風の大陸
「こうして抱き上げてみるとイリアが小っちゃかった頃を思い出すな。ほれ、高い高い!」
「グ、グレン様っ!やめてください!少し恥ずかしいです・・・。
それに私はもう11歳なんですからね!」
口では抵抗するイリアであるが、真っ赤になりながら満面の笑顔になってしまっており、グレンに抱き上げられて嬉しいといった表情は全く隠しきれていなかった。
(ちぇ・・・イリアちゃんだって人のこといえないくらい浮かれちゃって・・・)
「そうか?ハハ、そうはいってもイリアはまだ小っちゃいまんまだな」
「もうっ!グレン様のいじわる!私だって(少しずつ)成長してるんですからね!(胸だって)」
「ハハハそうだな、悪かったよ。
さて、次で飛ばすぞ」
グレンは深く腰を沈み込ませてイリアを上空へと打ち上げる準備をした。グレンが腰を深く沈みこませるだけで地面は陥没していく。踏み込みによって想像を絶する圧力が地面にかかっているようだ。イリアも身体を緊張させつつも魔法を唱えるべく精神統一を始めて身構えた。
グレンが沈み込んだ姿勢から立ち上がる動作はあまりにも速く、蹴りあげられた地面がさらに陥没して砂埃が舞い上がったため、傍から様子を見ていたクロエには全く見えなかったが、どうやらイリアは音速を超える速さで空高く飛んでいったようであった。
そして、グレンがいたあたりの浜辺が再び爆発が起きたかのように砂埃が舞い上がると、イリアの後を追うようにいつの間にかグレンの姿も消えていた。
時折暴風が上から降ってくるのはグレンが空気を蹴り飛ばしながら上昇していっているからだろう。
想像を遥かに超える修行の始まりにクロエはポカンとするほかなかった。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・
イリアはグレンに一気に上空へと打ち上げられて何度か意識が飛びそうになった。
恐ろしいほどに急激な高さの変化は、普通の人間に耐えられる次元を超えていた。魔法を何重にもかけていなければすぐにでも気を失っていただろう。
だが問題はこの後だ。先ほどのデモンストレーションを想定するなら、十分に打ちあがったところで思いっきりはたかれるか何かされて横に吹き飛ばされることになるはずである。
雲を飛び越えて視界が開けた辺りで速度がだいぶ落ちてくると、下からグレンも飛びあがってきて追いついてきたのがわかった。
「イリア、準備はいいか。
ここから横に飛ばすからな。
魔法をしっかりかけてないと死ぬぞ」
空気が薄く何を言っているのかわからなかったが、やろうとしていることは伝わった。グレンが空中でイリアの両腕を掴むと、イリアの身体をブンブンと円を描いて振り回し始めた。
イリアはたまらず叫び声を上げようとするが、空気が薄く思うように声が出なかった。
そして、あり得ない程にスピードが乗ってきたところでハンマー投げのように大空へとリリースされて、信じられない速度でイリアは空を飛び始めた。
魔法で防御しているにもかかわらず、それを超える衝撃に再び意識が飛びそうになったイリアであったが、なんとか魔法を駆使して立て直しを図った。
雲の上を飛んでみると先ほど海面近くを飛んでいたときと空気の薄さに大きな差があると感じられた。しかしながら、これほどの速度が出ているとそれでも空気による圧力の壁はそれなりであった。
イリアは先ほどから考えていた魔法を発動した。
空気にぶつかっていくのではなく空気の流れに逆らわないよう、空気を流してやれば良い。そのためには先ほどのボードのように進行方向に魔法で丸い風のカバーをかけて空気が流れやすくする必要がある。
そのカバーは、ただ丸くするだけではなく、先ほどのサーフボードの応用、空気の流れる速さを身体の上と下とで変えてあげることで力の差(揚力)を生み出し、それを翼で捉えて支えるのが良いだろうと考えていた。
この世界には存在しない飛行機が浮かび上がるのと同じ原理を思いつき、実践しようというわけである。
イリアは魔法で風のバリアを作ると共に、両腕を翼に変形させた。
「うわっ!実際翼って結構バランスとるの難しいのね!一対じゃ身体を支えられないわ
でも腕なら操作しやすいけど、概念形状をコントロールできるかしら?
とにかくやってみるしかないわね・・・」
イリアは自分の身体を腕を変形させた一対の翼だけでは支えきれないと知り、背中に新たな翼を作り出した。
今まで何もなかったところに新たな身体のパーツ(概念形状)を作り出した場合、そのコントロールは非常に難しいと言われている。だが、魔力操作や身体操作に長けているイリアはすぐにそれをものにした。
「なんだか腕の翼より背中の翼の方がより風を捉えられてる気がするわ。
やっぱり身体の中心を支えるように付けたからかしら。身体全体で動かせてる気がする。
腕の方はむしろ邪魔かも・・・。
そうだ、腕は推進力に使いましょう!」
イリアは腕の翼を元の腕の形に戻すと、腕を通過していく空気を集めてそれを炎魔法で燃やして加速に使うことを考えた。
ボゥウウウウウウウウ
「キャーーーーーーーーー!!
楽しい―――――――――!!」
この試みは大成功であった。
イリアは頭の前方に楕円形の風のコーテシィングシールドを張って風を流し、身体の上下で流れる速度が違う風の流れを作り出し、身体の上方を流れる風の密度が最も高くなる背中辺りでそれを背中の翼で捉えて風の流れにうまく乗りつつ、手からは流れる空気を爆裂させてさらなる推進力を得ている。
この世界には存在しないジェット機の要領で高速度と高度を維持することができるようになったのであった。
ここまで成功すると多少の余裕が出てきて、景色にも目が行くようになってきていた。
そして、目の前に広がる広大なオストルン大陸を遥か上空から眺められることに感動していた。
「改めて上空からみると凄く綺麗ね・・・。
右の方の海はエメラルドグリーンがずっと続いてる。きっとあれがグレートコーラルリーフだわ!
本当に綺麗・・・。
ッ!? あ、あれは・・・」
一方、上空からオストルン大陸を見て気づかされたこともあった。
「竜がたくさん飛んでる・・・」
オストルン大陸は世界からは風の大陸とも呼ばれており、大陸の半分以上が竜族のテリトリーとなっている大陸である。
イリアも話には聞いたことがあったが、これまで王都周辺は伝説の勇者が守る地なだけあって竜も攻めてはこないため、その姿を見たことはなかった。
パーズのことも聞いていたため、竜は危険な存在ではないとも感じていた。しかし、実際に大勢の竜たちが大陸の上空を飛び交っているのをみるとだいぶ印章が変わる。
「あんなのに襲われたら私たちじゃ何もできないわ・・・」
上空から見て初めて自分たちのいる大陸の危険性を知ると共に、空での戦いを覚えずに王都を出ることの危険性を知った。
「あのずっと向こうにパーズがあるのね・・・」
ここクインズ・ゴールドコーストがあるオストルン大陸東端と正反対の位置、大陸南西端にある都市パーズは、オストルン大陸にありながらオストルン大陸の巨大国家であるシドル王国の都市ではない。
竜帝国という独立国家の都市、帝都である。
シドル王都と竜帝国、2つの国は完全に独立しており、国交は全くというほどにない。
その理由の一つとしては、オストルン大陸の中央に広大な砂漠と険しい山岳地帯が存在することが挙げられる。
その上、大陸中央の山岳地帯のさらに中央にはウルヌスロックという天空神が住み着く神聖なエリアもあるため、東西を結ぶ道は存在せず、シドル王都などがある東側とパーズがある西側は完全に分断されている。
仮にシドル王都からパーズに行くのであれば、オストルン大陸南東のマルボルンから南の道なき海岸線沿いを西にずっと進んでいくしかない。
しかし、海岸線を進む場合ですら山あり谷あり砂ありの厳しい道のりが待っているのである。
だが、一番の理由はそのような物理的な理由ではない。
竜帝国は、その名からもわかる通り、人族と竜族の共和国である。つまりは人族と魔族の国である。
共和国という言葉だけ聞くと人族と魔族の協和の象徴ともいえそうな国であるが、シドル王国民からすると不気味でしかない。というのも、竜帝国に多数いる竜族や上位種族である竜人族は、地上の人族にとっては脅威そのものだからである。
魔界の竜族が魔王となって地上を支配したことはこの星の歴史上、少なくない。
竜族は、人族と比較して、力も、体力も、身体の大きさも、素早さも、あらゆる点において勝っている。
そんなただでさえ力の差がある竜族たちとマナが消滅したこの世界で今、戦いとなれば、人族が勝てる要素は皆無であった。
そうであるにもかかわらず、何の利益にもならなさそうな人族との間で何故に共存関係が成立するのか、シドル王国民には理解不能であった。人族が奴隷のように使役されているという噂もある。そのため、ただただ不気味で、しかも近寄ることに危険性は伴うものの、何のメリットもないので誰も近づくことがないのである。
しかもパーズを含めてオストルン大陸西側は、竜族たちが支配する土地であるため、シドル王国民はバースどころか、広く大陸の中央から西にかけて一切近寄ることなく、東の沿岸に王都やブリズバーン、マルボルンといった街を作り、広大な大陸のほとんどを使うことなく東側に集中して人々が暮らしているというわけである。
「本当に不思議な国・・・でも魔族が動き出している以上、次にもし旅に出るなら魔族と人族が共存すると言われているパーズの様子を見に行くというのも有力候補よね・・・」
イリアは空を飛びながら今後のことを考え始めていた。
連休のおかげで随分と書き進められました。
今日はここまでですがまた連休の後半にお会いしましょう。




