外伝 Ⅹ 勇者と聖女~はじまりの物語~⑥
「……ここは単なる巣穴じゃない。フロストファングの狩り場だ!」
地面を注意深く見ると、小さな凹みや木の枝の先を尖らせた罠などがあちこちで見える。大きな魔獣が動くには何も問題ないが、人間は別だ。
パフィミアが引き留めなければ、シャロンもなんらかの罠の餌食になっていたかもしれない。
「無闇に動くと危ないよ。ボクの周りにいて、シャロン」
「く、詳しいのですね」
「昔、フロストファングは里のみんなでよく狩っていたからね」
パフィミアの言葉を聞いて、シャロンはハッとする。
レオハルトたちとの模擬戦を見て、パフィミアは単なる素人だと思っていた。
だが、その考えは改めなければならない。
街中に住む獣人はともかく、今も牧歌的に生活を好む獣人にとって〝狩り〟は呼吸と同じくらい日常のものだ。
レオハルトたちは侮っているが、狩りという点では、パフィミアはここにいる誰よりも経験者であった。
「くそっ! 腕をやられた!」
ガルドは槍が刺さった腕を掴む。
ドクドクと血が流れる患部を止血した。
「大丈夫か、ガルド」
「大丈夫だといいたいところだが、この傷じゃ剣が持てねぇ」
レオハルトが比較的短めの片手剣に対し、ガルドが持っているのは割と重量の重い両手剣である。いくら身体強化しようが、怪我をした腕では持ち上げることすら難しい。
「ミレイユがいれば」
回復のスペシャリストはまだ意識を失ったままだ。
今、まともに動けるのは、レオハルトぐらいだろう。
「……レオハルト。逃げよう。ちょっと舐めてた。ここは間違いなく、ヤツの狩り場だ」
「断る」
「おいおい。このままじゃ全滅するって言ってんだぞ!」
「ふざけるな! オレは勇者になる男だぞ!! ケダモノに背など向けられるか!」
階級志向もここまで来れば、もはや才能である。
だが、今の場面においては、明らかにマイナスの要素だった。
レオハルトはガルドの制止を振り切ると、再び剣に炎を纏わせる。
いや、今度はレオハルトそのものが炎となった。
毒々しい焔が、暗い巣穴を照らす。
フロストファングを敵の接近をただ見ていたわけではない。
再び吹雪を吐き、レオハルトの動きを留めようとする。
対するレオハルトは、向かってくる飛礫をすべて火属性魔法で振り払う。
だが、吹雪の勢いがどうにもできない。
「くそが!!」
レオハルトは無理矢理でも進む。
そのときだった。
地面は雪に埋まる中、レオハルトは1歩踏み込んだ瞬間、激痛が走る。
見ると、魔獣の牙が鉄靴を貫通して刺さっていた。
「ギャアアアアアアア!!」
汚い悲鳴を上げながら、悶える。
だが、レオハルトの不幸はそれだけに留まらない。
ぬっと影が彼を覆う。フロストファングがレオハルトを見下ろしていた。
すると、フロストファングは首を振り、長い牙をレオハルトに向かって振り下ろす。
ガシャッ!!
地面に積もった雪と土が、同時に掘り返される。
衝撃でまた巣穴が震えた。
3人の勇者候補全滅。
その最期と思われる瞬間に、誰も反応できない。
ただ現実を信じられず、目を瞠ることしかできなかった。
たった1人除いては――――。
一瞬、生死の境にいたレオハルトは子どものように震えていた。
自分が生きていることに気が付くと、ハッと顔を上げる。
「大丈夫ですか、レオハルト様」
「お前! パフィミアか!」
そこには紅狼族の少女の姿があった。






