第三話 『図鑑のくらげ』の紙の余白
#第三話 『図鑑のくらげ』の紙の余白
図書館の屋根の上には本は載っていない。
中に入るのにチケットもいらないし、自動ドアも近くに寄ると開いて歓迎してくれる。
私はとても嬉しくなって建物の前に敷かれたマットで靴の底の汚れを取ってからドアを抜けた。
建物の中にある貸し出し窓口にはいつものようにエプロンを身に着けた司書の方がいて座りながら返却された本を確認している。
ペコリと会釈すると、司書の方も私に気付いて会釈を返してくれる。
ほとんど会話らしい会話はないけれど、図書館に足を運ぶと目だけで会話が弾む。
司書さんは家で嫌な事があった日は、なんとなくピリピリしているし、いい事があった日は花が周りを取り囲んでいるようなオーラになる。
今日は悲しい事があった日、らしい。
私は『いつでもお話しください、お待ちしております』と心の中で呟き目的の棚を探した。
探したけれど見つからない。
いつも来ている図書館なのに、だいたいの本のジャンルと場所は頭に入っているはずなのに。
本の海の中で流されてしまったに違いない。
こんな時は流れに身を任せるに限る。
『きのこ』
菌類か、ちょっと似ている気がするけど、多分違う。
違うけれど、私は一冊取り出した。
ぱらぱらとめくると案の定きのこが並ぶ。
いつもスーパーで見る椎茸やエノキ、松茸がページを賑わせる。
きのこのはずなのに、作業服を来た男性と女性が両手にしめじの栽培パックを持ってにこにこと笑っている。
しめじは工場で出来るのだそうだ。
ページを更にめくるとバケツ程の大きさの舞茸を持ったお父さんが写っている。
なんと天然でこの大きさのものは中々取れないらしく三十万円もするそう。
そして、仲間をみつけた。
その名もキクラゲ。
木の耳と書いてキクラゲ。
うーん、違うか。
私は流され、海洋生物の辺りにたどり着いた。
『海の生物』いや違う。
もっと具体的なものが欲しい。
『くらげ』
これ!求めていたのはこれだ。
棚から取り出して人がいない机を探す。
お互いのパーソナルスペースを侵害しないように空いているからといって隣には座らない。
目が合う正面も避ける。
少し斜め、視界の隅に入るくらいの位置に荷物を置いて座った。
くらげとは、刺胞動物門や有櫛動物門に属する「浮遊生活をする体の柔らかい生き物」の総称。
そのため、クラゲ全体を一括で指す単一の学名(学術名)は存在しない。
驚きだ。
虫、というのと何ら変わりない。
いや、アリ、くらいか。
クラゲ属やクラゲ目はいない。
例えばミズクラゲは、刺胞動物門、鉢虫綱、旗口クラゲ目、ミズクラゲ科、ミズクラゲ属となる。
根口クラゲ目、ビゼンクラゲ科、エチゼンクラゲ属、エチゼンクラゲとなる。
備前なのか越前なのか!?
歴史的に
「ビゼンクラゲ(岡山県・備前)」という有名な食用クラゲのグループが先に分類として確立しており、
後から発見された「エチゼンクラゲ(福井県・越前)」がその親戚として同じビゼンクラゲ科に組み込まれた
なるほど。
そういえば人間もくらげを食べて来た。
酢の物しか食べた事はないけれど、考えると体の一部をかじり取られるような痛みがある。
もちろんその痛みの前には体中を切り刻まれ、酢で和えられて酸っぱくなるのだけど。
最後の感覚にだけ想いを馳せるのもどうなのかな?
あ、追記がある。
※学名の Nemopilema nomuraiは、福井県水産試験場の場長だった野村貫一氏の名前に由来
くらげに我が名を冠するとは、野村さんすごい。
私も新種のくらげを見つけて、「くらげくらげ」としたい。
図書館には色々な調べ物をするためのパソコンが置かれている。
私はパソコンはくらげのことを知っているのだろうかと気になった。




