外伝 Ⅹ 勇者と聖女~はじまりの物語~③
3月9日『「ククク……。奴は四天王の中でも最弱」と解雇された俺、なぜか勇者と聖女の師匠になる』単行本11巻が発売されます。
セイホーン編がついに完結! 新章はさらにカオスな状況になっていますので、
よろしくお願いします。
「痛てて……」
王宮の裏側。宮中で働く給仕や料理人たちが使う裏口にほど近い場所にある井戸の傍で、パフィミアはひそかに身体を洗っていた。
王宮で働くものには、衛生上の理由などからも湯浴みが許されている。
専用の湯殿もあるのだが、獣人であるパフィミアには許されていない。
そのため人目を盗み、井戸の側で身体を清めている。
夏は気持ちがいいのだが、冬だと身体が凍るのではないかと思うほど冷たい。
北国のブブガリヤ王国だから、余計にだ。
ただ幸運にも、打ち身で火照った身体には悪くない温度だった。
不幸なのは、痛みがいつも以上に鋭いことだ。
それでも、今日感じた敗北感に比べれば、なんてことはない。
(ボクが助けたかったなあ)
「大丈夫ですか?」
「え?」
突然、声が聞こえて、パフィミアは振り返った。
立っていたのは、例の聖女シャロンだ。
綺麗な絹のハンカチを持って、パフィミアに差し出している。
一瞬、「ありがとう」とお礼を言って、ハンカチを受け取りそうになったが、慌てて腕を引っ込めた。
ずざざざ、と後退り、頭を下げる。
「ご、ごごごごめんなさい」
「え? 何をですか?」
「その……。なんていうか。う、受け止められなくて」
「あ? ああ! いえ。大丈夫ですよ。お気遣いありがとうございます」
「いや、ボクは何も……」
「あの~」
「なんでしょうか?」
「寒くないですか?」
「へっ?」
瞬間、パフィミアとシャロンの間に風が吹いた。
まだ秋前とはいえ、夕方ともなると、風は冷たい。
それに冷水を浴びたばかりだ。
気が付けば、身体を凍りかけていた。
「うわっ! さっっっっむ!!」
パフィミアは慌てて身体を手ぬぐいで拭う。
しかし、水滴を吸った手ぬぐいは、なかなか身体の表面の水気を拭ってはくれない。まごまごしていると、本当に風邪を引きそうだった。
「はい。どうぞ」
シャロンがまたハンカチを差し出す。
「い、いいよ。ボクなんかにこんな綺麗なの」
「お礼です」
「お礼?」
「わたくしを救ってくださろうとしたことに」
「でも、未遂だよ」
「でも――です」
「ボク、獣人ってわかってる? あとで叱られるかもしれないんだよ」
「わたくしが住むカンタベリア王国では、獣人は平等に扱われますので」
「そ、そうなんだ」
じゃあ、とパフィミアは恐る恐るハンカチに手を伸ばす。
特に何事もなく受け渡されると、身体を拭き始めた。
「痛ててて……」
「大丈夫ですか?」
「大丈夫――じゃないかな」
「いつもこんな感じなんですか?」
「うん。まあ、稽古を付けてくれるときはだいだいそう。レオハルトさん、機嫌が悪いときぐらいしか稽古を付けてくれないから。稽古のときは、いつもボコボコにされる」
「まあ!」
シャロンは口を開けて、目を丸くした。
パフィミアは苦笑いを浮かべる。
笑うのも傷に障るらしく、「痛てて」とまた悲鳴を上げた。
「いいんだ。そうでもしないと、強くなれないからね」
「そうまでして、騎士に?」
シャロンの質問に、パフィミアは頷く。
すると、少しだけ表情が変わった。
明るく朗らかな感じが少し薄れたというか。
表情に影が差したような気がした。
そして、こう告白する。
「住んでた里がね。燃えちゃったんだ」
シャロンは息を呑む。
聞けば、ブブガリヤ王国からさらに北西。
魔族圏との境界にもほど近い場所に、パフィミアの里はあった。
そこで魔族による虐殺があったという。
そしてパフィミアは里の仲間と、家族を同時に失ったと語った。
「騎士になって、里のみんなや家族の仇を取りたい」
拳を握り、悔しさを滲ませながら、パフィミアは覚悟を語った。
仲間や家族を失った悲しみに比べれば、レオハルトから受けたしごきなど大したことではない、とでも言うように……。
ただブブガリヤ王国でパフィミアが騎士になるのは、難しい。
無理とは言わないが、よほどの功績が必要だ。
それこそ国の一大事を救うぐらいの……。
パフィミアの生まれが、カンタベリア王国だったらと思う。
カンタベリア王国であれば、たとえ獣人であろうと、武功を立てれば騎士や貴族になることができるのに……。
しかし、今のシャロンにパフィミアを連れていく権利はない。
今、彼女に許されているのは、あの3人の勇者候補のうちから1人を選び、自分の勇者とするだけである。
「痛たた」
「傷、痛みますか?」
「これぐらい慣れっこだよ。ただ昔のことを思い出すと、ちょっと頭が痛くなってね」
頭を抱えるパフィミアを見て、シャロンは切なそうに目を細める。
やがて、そっとパフィミアに手を当てた。
ポッと光が灯ると、パフィミアの身体にできた痣が消えていく。
「すごい。シャロンって――――シャロン様って、回復魔法使えるの?」
「シャロンでいいですよ。……ええ。真似事程度ですが」
「すごいなあ。ボク、魔法は全然だから。剣もだけど……」
「わたくしも最初からできたわけじゃありません。一生懸命練習して、ようやくここまで使えるようになりました。パフィミア様も頑張れば」
「パフィミア」
「え?」
「パフィミア様じゃなくて、パフィミアって呼んでよ」
「……はい。わかりました。パフィミア」
パフィミアがそれを聞くと、くすぐったそうに笑う。
釣られて、シャロンも笑い声を上げた。
2人の笑いの音色が、かろやかに王宮の裏庭に響いた。






