外伝 Ⅹ 勇者と聖女~はじまりの物語~⑧
本日、『「ククク……。奴は四天王の中でも最弱」と解雇された俺、なぜか勇者と聖女の師匠になる』単行本11巻の発売日となります。
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「ほら。こっちだよ。おしり、ペンペン!」
パフィミアは生きていた。
とにかく巣穴の中で逃げ回りながら、時を稼ぐ。
十二分に殿役は果たし、いざ自分も逃げようと思った瞬間、カクッと体勢が崩れた。
ここまで巣穴に仕込まれたフロストファングのトラップに気を付けながら、逃げていた。
パフィミアはとうとうそのトラップに引っかかったのかと思ったが、そうではない。
「あれ?」
自分でも理解しがたいぐらい疲弊し、すでに体力が空っぽになっていたのだ。
極限の集中と、いわゆる火事場の馬鹿力のおかげで、これまでなんとかなってきたのだが、ついに身体が限界を迎えてしまったのである。
パフィミアは歯を食いしばって立とうとする。
だが、逆に手を突いていた。
それと一緒に信じられないぐらいの汗が滴る。
(心臓が痛い。……でも、動かなきゃ。じゃないと――――)
死ぬ……。
胸に往来した死の意識。
パフィミアは初めて心の底から恐怖する。
すると、パフィミアの前に大きな影が伸びる。
フロストファングが、赤黒くなった瞳でパフィミアを見下ろしていた。
背中を大きく反らし、大きな牙を振りかぶる。
「あ……。ああああああああ……」
悲鳴を上げたが、誰も助けに来てくれない。
――そのはずだった。
ジャンッ!
空気を裂くような音を聞いて、パフィミアは思わず頭の耳を抑えた。
薄く瞼を開けると、目の前に立っていたのは少女だ。
それもパフィミアよりも、はるかに小さく幼い少女だった。
「シャロン!」
パフィミアは叫ぶ。
そのシャロンは前面に防御魔法を展開して壁を作り、フロストファングの牙を間一髪防いでいた。
パフィミアの声にシャロンは少しだけ頬を弛める。
しかし、フロストファングの体重を乗せた攻撃を、小さな身体と魔法だけで受け止めるのは難しかったらしい。
ついに魔法の壁や破られ、シャロンは身体ごと弾かれた。
「きゃっ!」
「あぶない!!」
あれだけ動かなかったパフィミアの身体が、自然と動く。
地面に叩きつけられそうになったシャロンを、間一髪のところで受け止めた。
「ふう……」
「す、すみません。パフィミア」
「すみませんじゃない! なんで戻ってきたんだよ! シャロンのバカ!」
パフィミアはガバッと起き上がり、シャロンの肩を揺さぶる。
なんで? と聞かれたシャロンは、少し考えてからこう答えた。
「わたくしが戻ってきたのは、パフィミアに……あ。またわたくしパフィミアって――あ!」
「そんなのどうでもいいよ! なんで!?」
「パフィミアにわたくしの勇者になってほしいからです」
「え? 勇者? ……ボクが?」
唖然とするパフィミアを、シャロンは真剣な目で見つめた。
澄んだ青い瞳には一片の曇りもない。
その言葉に嘘偽りがないことは明らかだった。
「どうして? どうして、ボクなんか」
「わかりません。自分でも……。でも、今こうして言葉にして、はっきりしました。わたくしの勇者様はパフィミア以外に他にないと」
「そ、そんなの……」
ズンッ!!
狭い巣穴の中で、砂煙が巻き上がる。
言い合う2人に対して、フロストファングが攻撃してきたのだ。
しかし、パフィミアは反応し、シャロンを抱えて横に飛ぶ。
その間も、フロストファングはしつこく攻撃を繰り返してきた。
そのことごとくをパフィミアは回避する。
シャロンを抱えたまま……。
(不思議だ。身体が軽い。あんなに重たかったのに……)
力が溢れてくる。
シャロンを守ろうとすると、どこからか何かが湧き上がって来て、身体を動かす。まるで翼が生えたようだった。
「シャロン、教えて。ボク、勇者になれると思う?」
「わたくしはそう信じています」
戦場にあっても、シャロンは笑顔でそう答えた。
不思議な感覚だった。
最初、シャロンと会った時からもそうだった。
シャロンを見ると、力が出てくる。
シャロンの声を聞くと、力が湧き上がってくる。
笑顔を見ると、もっと力が出てくる。
だから、今ならなんでもできるような気がした。
パフィミアも笑顔で応じる。
「じゃあ――――」
フロストファングの背後に回り、パフィミアはついに足を止めた。
「あいつをやっつけなきゃね」
「やっつける?」
「このまま逃げたところで、あいつは追ってくるだけだ。それに、あいつはこの国の人々に危害を加えた。同じ目にあう人を増やしちゃダメなんだ」
その言葉は、パフィミア自身の経験から来るものだった。
家族と死別する悲しさを、パフィミアはよく知っている。
そんな経験を誰にもさせたくない。
パフィミアにはそんな強い覚悟があった。
パフィミアの堅い決心に、シャロンは同意する。
「勇者様、光を――――」
「え?」
「光を見せてください」
シャロンが言ったのは、自分の預言で見た光景だ。
実は聞いたことがあった。
聖女に選定された勇者だけが使える【勇者の光】。
パフィミアが真にシャロンの選んだ勇者であるならば、使えるはずだ。
「わかった。やってみるよ」
パフィミアは一旦シャロンを下ろす。
フロストファングのほうに向き直り、キッと睨む。
そして気勢を上げながら、パフィミアは突撃していった。
対するフロストファングは突っ込んでくるパフィミアを待ち受ける。
ゆっくりと背中を反らし、あの牙による一撃必殺を狙う。
やがて、ついに両者がかち合った。
強烈な轟音と、衝撃。
しかし、パフィミアはフロストファングの牙を受け止めていた。
「すごい!」
シャロンは声を漏らす。
だが、一進一退だった。
どちらかが力を抜けば、どちらかがやられる。
せめぎ合いは、体力に勝るフロストファングにあった。
魔獣の鼻先が上がり、ニヤリと笑う。
しかし、パフィミアは諦めなかった。
「勇者様! がんばってぇぇぇぇぇええええええ!!」
「うおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」
その時だった。
パフィミアの胸の辺りが光を帯びる。
強烈な黄金色の輝きをまき散らし、巣穴を照らした。
同時にパフィミアは牙を掴んだ状態で、フロストファングを持ち上げる。
最初は指1本程度だったが、徐々に広がり、ついには天井に向かって掲げてしまった。
「うわあああああああああああああああ!!」
ついにパフィミアは投げ飛ばす。
正確にいえば、背中から倒れた。
連動して、フロストファングは頭から地面に叩きつけられる。
ドォォォオオオオオンンンンン!!
爆発にも似た音が、巣穴に全体に響き渡る。
しばし、魔獣の胃の中に閉じ込められたような不気味な音が反響した。
やがて砂煙とともに収まっていく。
代わって聞こえてきたのは、激しい息づかいだ。
「勇者様……」
シャロンの声にふと顔を上げると、パフィミアは振り返る。
疲れの色を隠せなかったが、パフィミアはそれでも目いっぱい笑顔を見せた。
「シャロン、やったよ」
瞬間、パフィミアは崩れ落ちる。
シャロンが「勇者様」と駆け寄ろうとしたとき、唐突に手を掴まれた。
振り返ると、そこにはレオハルトが立っていた。
「レオハルト様!」
「ダメです、聖女様。それ以上近づいては――」
「え?」
大きな影が再び塔のように聳え立っていく。
ハッと振り返ると、フロストファングがパフィミアを見下ろしていた。
まだ生きていたのだ。
「パフィミア!!!!」
シャロンは必死に叫ぶが、パフィミアは動かない。
完全に限界を超えていた。
軽く舌打ちしながらレオハルトは剣に力を込める。
火属性の魔法を纏ったが、すでに遅かった。
フロストファングの牙がパフィミアに振り下ろされた。






