外伝 Ⅹ 勇者と聖女~はじまりの物語~④
「シャロン、勇者の選定は進んでいるかい?」
シャロンがブブガリヤ王国に来て、2週間が経っていた。
その間、シャロンは3人の勇者候補たちの実力を知るため練武を見学し、食事をともにしたり、狩りにでかけたりもした。
3人の実力は申し分ない。
カンタベリア王国には、すでに数人の勇者がいるが、彼らと比較しても遜色はなかった。
ただ若干性格に癖がある。選民意識が強すぎるように感じるが、それはブブガリヤ王国とカンタベリア王国の社会性の違いによるものだろう。ブブガリヤ王国にも、カンタベリア王国にも身分制というものは存在している。だが、後者は比較的緩い法体系になっているが、前者はそうではない。
貴族にちょっと粗相をしただけで、指が飛ばされる――そんな社会だ。
シャロンの目からすると残酷に見えるが、人類圏ではこれが当たり前で、カンタベリア王国がどちらかというとマイノリティなのである。
そうした影響はシャロンには関係ないと思っていたが、そうでもなかった。
井戸の件を境に、パフィミアとあまり会えなくなっていた。
パフィミアが意図的に避けているのだ。
どうやら、勇者候補たちから注意を受けたらしい。
実際、シャロンも注意を受けた。
『あの獣人にはあまり近づかないように……』
パフィミアはブブガリヤ王国に来て、初めて心を通じ合えた人だとシャロンは思った。何よりうちに秘めた覚悟は、シャロンがよく知る聖女の強さと似ている気がする。
もっと話したいと思うが、おそらくこれ以上はパフィミアに迷惑がかかるだろう。
シャロンは目でパフィミアがいないか確認したあと、アリエスに対して深々と頭を下げた。
「申し訳ありません。もう少しお時間をいただきたく存じます」
「勇者の選定が難しいことはわかってはいるよ。……でも、ゼロから見つけるのと、すでに候補がいるのとは違う。3人の中からもっとも優れている者を選べばいいだけだ。君の場合はね」
シャロンは少しうんざりした気持ちになった。
アニエスには感謝しているが、勇者候補を押し付けてきたのは、向こうである。
その中に、シャロンが真に認める勇者がいるとは限らない。
(でも、同じ聖女であるアニエス様も重々承知していると思うのですけど)
「わかった。こうしよう」
突然、アニエスは言った。
「西の森で、開拓中の農奴が数人殺された。まあ、農奴なんてどうでもいいのだけど、どうやら魔獣に殺されたみたいなんだ」
「魔獣にですか?」
「周辺に巣穴を調べたらあったよ、フロストファングのね」
フロストファングという名前を聞いて周囲はどよめく。
シャロンも詳しく知らないが、吹雪を操るという厄介な魔獣だと聞いている。
確かランクは〝B〟のはず。油断はできない。それどころか強敵である。
「落ち着け!」
一喝したのは、アニエスではない。
レオハルトだ。
立ち上がって、マントを翻すと、己を鼓舞するように声を張りあげた。
「フロストファングは厄介な魔獣だが、我々から見れば、さほど脅威ではない」
「レオハルトの言う通り、俺たちにとっては問題ない」
「そうね。3人が力を合わせれば――――でも、それを引き合いに出すということは何か他にもあるということですね、女王陛下」
ミレイユだけではなく、謁見に同席していた勇者候補3人全員がアニエスのほうを向いた。
アニエスは「ふふ」と口元を緩めたあと、答えた。
「その通りだよ、ミレイユ。君たちにはそのフロストファングを討伐してほしい。そしてシャロン……」
「は、はい」
「君も同行し、そして彼らの戦い振りを見て、誰が勇者にふさわしいか決めるんだ。いいね」
アニエスに睨まれては、シャロンも反論できなかった。
ここで下手に言葉を返して、カンタベリアとブブガリヤの関係性が悪化するようなことがあってはならない。
釈然としなかったが、シャロンは頭を垂れるしかなかった。
「ああ。それと、あの獣人……」
「パフィミアのことですか?」
「そう。それ。その子も連れて行くといい」
「別にパフィミアなどいなくても」
レオハルトは反論するが、アニエスには考えがあった。
「いくら君たちが強くとも、さすがにシャロンを守りながらじゃ荷が重いだろ。パフィミアを護衛につけるんだ。いざとなれば、肉壁になってでも守るように伝えなさい」
「なるほど。かしこまりました」
3人の勇者候補たちは頭を下げる。
こうしてシャロンは勇者候補とパフィミアとともに、フロストファングがいる巣穴へと向かうことになったのだった。






