外伝 Ⅹ 勇者と聖女~はじまりの物語~⑦
「ごめんなさい」
パフィミアの第一声は謝罪から始まった。
レオハルトは意味がわからず、ボケッと少女の小さな背中を見つめる。
「シャロンを護衛しろと言われていたのに……。持ち場から離れてしまいました」
レオハルトはそれを聞いて、何か言いかけたが、叱責することはなかった。
こんな状況に誰がまねいたのか。
それがわからないほど、レオハルトは馬鹿ではなかったのだ。
「レオハルト様。まだ動けますか?」
パフィミアの言葉は、実に冷静に響いた。
フロストファングの吹雪よりも、レオハルトのカッカした頭には良かったらしい。
少しだけだが、状況を理解する余裕が生まれる。
「足の怪我は……正直、走るのは難しい。戦闘は無理だ」
「歩けるんですね。……なら撤退してください」
「簡単に言うな。今の状況をわかっているのか?」
レオハルトは苦虫を噛みつぶしたよう顔をする。
この状況を招いたのは、間違いなく自分であることは理解した表情だった。
「怪我人が3人もいるんだ」
「いいえ。2人よ」
声がしたほうに顔を向けると、ミレイユが立っていた。
先ほどレオハルトが戦っている間に、シャロンが回復魔法で回復させていたのだ。
「ミレイユ! 気づいたのか! よし。それなら」
「いいえ。撤退しましょう!」
「何故だ? 回復役のお前がいれば」
「あなたたちを回復させている間に攻撃されるのがオチよ」
「ぐっ!」
レオハルトは唇を噛みしめた。
この3人の中で、敵の動きを止める役目を負うのは、ガルドだ。
そのガルドが負傷し、満足に戦えない以上、フロストファングに対して時間を稼ぐ者はいない。
「ボクが壁役になります」
「パフィミア!」
「はあ!? お前が――――」
レオハルトは眉尻を上げる。
しかし、パフィミアは本気だ。
「ボクの身体の頑丈さは、レオハルト様がよく知ってるでしょ」
「――――!!」
「その代わりと言っちゃなんだけど、シャロンを安全な場所に届けてください」
沈黙が降りた。
いや、その間もフロストファングは待ってくれない。
ドン、と巣穴の中で地響きを起こしながら、すっかり動かなくなった獲物たちのほうへと歩いてくる。
時間はなかった。
「パフィミアにやらせるしかねぇ」
ガルドは腕をかばいながら、近づいてくる。
ミレイユも頷いた。レオハルトも渋々といった様子で頷く。
1人反対したのは、シャロンだった。
「パフィミア! ダメです」
「大丈夫だよ、シャロン。別に死ぬわけじゃない。みんなが逃げたら、ボクも適当に逃げるからさ」
「本当ですか?」
「うん。安心して。フロストファングの扱いには慣れてるからさ」
パフィミアはシャロンを安心させるように笑う。
そしてシャロンの身を手負いの勇者候補に預けた。
4人が撤退するのを見ながら、パフィミアは振り返る。
そこには自分の背丈よりも4倍は大きいフロストファングが立っていた。
「さて。フロストファング。ボクとちょっと遊んでもらうよ」
◆◇◆◇◆
「クソ! まさかこのオレが逃げることになるとは!」
巣穴から無事離脱したレオハルトは、開口一番に悪態を吐いた。
気位の高い魔法騎士は、憎々しげに巣穴のほうを睨む。
そんな同僚を治療しながら、ミレイナは軽くため息を吐いた。
「生きてるだけいいわよ。あの子に感謝しなくちゃ」
指摘されてレオハルトは怒鳴り散らしていた口を閉じる。
奥歯を強く噛みしめ、悔しそうに眉根に力を入れた。
わかっているのだ、レオハルトは。
身分が下のパフィミアに救われたことに……。
レオハルトは下郎というわけではない。
一般的な思考を持つ騎士階級の人間だ。
そして騎士とは国、王、そして民を守る責務がある。
国民を守護する立場にあるからこそ、胡座を掻いていられる。
そういうことがわかっているタイプの騎士だ。
そんな騎士が、獣人とはいえ国民の1人でもある少女を置いて逃げてきた。
しばらく騎士団の笑い草になるのは間違いない。
いや、それぐらいならまだマシだ。
「態勢を立て直したら、すぐに戻るぞ」
レオハルトが言葉を搾り出すと、ミレイナは笑った。
「おい。ちょっと待て」
と言ったのは、腕の傷を抑えたガルドだ。
血相を変えて、辺りを見回している。
察しのいいミレイナも、はたと気づいて辺りを伺った。
「シャロン様は?」
「何? いないのか?」
レオハルトも立ち上がって、辺りを見回した。
しかし、どこを見ても、小さな聖女の姿はない。
そもそもいつからいないのかすらわからなかった。
慌ててたとはいえ、レオハルトたちは自分たちの迂闊さを呪う。
「逃げるときはいたわよね」
「じゃあ、まだ巣穴にいるときか。たぶん引き返したんだ」
「ミレイナはガルドの治療を。オレは先に戻る!」
「ちょっ! 待ちなさい、レオハルト!! ――――ああ。もう!」
拙速なレオハルトの行動に、ミレイナは頭を抱えるのだった。






