外伝 Ⅹ 勇者と聖女~はじまりの物語~②
「この3人の中から、勇者を選びなさい」
アニエスから聞いた言葉に、シャロンは自分の耳を疑った。
一瞬、何を、どう尋ねればいいかわからなくなる。
つまり、パニックに陥ったのだ。
「どうした、シャロン・ストーング? 不服かい。我が輩は感謝されるものと思っていたのだけど……。あなたの勇者捜しの手間を省いてあげたのよ」
アニエスは不敵に笑った。
それについてはシャロンも感謝していた。
遠い異国の地で、たった1人の勇者を捜すのは簡単なことではない。
聖女として先輩でもあるアニエスが、見立ててくれるのは有り難い。
しかし、問題は何故そこまでシャロンに便宜を図ってくれるかだ。
確かに聖女に新しい勇者をつけ、人類の戦力増強を図れる意図はあるだろう。
あるいは先輩聖女として、後輩聖女をサポートしようとしてくれているのかもしれない。
でも、それだけじゃない予感がする。
そう。預言ではなく、これは予感……。それも何か悪いほうの――。
「出過ぎた厚意だったかな?」
「いえ。そんなことはありません」
アニエスが纏う空気の変化を感じ、シャロンは慌てて手を振った。
王宮で蝶よ花よと育てられてきたと思われがちだが、王宮の中こそ陰謀と策略が巡らされている場所はない。シャロンは、それを傍目に見てきた。
貴族や王族が考えそうなことには、それなりに敏感なほうである。
ここでアニエスの心証を悪くするわけにはいかない。
何しろここは、カンタベリア王国ではなく、ブブガリヤ王国なのだから。
「ご配慮ありがとうございます」
シャロンは一礼し、その日の謁見は終わった。
◆◇◆◇◆
「はあ……」
シャロンは客間に通され、1人になると、珍しくため息を吐いた。
掃除はされているものの、あまり使われてこなかったのだろう。
少しかび臭い。
また盗聴や盗撮といった類いの魔法はかけられていなかった。
シャロンが感知できないほど巧みに仕掛けられている可能性はあるが、そんな先進技術を披露してまで、小さな聖女を外交的な脅威と考えていないだろう。
そもそもお付きの者もいないので、客間で会話する相手もいない。
精々【遠話】の魔法を使って、カンタベリア王国と交信する時ぐらいだ。
「妙なことになってしまいましたね」
シャロンはベッドに座って、頬に手を当てた。
面通しされた3人の魔法騎士たちは、間違いなく優秀だ。
アニエスも「精鋭」だと太鼓判を押していた。
ただそんな人材を勇者になるといえ、軽々しく他国の戦力として明け渡すか、というところだ。
シャロンの勇者となれば、所属はカンタベリア王国となる。
自国の貴重な戦力をみすみす他国に明け渡すことになるのだ。
(もしかして、それが目的なのかしら?)
自国の戦力を他国に移すということは、手垢のついた自国の戦力を他国に潜ませることができる。
つまり、諜報活動がしやすいということだ。
(アニエス女王様がそんな回りくどい方とは思えないけど)
カンタベリア王国とブブガリヤ王国は決して仲が悪いわけではない。
まして、今は魔族を倒すため挙党態勢を敷いている最中だ。
アニエスはどうかわからないが、カンタベリア王国のアルフレート陛下は、裏表のない方として有名である。
わざわざスパイを送り込むようなことはしないだろう。
ベッドに寝転びながら考えていると、外から木剣が叩く音が聞こえた。
近くに騎士団の練兵場があるのだろう。
カンタベリア王国の王宮でも、よく聞いた音だった。
窓から顔を出すと、王宮の広い庭に例の勇者候補たちがいた。
木剣を打ち合っているのは、レオハルトと紅狼族の少女だ。
「確か、パフィミア……」
ふと名前を思い出し、窓枠に大きな胸とともに寄りかかる。
レオハルトとパフィミアの一戦に、視線を注いだ。
2人の実力は明白だった。
レオハルトのほうが数段上であることは、シャロンでもわかる。
ほとんど子どもと大人の差だった。
事実、シャロンの身体のあちこちには痛々しい打ち身の痕があった
とはいえ、パフィミアも決して弱いわけではない。
「やあ!」と気合いを入れて走れば、ハッとするほど鋭く動く。
しかし、そこまでだ。木剣がレオハルトに当たることなく、むしろ躱した直後にカウンター気味に木剣を当てられるといった始末だった。
パフィミアはへこたれない。
「まだまだ!」と声を荒らげて、立ち上がろうとする。
けれど、無情にもその頭の上に木剣が落とされた。
「まだまだではない……。訓練を続けるか否かはオレが決める。お前にその権利はない」
「そうだぜ、パフィミア。お前がどうしてもっていうから、お優しいレオハルト様が付き合ってやってるんだからよ」
横でガルドがヘラヘラと笑った。
どうやら、少し酒が入っているらしい。
顔が赤かった。
「所詮、お前が騎士になろうなど無理な話だ」
「むしろお前みたいな野良猫が、騎士の従僕であること自体、破格の待遇なんだぜ。平民や奴隷どもが、今のお前の待遇を聞いたらどう思うやら?」
「2人ともそろそろやめましょ。あと、ガルド……。飲み過ぎよ」
ミレイユがたしなめる。
レオハルトは「そうだな」と言って、木剣をパフィミアのほうに投げる。
ガルドも酒瓶の栓を押し込み、踵を返す。
シャロンは少しホッとする
(あら? わたくし、なんでホッとしているんだろう)
勇者候補も、そしてあのパフィミアという紅狼族の少女も、今日あったばかりだ。
なのに、パフィミアが痛めつけられているのを見て、安堵している。
確かに一方的に人が叩かれているのを見るのは、あまり気持ちのいいものではないが、安堵する理由がわからなかった。
「まだです。まだお願いします」
その声は空気を裂き、5階分くらいの高い場所にいるシャロンの耳にもはっきりと聞こえた。
パフィミアは立ち上がると、木剣の切っ先をレオハルトたちに向ける。
「お願いします。もう1度訓練をつけてください」
「おいおい。やめろ。さすがにこれ以上は……」
「そうよ。パフィミア。傷の手当てをしないと」
「いいだろう」
「「レオハルト!?」」
ガルドとミレイユの声が揃う。
レオハルトは着けていたマントを脱ぎ、ミレイユに渡す。
1度、放り投げた木剣を拾い上げ、握り直した。
「ただし、今度は本気で打ち込む」
「おいおい。お前が本気で打ち込んだら、骨の1本や2本じゃすまないぞ」
「ガルドの言う通りよ。やめなさい」
「いいよ」
と言ったのは、パフィミアだった。
深い信念が込められた瞳で、レオハルトを睨み付ける。
謁見の間で見たドジな従僕と同一人物とは思えないぐらい濃い覇気を感じる。
自然と心臓が高鳴る。
しかし、シャロンは気づかず、レオハルトとの一戦を見つめた。
「何故、そこまでする? 従順な従僕であれば、いいものを」
「僕は従僕になりたいんじゃない。騎士になりたい!」
「獣人風情が騎士に? 何故だ!?」」
カンタベリア王国はさほどではないが、ブブガリヤ王国などの一部の国では、今でも獣人を下に見る傾向がある。実際、ブブガリヤ王国には獣人は貴族になれないという法律があることを、シャロンは伝え聞いていた。
「騎士になって、戦争に行って、そして――――」
沢山の魔族を倒すんだ!
先に仕掛けたのは、パフィミアだった。
一瞬、気圧されたのか、レオハルトは出遅れる。
身体を動かそうとして思うように動けず、先ほどと同様パフィミアを迎える。
だが、このままではさっきの焼き増しである。
パフィミアにはフェイントなんかの技術はまったくないことは、上から見ていてなんとなくわかった。
パフィミアがやれることといえば、ただ直線的に向かって打ち込むだけ。
そうとわかっていても、シャロンは声を上げずにはいられなかった。
「パフィミア様、頑張って!!」
次の瞬間だった。
ガサッ! という音ともに、シャロンが寄りかかっていた窓枠が崩れた。
おそらく木の枠が中から腐っていたのだろう。
シャロンの重みに耐えきれず、まるごと剥がれてしまう。
すると、シャロンも一緒に中空へと投げ出された。
「え?」
突然、足元の感覚がなくなり、シャロンはただ呆然とした。
5階建てに相当する高さ。たとえ芝生の上でも即死である。
何かしようにも、嘘みたいにスルスルと自分の身体が落ちていく。
最中、聞こえたのはパフィミアの声だった。
「シャロン!!」
ハッと我に返ると、木剣を捨てて、パフィミアが猛ダッシュでこちらにやってきていた。
追いつくか否かは微妙なところ。
いや、追いつかないかもしれない、と走ってくるパフィミアを見ながらシャロンは考えた。
(すみません……)
勇者様!
ズザザアアアアアアアアアアア!!
パフィミアは激しくスライディングする。
受け止めたかに見えたが、その手にはシャロンの姿はない。
どこだ、とばかりに、辺りを伺う。
すると、地上すれすれのところで、シャロンが圧縮された風の浮き輪のようなものに乗っていることに気づいた。
「ふう。あぶなかったわね」
胸を撫で下ろしたのは、ミレイユだった。
風属性の魔法を操り、ゆっくりシャロンを庭に着地させる。
「お怪我はありませんか、シャロン様」
「え? ええ……。ありがとうございます、ミレイユさん」
「どういたしまして。その代わり――勇者候補の件、よろしくお願いしますね」
呆然とするシャロンに、ミレイユはウィンクをしてちゃっかりアピールする。
それをレオハルトやガルドに茶化されていた。
「あら、シャロン様。履き物をはいておられないのですね」
カンタベリア王国からともにしてきた革のブーツは、ベッドの脇だ。
靴下ははいているが、そんな姿で庭を抜け、場内に戻るわけにはいかない。
困っていると、ガルドがシャロンを持ち上げてくれた。
「これでよろしいござんすか、聖女殿」
「あ、ありがとうございます、ガルド様」
「いいですよ。その代わり、俺にも勇者候補の件お願いしますよ」
金に目がくらんだ商人のように、ガルドは微笑んだ。
3人はどうして窓枠が壊れたのか、という話をしながら城内へと戻っていく。
シャロンはパフィミアのほうへと振り返る。
彼女自体に、訓練で負った打ち身以外の大きな怪我はない。
けれど、何故か悔しそうにパフィミアは自分の拳を握り込んでいた。






