子生徒は立ち上がって笑ったが、その表情が引きつるのに3秒もかからなかった。
ミシッ……。
軋み音が聞こえた瞬間、ガーコを中心に階段にヒビが入る。
すると、階段部分が一気に崩れ、両端の机を引き込みながら真っ二つに割れた。
ガーコは勿論、足を出していた生徒も割れ目に落ちる。
「ギャアアアアア! いてぇええええええ!!」
男子生徒の情けない悲鳴が上がる。
割れ目に落ち、さらに瓦礫が男子生徒の右足の上に落ちてきたらしい。
完全に右足が埋まり、生徒は悶え苦しんでいた。
フランケン族は、亜屍族よりもはるかに怪力だ。
ただ子どもとなると、その力を制御することは難しい。
故に、ガーコはなるべく力を入れないように動いているのだが、咄嗟のときはどうしても力を入れてしまう。
普段から動いていないガーコの運動能力が低いことは火を見るより明らか……。
足など出さなくても、階段で転けていたかもしれない。
「こうなるから注意してほしいと頼んだんですが、間に合いませんでしたね」
「え? は? ……そ、そういうこと?」
担任はおろおろするばかりだ。
周りの生徒たちも何が起こったかわからず、悲鳴を上げて逃げ惑っている。
落ち着いているのは、私とルーディーだが、ルーディーは別の意味で興奮していた。
やれやれである。
私は仕方なく現場に向かう。
やはり確認するまでもなく、男子生徒の足は大きな瓦礫に埋まっていた。
大人数人がかりでも難しいだろう。
亜屍族の私でも無理だ。
「ガーコ、手伝って」
「ふが……」
瓦礫に埋まっていたガーコが、突然立ち上がる。
生徒からすれば、墓場から生まれたゾンビみたいに見えたことだろう。
フランケン族は力も強いし、身体も強い。
学校に隕石が落ちてきても、ガーコだけは生き延びるだろう。
そのガーコは立ち上がって、男子生徒の右足の上にのった瓦礫を取り除く。
淡々と作業するガーコの様子を、周囲は固唾を呑んで見守った。
全部の瓦礫を取り除くと、小さく拍手が起こる。
あれだけの瓦礫がのった割には、生徒の足はかすり傷程度で済んでいた。
まったく運のいいことである。
「これなら回復魔法をかければ、すぐに治るわ」
私の所見を伝えると、さっきまでこんなかすり傷で泣き喚いていた男子生徒は、眉を寄せて、怒りを私にぶつけてきた。
「黙れ! 俺に傷をつけやがって! どう責任とってくれるんだ! あぁ!! 金だけで済む問題じゃないぞ。俺は――――」
まったく……。
助けてやったのに、今度は脅してくるとは……。
どうやら瓦礫をどかすのではなく、この生徒の頭の上に瓦礫を落とすほうが正解だったらしい。
脅迫なんて魔族社会ではよくあることだけど、それは人類でも同様らしい。
新たな知見を得たと思って、命だけは許してあげるけど、このままでややこしいことになる。
何せ今日が交換留学の実質1日目。
1日目にして強制送還となれば、兄に――いや、兄が何を言われるかわからない。
兄妹だし。義理というわけではないけど、穏便に済ますのが最善だろう。
だから、私は早速魔法の言葉を使うことにした。
「モウシワケアリマセンデシタ」
「はっ?」
「聞こえなかった?」
申し訳ありませんでした……。
「――と言ったの」
「ヒッ!」
私は暗く冷たい目で謝罪する。
すると、男子生徒は鼠のように小さく悲鳴を上げた。
さらに針金のようにピンと立つと、自らの足で医務室へと走って行く。
バタン、と扉が閉まると、教室内は静まり返った。
ポン、とガーコが私の肩を叩く。
軽く首を振って、「やり過ぎだよ」と私に意志を示した。
「ふが……」
「そう。私は誠心誠意謝ったつもりなんだけど」
いや、少々やり過ぎたかもしれない。
ここにいるのは全員童貞……。
まだ夢見る子どもだ。
その夢を壊すようなことは、控えるべきだろう。
「でも……」
さっきの男子の悲鳴は、なかなかそそる声だった。
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