外伝 Ⅺ ある妹亜屍族の即死魔法③
解放された私たちは、無事王都の中に入ることができた。
それにしても魔族と人類――かつては水と油とまで言われた種族に、こんな文化的な隔たりがあるとは思わなかった。
武器の携帯なんて魔族圏では当たり前だし、呪われた便利道具などは主婦の必需品だ。
黒歴史については気に入ってくれたみたいだが、あれは兵士に元から素養があったというだけで、果たして他の人類に通じるかどうかはわからない。
これだけ文化的な隔たりがあることを考えると、交換留学生として魔族圏に向かった人類の生徒も、かなり苦労していることだろう。
……まあ、人のことをいえた義理ではないけど。
ま――いろいろと心配ごとはあるが、無事王都に入れて何よりだ。
夢にまで見た――といえば、少々大げさかもしれないが、知らない文化に触れることに興味はあれど、恐ろしいと思ったことはない。
実際、門をくぐった先にあった光景は、何もかも珍しい。
人がいっぱいいて、たくさんの住居があり、大きな城がそびえている。
何より活気があり、とにかく明るかった。
陰湿でじめじめしていて、終始血と腐った肉の匂いがする魔王城の周りとは随分違う。人類と付き合うようになって、改善はされてきているようだけど、この明るく整った都市と比べれば雲泥の差である。
一応、関係者からは何度も聞いていた。
正直、お伽噺を聞いているような気分だったが、聞いていたそのままの光景が、今私の眼前に広がっていた。
「へー。綺麗な街ね。ね、カプコっち」
「…………」
「カプコっち? ふー!」
「ひゃ! ……な、何をするのよ、ルーディー」
慌てて耳を押さえると、ルーディーは悪びれる様子もなく、私のほうを見てニヤリと笑った。
「カプコっち、感動してる?」
ズバリ尋ねられ、私は言葉に窮した。
「わ、悪い?」
「いや、気持ちはわかるよ。魔族圏と全然違うもんね~」
ルーディーはさりげなく私と腕を組む。
「ちょっ! くっつくな!!」
「だって、カプコっちの腕って冷たくて気持ちいいんだもん」
「あのね。私の腕は氷じゃないの。もう!」
「……ふが」
私がルーディーを引き離そうとすると、ガーコが指を差す。
馬車が1台――私たちのほうに近づいてくると、目の前で止まった。
3頭引きの豪奢な馬車には、魔王軍のマークがついている。
その客車から降りてきたのは、黒い燕尾服を着たダークエルフだった。
「失礼。お嬢様がた……。魔族の方々とお見受けしますが」
「そうよ。私はカプリコ。こっちはルーディー。その子はガーコです。よろしく」
「わたくしは魔族圏交流弁務局の局長のアリーテと申します」
「…………」
「何か?」
「いえ。知り合いに、顔も、名前のイントネーションも似ている人がいて」
「他人のそら似では? 名前にしてもよくあるものです。ダークエルフは、あまり子どもに労力をかけない種族ですので、名前も安直になりがちです。それに顔が似ているほうが、我々がライフワークとして行っている諜報活動には有利に働くことがあるんですよ」
そう言えば、ダークエルフって10歳になったら成人みたいな考え方だったような気がする。10歳になったら、親元から離れ、1人で生きて行くのだという。
「お迎えが遅くなり申し訳ありません。入学の手続きがありますので、どうぞ弁務局までご同行お願いできますか?」
アリーテは恭しく頭を下げるのだった。
◆◇◆◇◆
魔族圏交流弁務局――通称、魔族弁務局。
和平後、人類圏に設立された魔族側の出先機関である。
表向きの役目は、魔族文化の紹介、人類との交流事業の調整、高官や商人の保護など。だが実際には、人類圏で魔族が起こした騒動、あるいは魔族が巻き込まれた事件の処理を一手に引き受ける、厄介事の窓口でもあった。
王都の一角に建つその建物は、人類風の白い石造りでありながら、入口には魔王軍の紋章が掲げられている。
人類から見れば不気味で、魔族から見れば少々気取りすぎた場所。
つまり、人類と魔族の今の距離感を、そのまま反映にしたような施設だった。
そんな弁務局で私たちが最初にやったのは、〝着替え〟であった。
「童貞って白を選びがちなのよね~」
渡されたのは、白を基調に仕立てられた学校の制服だった。
上着は、やや象牙色がかった純白のテーラードジャケット。
肩から腰にかけての線は美しく絞られており、どこか凜とした風格が漂う。
袖と襟口には、品の良い淡い金糸の刺繍が施され、胸元の淡い空色のリボンタイは白い制服に柔らかな華やぎを添えている。
スカートは軽やかに広がる白のブリーツスカート。
裾に向かってごく細いラインが1本走り、揺れるたびに上品に閃いていた。
そして左胸には、白百合と細剣を組み合わせた意匠が銀糸で堂々と縫い込まれている。
そう。これは私たちがしばらく学び舎とするフランジア貴族院の制服なのだ。
「それにしても……」
布地も上等で、滑らか。毛羽立ちも最小限に抑えられている。
とても学校の制服とは思えない職人の技術が詰め込まれていた。
魔族圏ではまず目にしないものだ。
目にしたとしても、おそらくそれは人類からの略奪品で間違いないだろう。
魔法はやたら規制したがるのに、こういう技術の分野で手を惜しまない人類の気概というか、線引きが私には理解できない。
そして、白ってだけで、男を童貞扱いする友人の心境も私にはわからなかった。
「カプコっちはどう思う――――って、聞くまでもないか」
姿見の前でポーズを取る私の様子を、ルーディーは横目で見つめる。
その冷たい視線に気づいて、鏡の前で少しスカートをたくし上げてポーズを取っていた私は慌てて姿勢を正す。
「カプコっち、そういうの好きなんだ」
「し、仕方ないでしょ! 40年間黒の制服だったし」
しかも、黒のワンピースというか、スモッグみたいなヤツ。
学校に入った当初はまだいいけど、成長するにつれ、めちゃめちゃ痛いヤツにしか見えなかったし。
仕方ないので、赤いリボンとかしてたら、親戚のおじさんに「なんかカプコちゃん、魔女みたいでかわいいね」とか言われるし!
人間の魔法文化は魔族に200年遅れてるけど、魔族のファッション文化は人間からすると400年近く遅れているような気がするわ。
「ガーコはどう? 着れた?」
「ふが~」
振り返ると、上着とスカートを逆に着て、化け物が暴れていた。
ガーコは不器用なのだ。
ルーディーと一緒にガーコのお着替えを手伝ったあと、しばらくしてアリーテがやってきた。アリーテは私たちの恰好を一通り見たあと、説明を始めた。
「サイズは合ってるようですね。いいですか。1度しか言わないので、よく聞いてください。ここは人類社会です。野蛮な魔族とは違う。常識そのものが違う。出立前にレクチャーは受けているかと思いますが、おそらく問題に直面しなければ理解できないこともあるかと思います。だから、1つ――この社会で生き抜く魔法の言葉をあなたたちに差し上げます」
アリーテは少々もったいぶったあと、こう言った。
「〝申し訳ありませんでした〟。さあ、復唱して」
「「「……」」」
アリーテは促すのだが、私たちは誰1人、復唱しなかった。
「あなたたち、舐めてるのですか?」
「アリーテさん、なんで謝らなければならないんですか?」
「これがもっとも迅速に人類社会で問題解決する魔法の言葉だからです。とりあえず何か困ったら〝申し訳ありませんでした〟と謝る――これ一択です。さあ、もう1度――――。さん、はい」
「「「モウシワケアリマセンデシタ」」」
「もっと心の底から!」
「「「もうしわけありませんでした」」」
「額を床にこすりつける感じで!」
「「「申し訳ありませんでした!」」」
私は声を張りあげながら、あることを考えていた。
「人類社会めんどくさい」とか、「交換留学、面倒だな」とかそう思ったのではない。
(そういえば……)
お兄ちゃん、謝罪だけはうまかったなあ。
こうして栄えある人類社会1日目は、謝罪の練習から始まった。
ここで鍛えたスキルが、早速明日の貴族院で発揮されるとは、思いも寄らなかったけど……。
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