外伝 Ⅹ 勇者と聖女~はじまりの物語~⑨
「パフィミア!!」
シャロンの悲痛な叫びが響く。
しかし、それは無情にもフロストファングの牙が振り下ろされるのと、同時だった。
まさにパフィミアの身体に魔獣の牙が刺さろうという瞬間、天井が光る。
次の瞬間、パッと黄金色の光が弾けると、フロストファングの巨体に光の槍が刺さっていた。
『ぐおおおおおおおおお!!』
悲鳴を上げながら、フロストファングは仰け反る。
賢く、強かで、かつ異常なまでの執着心と力を持つ魔獣は、死から抗うように身悶える。パフィミアから離れて行くと、ついに轟音とともに倒れ、絶命した。
一瞬、何が起こったのかわからず、シャロンは惚ける。
その手を掴んだレオハルトも、状況を理解できず、動かなくなったフロストファングを見つめていた。
「やれやれ。君たちはもう少しスマートにできないのかい?」
天井から声が聞こえる。
そこにはポッカリと穴が空いていて、夕空が見えた。
そして、その穴から下りてきたのは、少女と言っても差し支えない背の低い女性だった。
身体の割に大きな白衣を纏い、手には自分の背丈よりも大きな魔法杖を握っている。薄く氷が張ったような瞳が冷たく、銀髪が夕陽を浴びて輝いていた。
「あ、アニエス様」
シャロンは息を呑む。
アニエスは少し「うん」と頷いたあと、パフィミアの傍に下りる。
脈を確認すると、顔を上げた。
「ミレイナ、この子を回復させなさい」
「え? アニエス様……」
いつの間にかガルドと一緒に合流していたミレイナが、アニエスとパフィミアを交互に見つめる。
さも――獣人を回復させてもいいのか、迷っているようだった。
「我が輩の言葉を聞こえなかったかい?」
「し、失礼しました」
ミレイナは駆け足で近づくと、早速パフィミアの治療を始めた。
「さすがは紅狼族だね。限界を超えても、もうすでに回復しつつある。体力も回復力も化け物級だよ」
「女王陛下、どうしてここに?」
パフィミアを回復させているミレイナを除き、レオハルトとガルドが女王の前で傅いた。
礼を執る部下だったが、アニエスの反応はどこか冷たい。
コンコンと目の横を指差す。
シャロンはそこでアニエスの聖女としての能力を思い出した。
アニエスは女王にして聖女、そして魔女でもある。
聖女にはシャロンの【預言】の能力のように神から与えられたスキルがあって、当然アニエスにもある。
「【千里眼】……。君たちはずっと我が輩に見られていたのさ。四六時中ね。もちろんレオハルト、君が獣人をしごくところもね」
「あ、アニエス様。オレ――私は……」
「わかっているよ。君は騎士として当然の態度を示したと言いたいのだろう。間違ってはいないし、咎めるつもりもないよ。でも、少し〝我〟が出過ぎたね。おかげでしなくていい苦戦までしてしまった。君が普通にやれば、あんな小物のすぐに倒せただろうに」
レオハルトは何か反論しようとしたが、言葉が出なかったようだ。
1度開けた口を再び閉じ、悔しそうに拳を握り絞めた。
そんな彼にアニエスはとどめの一撃を放つ。
「倒していれば、君が間違いなく勇者だった。残念だね」
「お待ちください、女王陛下。そのお言葉はもう誰が勇者か決まっているような言い方ではありませんか?」
「なんだ。気づいてないのかい。勇者は彼――いや彼女かな? そうだね、シャロン」
アニエスの言葉を聞いて、シャロンは真剣な目で言った。
「はい。【預言の聖女】シャロン・ストーングは、パフィミアを勇者として選定いたします」
3人の勇者候補の中からわずかにどよめきが起こる。
アニエスは【千里眼】で見て、概ね至った経緯を知っているのだろう。
特に質問することなく、「うん」と頷くだけだった。
「どうして……。オレはパフィミアよりも劣っている、とでも? 再考を願います、シャロン様」
結果が信じられないレオハルトは、喚き散らす。
たしなめたのは、アニエスだった。
「レオハルト、見苦しいよ。『パフィミアよりも劣っている』? 実際、劣っていたことは確かじゃないか。剣技や魔法では君のほうは上でも、勇者としての素質において、すべてパフィミアは君より上だ」
「そんな……」
「少なくとも後ろの2人は理解しているみたいだよ」
アニエスはレオハルトの後ろで聞いていたガルドとミレイナのほうに振り返る。
「なりふり構わない勇敢さ――というなら、完敗だ。少なくともおじさんには無理だね。娘の顔がちらついてさ」
ガルドはお手を上げとばかりに肩を竦め、カミングアウトする。
「異論はありません。そもそも選定されても断ろうと思っていたので」
ミレイナは意外な事実を明かした。
どうやら彼女自身は、勇者候補の選定をレオハルトになるようアピールするために参加したらしい。ミレイナとしては、レオハルトになってほしかったのだ。
「でも、間違いだった。昔から男を見る目だけはないんですよね」
「それ以外はすべて持ち合わせているというような言い方だね。まあ、いいさ。それでレオハルト……。この場にいる人間の首をとってでも、君は勇者になりたいかい?」
裏を返せば、それぐらいのことをしなければ、勇者にはなれないということだ。
パフィミアが勇者であることを、もはや決定事項らしい。
レオハルトからすれば、忌ま忌ましいことこの上ないが、認めざるを得なかった。
振り返って、シャロンの前に立つ。
さらにレオハルトは膝を折って、謝罪した。
「シャロン様、申し訳ありません。勇者候補である前にオレはあなたの盾であらねばならなかった」
しかし、パフィミアは決して自分の役目を忘れなかった。
パフィミアとレオハルトの決定的な差とは、役目に対する覚悟だったのかもしれない。
「それを忘れ、御身を危険にさらしたことをお許しください」
「……許します。レオハルト様に、良縁がありますように。いずれ戦場で会えることを楽しみにしています」
「お気遣い……ありがとうございます」
レオハルトは深く頭を垂れ、言葉を絞り出した。






