明かされた事実
一方、グレンは、タズを飛ばしてから再び小島に着地した。
「さてと、あいつらは飛んでったから王女様は俺が運ばせてもらうぞ。
抱き上げさせてもらうがいいか?・・・それとも俺では不満か?」
「グレン様まで・・・もう、やめてください。それにグレン様に抱きかかえて運んでもらえるなんて、王都にいる全女性たちの憧れでもあるんですからね!
ぜひお願いしますっ!」
「なんだそりゃ。ずいぶん大げさだな
それじゃあ失礼するぞ」
クロエがグレンにお願いするとグレンは本当に軽々とクロエを持ち上げた。
「普通の人間じゃタズたちが飛んでる高さは耐えられないからな。俺たちは陸をいかせてもらう」
グレンはイリアたちのように飛ぶのではなく、そのまま走り出し、海の上をまるで陸のように超速で走った。
(なにこれ凄い!タズくんには申し訳ないけど今日一番だわ!
これが勇者に抱き上げられたお姫様の気持ちなのかしら。ふわふわしすぎてまるで夢の中にいるみたい。
こんなの子供の頃から経験しちゃってたらイリアちゃんみたいにおかしくなっちゃっても不思議じゃないわね)
クロエはグレンに抱えあげられて恥ずかしそうにしながらも喜びを隠しきれていなかった様子のイリアを思い出しながらそんなことを考えていた。
(それにしても1日で3人の男の人にお姫様抱っこされるなんて・・・そんな経験、普通ないよね。
一人はパパだからノーカウントかもだけど、もう二人は大陸美男子ランキング1位と美少年ランキング1位の両方からだなんて・・・
私、今日で運を使い果たしたとかないよね・・・)
ちなみにアルフレッドも以前は大陸美男子ランキングトップ10に入ったことがあった。若かった頃はずっと上位をキープしていた。最近はロリコン疑惑が出るなどして人気を落としてるが、結婚もせずに街を守る孤高の騎士として王都で圧倒的な人気だったのである。
とはいえ、1位の人物はそれ以上に不動の人気を100年連続で維持し続けているのだから、比較対象にはならない。
100年連続1位のグレンを脅かせるのは、現美少年部門1位、グレンの弟子であるタズだけだろう。今でもタズに命を救われたキャッスルヒル地区の住民たちはタズを強く支持している。
そんなスターたち皆から一日の内にお姫様抱っこをされたクロエは夢見心地だったが、グレンが不動の1位を維持しているもう1つの理由にも思い至り、ハッと夢から目が覚めた気分になった。
グレンが不動の人気の理由は、グレンが大英雄だからだけではない。いつまでも女性たちの憧れの存在のままでいるからだ。若くカッコいい姿のまま全く老けない。そのくせ、誰よりも優しく、大人の魅力があふれ出している。その上、誰かと付き合ったり、結婚したという話も全く聞かない。アイドルを超える偶像である。
クロエは「不老不死は呪いだ」という先ほどのグレンの言葉とその時のグレンの悲しそうな声を思い出していた。
世界中の誰もが憧れ、敬う人物であるが、同じ人間であることは変わらない。
英雄の顔の影に隠されたただの人間としての本来のグレンは一体どんな人物なのか。もしかしたら自分と同じような恋の悩みを抱えていたりしたのだろうか。そう思うと今この瞬間はそれを聞き出す最大のチャンスにみえた。というより、優しいグレンのことであるから、クロエの先ほどの様子を見て敢えてこのような機会をセッティングしたようにすら感じられていた。
「あの、グレン様、少し聞きたいことがあるのですがよろしいですか?」
「ああ、構わないぞ。むしろ俺の方こそお前さんとは少し話をしたくてな。こういう形をとらせてもらった」
「そうだったんですね・・・。
やっぱりグレン様は優しい・・・。私の理想の勇者様です・・・」
「ハハ。やめてくれ、俺はもう勇者じゃない。勇者の称号はタズたちに譲った身だ。
今はただの鬼教官さ」
「グレン様・・・。
不躾な質問をお許しください・・・グレン様はそんなに優しくてカッコいいのにどうしてお相手がいらっしゃらないのですか?
やっぱりその体質が原因なのでしょうか・・・」
「ハハ、やっぱりお前さんはアルフレッドの娘だ。本当に遠慮なしに痛いところを聞いてきたな。
その質問の答えは半分正解で半分不正解といったところかな」
「半分正解ってことはやっぱり不老不死が原因なんですね。ただの人間と長寿族ってやっぱり埋められない差があるんでしょうか・・・」
「いや、半分不正解と言ったのはむしろそっちだ。そんな差なんかないさ。
俺に相手がいない理由はもっと単純な理由だ。
笑うかもしれないが、俺には100年前から心底惚れてる相手がいるのさ。
100年経ったっていうのにちっとも消えてくれないどころか日に日に大きくなってきやがる・・・本当に厄介な話だよ。
体質が半分原因なのはそうやって不老不死のまま10年20年100年と想い続けてる内にもう他の奴じゃ超えられない存在になっちまったのさ・・・」
「え、ええーー!!??
グレン様にそんな相手がいたなんてビックリです!
・・・絶対他の人に言えない・・・。
王都で暴動が起きちゃいますっ!」
「ハハ、人が人を好きになるのに不老不死とか関係ないのさ。好きなように人を好きになれば良いし、寿命が違っていようが好きなように生きればいい。長寿だろうと俺のようにずっと想い続ける奴もいる。そのことを負担に感じたことも苦痛に感じたこともない。むしろ長い人生退屈せずにいられてラッキーなくらいだ。不老不死自体はこのクソ長い人生に終わりがないという意味で苦痛で仕方ないがな」
「そっか・・・生きてる時間は関係ないんですね!
でも、グレン様、100年前からってことはグレン様のその人はもしかしてもう・・・」
「いや、そういう暗い話じゃないから安心しな。アイツはまだ生きてるよ。俺もついこの前まではもう死んじまったと思っていたが、実は生きてることがわかった」
「そ、そうなんですか!?すごい!じゃあグレン様はもしかしていよいよ結婚とかされちゃうんですか!?」
「ハハハ、そうだったら良かったんだけどな。残念だが奴は既婚者だった。子供も2人いた。ずいぶん幸せそうにやってたよ」
「そ・・・そうだったんですか・・・すみません、失礼なことを言って・・・」
「いや、俺が自分から好きで話してるんだ、構わないさ。それに俺はアイツが既婚者だろうとなんだろうとアイツをいつまでも好きでいてやると決めてるのさ。俺はアイツが幸せで生きていてくれてるだけで幸せなんだ」
「なんだかすごく素敵です・・・。グレン様みたいな人にそんな風にずっと一途に想ってもらえるなんて・・・うらやま・・・じゃなくて凄い人ですね。どんな人なんですか?」
「ハハ、とんでもないじゃじゃ馬娘だったよ。今でもあんなのに惚れちまうなんて自分自身どうかしてると思っているさ。
それよりお前さんはどうなんだ?本当にタズでいいのか?」
「・・・やっぱりグレン様にはわかっちゃいますよね。
はい・・・私、タズくんが好きです。グレン様じゃないけど、私もこの気持ちはどんなに月日が経っても変わらないと思います。
今はまだ彼には恋愛とか早いと思うけど、いずれ絶対振り向かせて見せます!」
「ほう、そこまで気持ちが固まってるなら悩む必要なんかないんじゃないのか?」
「はい・・・でも、私、別の意味で自信がないんです・・・。
自分の気持ちは絶対変わらない、そうわかってるのに、彼との間にある壁がすごく大きく感じます・・・」
クロエは力強くタズを振り向かせる宣言をしたと思いきや、段々と暗い顔になり、やがて抱きかかえているグレンのシャツの袖を掴んで、涙を流し始めた。
「ど、どうした?大丈夫か?さっきも言ったが種族の壁なんて大した壁じゃないぞ。
自虐じゃないが、それこそ俺のようにあいつに100年200年経っても忘れられないような恋をさせちまえばいいのさ。それだけであいつはずっと幸せだ。お前さんが悩む必要なんて何もないさ」
グレンは精一杯励まそうとしたが、クロエの涙は止まらなかった。
「はい・・・種族の壁、さっきまではそう思ってました。
彼とは生きている時間が違うから絶対一緒に生きることができないって、そう思ってました、思い込もうとしてました。
・・・・・・・。
でも本当は違うんです。それを言い訳にしてただけなんです・・・。
私、本当は自分をごまかしてるんです・・・彼のことがすごく好きなのに・・・
・・・本当は彼のことが怖いと思っている自分がいるんです。
私、見てしまったんです・・・。一年前の戦いのとき、バトラーとかいう魔族が怖い化け物に変化して、パパが殺されそうになって、夢中でパパを庇いにいった時、一瞬だけ見ちゃったんです・・・。バトラーよりももっと怖い化け物が、、、悪魔のように凍り付いた表情をした彼が、一瞬で奴らを皆殺しにしたんです。
あれは何かの見間違いだってずっと言い聞かせて見て見ぬふりをしていたんですが、絶対違う・・・。
あれは見間違いなんかじゃない・・・。
だってどんなに言い聞かせてもあの時の彼の凍り付いた表情が頭の片隅から消えないんです・・・。
彼には私の知らない素顔がある・・・。優しくて勇気のある彼だけじゃなく、私たち人間も、魔族も、何もかも虫けら程にも思っていないとてつもなく冷徹で残酷な彼もいる。
それを知ってしまったとき、私、足が止まっちゃったんです。戦いが終わって誰よりも真っ先に倒れた彼に駆け寄るべきだったのに・・・怖くなって一瞬だけ動けなかったんです・・・。
私が動けなかったそのとき、倒れた彼に誰よりも早く駆け寄ってたのはイリアちゃんでした。
そのときからです・・・私とイリアちゃん、タズくんたちの差を意識するようになったのは・・・」
クロエはこれまで誰にも言えなかった本心を初めて告白し、大粒の涙をこぼし始めた。
「種族の差なんて本当は大嘘です・・・。
私、自信がないんです・・・どんな彼だろうと好きでいる自信はあるのに、あの恐ろしい顔をした彼の隣に立って、怯えずに立っていられる自信がないんです・・・。こんな私に彼の隣に立つ資格なんてあるはずないんです・・・。
彼の全部を知りたいのに、知りたくない自分がいる・・・ずっと目をつぶっていたい自分がいるんです・・・。
私、どうしたらいいのかもう、わからなくて・・・うぅぅ」
一度語り始めたクロエはもう止まらなくなっていた。自分の中にある複雑な感情、その全てを吐き出し、グレンにぶつけた。クロエが自分でも整理できない自分の内心をここまでさらけ出したことは今までなかった。
ここまで弱音を吐けてしまうのは、やはり側にいるだけで人を安心させてしまう力があるこの男を相手にしているからなのだろう。神に一番近い男、グレンならこんな自分でも救ってくれるのではと一縷の望みを託していたのかもしれなかった。
そして、そんなクロエの複雑な想いを聞いたグレンは足を止めた。
グレンは今、海の上を走っていたのであり、そのグレンが急に足を止めたということは・・・
「えっ!?」
突然の浮遊感がクロエを襲い・・・
ザパーーーーーーーーーーーン
二人は思いっきりエメラルドグリーンの海の中へとダイブした。
クロエはあまりに急なことでパニックでおぼれそうになったが、それは一瞬で、グレンが抱きかかえているため、すぐに海面から顔を出すことができた。
「どうだ?気持ち良いか?」
「ぷはっーー!ち、ちょっとグレン様!いきなりビックリするじゃないですか!そりゃ気持ちいいですけど・・・」
「ハハ、さっきまでのブルーな気持ちも涙も全部洗い流せたようだな」
言われてみるとそうであった。さっきまでどん底の気分だったというのに、いつの間にかさっきまでの辛い気持ちは一気に薄れてしまっていた。
「悩んだときはこうしてバカなことをやってみるのもいいぞ。悩んでたことがくだらないと思えてくるもんだ。
事実、お前さんの悩みは実にくだらないもんだ。というかよくあるマリッジブルーそのものじゃないか。
いいか、どんな人間だろうといくつも顔を持ってるもんだ。お前さんだってタズには見せてない顔はあるだろ?その顔はタズに見せても問題ない顔なのか?」
グレンに言われてクロエも少し考えてみた。
クロエがタズに見せていない顔は実はたくさんある。
王女として振る舞う顔、王宮から捨てられていた時代のひねくれにひねくれていたときの顔、パパに駄々甘えなファザコンな顔、妹をいじめちゃうちょっとサディスティックな顔、どれもタズには見せられない・・・。だが一番見せられないのは、クロエも妹のセリシールと同じようにタズを想って毎日・・・。
「王女さん・・・顔が真っ赤だぞ?大丈夫か?」
クロエはグレンの指摘を受けると、グレンを振りほどいてザプンともう一度海に浸かって頭を冷やしてから浮かび上がってきた。
「わ、私にはタズくんに見せられない顔なんて全然ありませんっ!これでも元王女なんですからっ!見られて困る顔なんてあるわけないです!
でも、グレン様、ありがとうございます。
本当に私、バカなことでくよくよと悩んでました」
「ああそうだな。俺だってアイリスが飛びっきり冷たい顔をし出したときは鳥肌が立つ。1秒でも早く逃げ出したくなるな。というかその時にはもう逃げてるな。
だからお前さんも好きなだけビビればいいのさ。それにお前さんとタズだったらどっちかっていうとお前さんの方が尻に敷きそうな気がするぞ」
「ちょっと!酷いですよ、グレン様!私はこう見えておしとやかで清楚な乙女なんですから、尻に敷くなんてあり得ません!
うん、私、決めました!
彼がどんな顔を持っててももう驚きません!絶対に受け入れて見せます!いろんな顔をした彼を丸ごと愛してみせますっ!」
「ハハ、調子出てきたじゃないか。王宮のひまわりは伊達じゃないな。さて、程よく休憩できたところでまた行こうか」
グレンはクロエを横抱きにしたまま水を蹴りあげて海から飛び上がると、再び海の上を走りだした。
(グレン様・・・本当に素敵な人・・・こんなの私だってタズくんがいなかったら危なかったよぉ・・・)
(年上の男性の包容力ってこういうのをいうのかな。まだドキドキしちゃってる・・・マズいマズい!私にはタズくんがいるんだから・・・イリアちゃんごめんね!)
(でもグレン様の想い人って誰なんだろう・・・こんな素敵な人から想われて振り向かない人ってちょっと考えられないよ・・・)
「あっ、もしかしてアイリスさんっていう人がグレン様のお相手の方なんですか?」
「ああ。さっき言い忘れてたがアイリスがそうだな」
「へぇ・・・なんだかタズくんのお姉さんの名前に凄く良く似てますね」
「そりゃそうだ、あいつがタズとイリスの母親だからな」
「はい?えええええええええええええええええええーーーーーー!!!」
「おいおい、あいつがどんな一面持っていようが驚かないってさっき言ったばっかりだろ・・・」
「いやいや、その一面はちょっと反則ですよぉ・・・。驚くなという方が無理があります!グレン様の想い人がタズくんのお母さんだっただなんて・・・。
グレン様みたいな素敵な人を振るなんて許せないってちょっと思ってましたけど、あんな素敵なお子さんをお持ちな方だったんですね、お義母様は・・・。お会いしたいです・・・」
「ハハハ、調子がいいな。なにやら「お母様」のニュアンスが少し違うように聞こえたが、まあいいか。
あと、王女さん、お前さんはあの王宮の中じゃ一番聡明だし、タズのことを決して裏切らないことはよくわかったから、それを信頼して他の誰にも言っていない俺だけが知っているもう一つのあいつの顔も教えておく。
タズの父親はな、大魔王だ」
・・・・・・・。
「えええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」
クロエはこれまでにないほどの叫び声を上げた。




