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外伝 Ⅹ 勇者と聖女~はじまりの物語~⑤

 フロストファングの巣穴はすぐに見つかった。

 西の森の奥。周りは青々と青葉が茂っているのに、その巣穴の周りだけ冬が来たように雪がかかり、天井には氷柱が下がっていた。


「間違いなさそうだな」


 探索の魔法で入口から巣穴をサーチしたガルドは、右目の周りを押し当てていた手をどけた。


 巣穴は高さこそあるが、横にはあまり広くない。

 大人が2人並んで歩けるかどうかだ。

 そのため鎧を着た騎士では難しい。


 そこで先頭レオハルト、次にガルド、シャロン、ミレイユ、殿(しんがり)をパフィミアという順番で隊列を組むことになった。

 セオリーでいえば、ガルドが殿を務めるはずだが、後方からの脅威はないと考えたのだろう。


 巣穴は随分と深かった。

 獣臭が濃く、その上寒い。

 事前に厚着してこなければ、くしゃみの1つはしていたかもしれない。

 そして、そのくしゃみに魔獣は敏感に反応した。


「くしゅん!」


 最初にくしゃみをしたのは、パフィミアだった。

 先頭のレオハルトまで振り返り、怒りを露わにする。

 致し方ない。パフィミアはほどんと防寒対策をしておらず、いつもの露出度の高い恰好をしていたからだ。


 シャロンは自分の首に巻いていたマフラーを取る。

 パフィミアの首に巻いてあげた。


「うわ~。ありがとう、シャ――――」


 シャロンと言いかけて、パフィミアはすぐに口を閉じる。

 だが、時は遅く、すでに他の3人から鋭い眼差しを送られていた。


「ご厚意ありがとうございます、聖女様」


 パフィミアは改まって、シャロンに頭を下げる。

 それは「ボクに関わらないで」とシャロンを拒否しているようだった。


 チッ、とレオハルトは舌打ちし、先を急ぐ。

 しばらくして広間に出た。


 レオハルトはハンドサインを皆に見えるように送る。

 事前に聞いていたシャロンも、ハンドサインに従った。

 どうやら近くにフロストファングがいるらしい。

 獣臭が濃く立ちこめていて、パフィミアの嗅覚でもフロストファングの居所が掴めないような状況だった。


 しばらく辺りをうかがったあと、ガルドはレオハルトに囁く。


「留守じゃねぇのか?」


「そのようだな」


「あの……」


 パフィミアが何か言いかける。

 その時だ。ミレイユが天井のほうへと顔を向けると、一対の光が彼らのほうを見ていることに気づいた。


「上よ!!」


 その声はもはや悲鳴に近かった。

 レオハルトが松明代わりにしていた火の魔法を、天井に向かって掲げる。

 はじめに見えたのは、セイウチのような大きな牙だった。

 上顎から、下顎を突き抜け、胸の辺りまで伸びている。

 白い毛皮はやわらかそうな一方、胴とのバランスを考えると異様に伸びた四肢の先には、鉤爪がついていて、天井にしっかりと食い込んでいた。


 黒目のない瞳は警戒色の赤に染まり、さらに大きく口を開けて、吠えた。


『ガアアアアアアアアアアア!!!!』


 ドスン、と音を立てて落下してくる。

 巣穴全体が震え、ゴトゴトと落石が落ちてきた。

 突然の強襲で、3人の勇者候補も慌てふためいている。


「キャアアアアアアア!」


 悲鳴を上げたのは、シャロンではない。

 ミレイユだ。

 彼女が立っていた割と大きめの瓦礫が落ちてくる。

 魔法で回避しようとしたようだが、間に合わなかったらしく、瓦礫をまともに浴びてしまった。


「ミレイユ!」


 レオハルトは声を張りあげるが、ミレイユは反応しない。

 すかさず反応したのは、ガルドだった。

 一旦建て直す時間が必要だと感じたのだろう。

 腰にさげていた玉を、フロストファングに向かって投げつける。

 すると、パッと白い粉が巣穴に広がった。


 濃い目くらましに、フロストファングは完全にレオハルトたちの位置を見失う。


 その間に、ガルドはミレイユの容態を診た。


「こいつはダメだな。しばらく目覚めないぞ」


 幸い意識はあるようだが、戦線の復帰は難しいらしい。


「チッ! こうなれば、ガルド。オレたちだけで仕留めるぞ。パフィミア、ミレイユを守れ」


「待って。ボクにはシャロンが……」


「そうだぜ。ここ一旦撤退したほうが……」


「黙れ、ガルド。それにパフィミア。言う通りにしろ」


「あのな。前から思っていたが、別にお前がリーダーってわけじゃないんだぞ」


 ガルドは暴走しかかっているレオハルトを何とかたしなめる。


 2週間、側にいてわかったが、3人の中でレオハルトが1番気位が高い。

 魔法騎士であることを誇りとし、自分の強さに自信があるような男だ。

 そんな人間が魔獣を前にして、背を向けるとはシャロンも考えられなかった。


「いいのか?」


「何がだよ」


「これは聖女様の前でアピールする最後のチャンスなんだぞ」


 レオハルトの言葉に、ガルドは言葉に詰まった。

 ガルドとて、この2週間決してのらりくらりと過ごしてきたわけではない。

 そして、勇者になりたくないわけではない。


 たとえ他国の聖女でも勇者になりさえすれば、英雄となり、歴史に名を刻むことができる。


 そのステータスは決して軽いものではない。


「お前がやらないなら、オレが1人でもやるだけだ」


「くそ! わかったよ」


 ガルドは剣を抜き、得意の身体強化の魔法を発動させる。

 その鍛え抜かれた筋肉が膨らみ、鋼のように硬くなった。


 一方、レオハルトも呪文を唱えると、握っていた剣から炎が吹き上がる。

 その炎の色は毒々しく、天井に向かって逆巻いていた。


 2人は同時に地面を蹴ると、白い煙幕の向こうにいるフロストファングへと走って行く。


 図らずも煙幕に飛び込むことになったレオハルトとガルドが見たのは、大きな口を開けたフロストファングだった。『う゛ぉっ!』という音ともに、吐き出されたのは硬い雪の飛礫が混じった吹雪だった。


 思わぬフロストファングのカウンターに、レオハルトとガルドは吹き飛ばされる。

 無数の雪の飛礫が身体に刺さり、気づけば血まみれになっていた。

 それだけではない。雪の飛礫は2人の皮膚を凍らせ、一瞬にして重度の凍傷を負わせる。


「レオハルト様! ガルド様!!」


「待って、シャロン!」


 反射的に駆けようとしたシャロンの腕を掴んだのは、パフィミアだった。


「動いたらダメだ。フロストファングは耳がいいんだ。あと、頭も……」


「え?」


「巣穴は暗くて、深かったろう。あまり目に頼ってない証拠だ。それに頭もいい。見て……!」


 パフィミアが指差した瞬間、ガルドが悲鳴を上げた。

 吹雪で壁際まで吹き飛ばされたガルドの腕に何かが刺さっている。

 槍だ。土の壁に穂先を向けて刺さっていたらしい。


「たぶん人間が落としていったものだろうね」


「あれ……。フロストファングが?」


「うん。……ここは単なる巣穴じゃない」



 フロストファングの狩り場だ……。


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