外伝 Ⅹ 勇者と聖女~はじまりの物語~➀
3月9日『「ククク……。奴は四天王の中でも最弱」と解雇された俺、なぜか勇者と聖女の師匠になる』単行本11巻が発売されます。
セイホーン編がついに完結! 新章はさらにカオスな状況になっていますので、
よろしくお願いします。
「遠路はるばるよく来たね、『預言の聖女』シャロン・ストーング」
子どものように高い声が、硬質な魔法石に埋め尽くされた謁見の間に響く。
まるで氷のように寒々しい広間の中央に、傅いていたシャロンは「面を上げなさい」という声に反応し、顔を上げた。
青く純粋な瞳に、玉座に座った女王が映し出される。
女王の名前はアニエス・ラップ・ブブガリヤ。
北の先進的な魔法王国。そして人類圏№2の勢力を誇るブブガリヤ王国の君主である。
女王にして、聖女。聖女にして魔女族の長でもあるアニエスは、ややサイズの合っていない白衣のような羽織を着て、遠くカンタベリア王国からやってきた『預言の聖女』シャロンを歓待した。
「まだ12歳とは聞いていたけど、それよりもずっと幼く見えるね。ここまでの移動。大変だったろ」
「お気遣いありがとうございます、女王陛下。陛下の計らいにより、お貸しいただいた魔法の馬車はとても快適でした」
カンタベリア王国からブブガリヤ王国まで馬車で1カ月はかかる。
無論、その道程は簡単なものではない。
街道沿いでは魔獣が出現するし、山や森には盗賊がいる。
なのに、シャロンは乗合馬車を乗り継ぎ、ブブガリヤ王国の国境を越えてからは、女王アニエスの計らいにより魔法の馬車でここまで飛んできた。
その小さな身ひとつでだ。
カンタベリア王国も鬼ではない。
当然、護衛の者をつけるとシャロンに提案した。
しかし、彼女は首を振った。
王宮で育ってきた彼女は、自分の甘さを捨てるためにわざと険しい道を進むことにしたのだ。
順調とまではいかなかったものの、幸いこうして無事に到着できた。
これも神の思し召しだ、とシャロンは真っ先にアグリヤに祈ったのは、言うまでもないだろう。
「そう。それで……? 改めて我が輩の国に何しに来たんだい?」
「わたくしの勇者を捜しに来ました」
シャロンはきっぱりと言った。
女王というより、かわいらしいお人形のような小さなアニエスはこくりと頷く。
「それは手紙で聞いたよ。しかし、ここはブブガリヤ王国だ。何故、我が国にまで来て、勇者を捜すんだい。もちろん、あなたが聖女であることは承知しる。聖女と勇者はセットだからね。……でも、わざわざ他国で見つけなくても、自国でもいいじゃないか。カンタベリア王国はそんなに人材難なのかい」
「それについてはご迷惑をおかけし申し訳ありません。しかし、見えたのです」
「見えた、とは?」
「寒い、雪原。そこに佇む光を……」
「光? ……なるほど。それが君の預言の力というわけか」
「はい」
「わかった。君の力の噂はこのブブガリヤ王国にまで届いている。今さら異論を挟む余地もない。君を客人として迎えよう。しばらくこの王宮を起点とし、勇者探索に励むといい」
シャロンは顔を輝かせ、深謝した。
「ありがとうございます、アニエス女王陛下」
「それと……」
アニエスは玉座の側面に立てかけておいた魔法杖を叩くと、とんと石突きで床を叩く。
突如、背後で気配を感じ、シャロンは後ろを振り返った。
空間がひどく歪んでいて、暗い井戸のそこのような闇がパックリと開いている。
その闇から現れたのは、3人の男女だ。
(空間転移魔法……。大規模なものは見たことがありますけど、こんなにコンパクトに展開されたものは初めて見ました)
シャロンは素直に驚く。
転移の魔法はとにかく魔力を食う。
そして大量の魔力が必要とする魔法は、大規模になりやすく制御も難しい。
それをアニエスは軽く魔法杖を振っただけで、起動してみせた。
それも無詠唱である。
ブブガリヤ王国の魔法技術は、カンタベリア王国よりも20年先を進んでいるといわれているが、あながち間違ってはいないことを、シャロンはまざまざと見せつけられた形だ。
その空間転移によって空けられた穴が閉じようとしていた。
「あ。待って!」
大声を発し、謁見の間に4人目が飛び込んで来る。
炎のような真っ赤な髪色に、ブブガリヤ王国ではあまり見ない褐色の肌。
珍しいと思ったが、その頭の上には耳がついていた。獣人だ。
それも珍しい紅狼族である。
「わ、わ、わ……」
勢い余ったのか、あるいは背中に乗せた荷物が重たかったからか。
紅狼族の少女はつんのめると、ついにべたんと盛大にずっこけてしまった。
シャロンなら骨の1本でも折れていそうだったが、少女は「痛~」と声を上げて、頭をさする。随分と頑丈な身体らしい。
「パフィミア! 何をやっている!」
叱責したのは、アニエスではなく、先ほど空間転移からやってきた男の1人だった。
白金に近い金髪のオールバックに、冷たい碧眼。
身長は高めで、かつ細く、繊細な指先をしていた。
肌触りが良さそうな絹のシャツとズボン。
おそらく身分は高いのだろう。
その身体はよく鍛えられていることから、ブブガリヤ王国の騎士か何かに違いない。
少し乱暴にパフィミアと呼んだ少女の腕を掴む。
「お前は来なくていいと言ったろ。聞いてなかったのか?」
「ごめんなさい。……アハハハ。なんでだろう? 身体が勝手に――――」
パフィミアはそこまで言いかけて、玉座の近くで拝謁していたシャロンと目が合う。
金色の瞳と、青い瞳が交錯した時、2人は偶然にも同じことを考えていた。
((綺麗な瞳……))
しばし、パフィミアとシャロンは見つめ合う。
まるで一目惚れの恋人同士のように……。
そんな2人の仲を断ち切ったのは、さきほどの男だった。
「出ていけ、パフィミア!」
一喝すると、パフィミアはようやく我に返る。
荷物を背負い直し、謁見の間から慌てて出ていった。
「まったく……」
男はやれやれと首を振る。
そしてシャロンに近づき、穏やかに語りかけた。
「お騒がせして申し訳ありません、聖女シャロン」
言葉や表情にこそ他人を気遣う感情が表れていたが、糸のように細く冷たい目には、何か打算めいた光があった。
男はそのまま細い指の手を、自分の胸に置く。
「オレ――いや――私の名前はレオンハルト・ヴァイゼンと申します。ブブガリヤ王国の魔法騎士をしております。以後お見知りおきを」
と挨拶する。
シャロンは展開についていけず、惚けていると別の男が豪快な声を上げて笑った。
「こらこら。レオハルト。抜け駆けはダメだぞ。シャロン様がビックリしているではないか」
レオハルトよりもさらに背丈のある男は、やれやれと首を振る。
熱い胸板に、如何にも軍人らしい黒の短髪。
訓練でならしたと思われる雪焼けした肌には、多くの傷痕が残っていた。
レオハルトと同じく絹素材のシャツとズボンに、トラ皮と思われる羽織を肩からかけていた。
男はシャロンの手を取り、手の甲にキスをする。
騎士の定番の挨拶なので、驚きはしなかったが、口の周りの無精髭がチクチクして、少し痛かった。
「初めまして、小さき聖女よ。ガルド・ロムスと申します。レオハルトと同じくブブガリヤ王国の魔法騎士をしているものです」
ずいっと顔を出して、何かアピールのようなことをしてくる。
シャロンはただ怖くて、1歩足を後ろに引くことしかできなかった。
すると、こつりと何かに当たる。
振り返ると、アニエスではない――別の人間が立っていた。
珍しい銀と青が混じった長髪。
それを三つ編みにして、胸の前に垂らしている。
紫色の瞳は目元を含めて柔らかく、優しげで、浮かべた笑顔はとてもチャーミングだった。
「ちょっと、ガルドさん。レオハルトのこと言えないですよ」
「硬いことをいうな、ミレイユ。俺が子ども好きだと知っていよう」
「あまりそういうことはおおっぴらに言わないでください。ほら。シャロン様、完全に固まっているじゃありませんか?」
ミレイユは「まったく!」と腰に手をやって、憤然とガルドを睨み付ける。
ようやく空気を察したガルドは、少しシャロンから距離を取った。
代わり、ミレイユに対して睨み返す。
「ごめんなさいね。悪い人たちではないのです、聖女シャロン様。……それと私の名前はミレイユ・フェルノア。騎士団では回復・補助を担当しております」
「おい。ミレイユ。お前もちゃっかり名乗ってるじゃないか」
「いいでしょ。あなたたちはやったんだから」
「やめたまえ、君たち」
どこか一触即発の空気を予感させる中、場の雰囲気を変えたのは、やはり女王アニエスだった。
「君主を差し置いて何を勝手に決めてるのさ。そんなに我が輩の実験体になりたい?」
魔法杖で床を叩き、アニエスは怒りの度合い見せつける。
ハッとなった騎士たちは慌てて整列し、女王の前で礼を執った。
女王の怒りを鎮めるには、少し遅いような気もするが、アニエスはそれ以上追及しなかった。
「悪いね。うちの魔法騎士たちは偏屈なヤツらばかりなんだ」
「い、いえ。それよりこの方々は? もしかして護衛でしょうか?」
「護衛という意味合いもあるね」
アニエスは玉座の肘置きに頬杖を突いて、ニヤリと笑う。
「改めて紹介しよう。ブブガリヤ王国の魔法騎士団に所属するレオハルト、ガルド、ミレイユだ。3人とも優秀な魔法騎士だよ。性格を除けばだけどね」
「アニエス様、ひどいです。レオハルトとガルドはともかくわたくしまで」
「黙れ、ミレイユ。ガルドと一緒にするな」
「お前も十分ひどいと思うぞ、ミレイユ」
君主の前だというのに、喧嘩を続けている。
先ほどと同様に、アニエスが強くたしなめないのは、ここでは日常茶飯事なのだろう、とシャロンは理解した。
「いちいち喧嘩しないでくれるかな。話が進まないじゃないか。……ごほん。彼らを紹介したのはね。あなたの護衛であると同時に、もう1つ理由があるのだ」
「それはどういう?」
「彼らの中から勇者を選びなさい」
「え?」
「わからないかい。手間を省いてあげると言ってるんだよ。もう1度言おう」
この3人の中から、勇者を選びなさい。






