第二話 『水族館のくらげ』のガラス越し
#第二話 『水族館のくらげ』のガラス越し
建物に近付くにつれ、建物の上にある大きなクジラの模型が目に入る。
あそこが水族館に決まっている。水族館でないのなら、クジラ屋さんだ。
券売機に並ぶ人たちの列の端、受け付けの人がいる列に並ぶ。
どこで買っても同じチケットだけれど、折角なら人から買いたい。
「何枚ですか?」
受け付けの人の丁寧な対応に、心がこれからの楽しい時間の準備をする。
「大人一枚、です」
中で操作盤を指で叩きながら、シュッと吐き出されたチケットを手で受け止め私に差し出す。
「1200円になります」
広げた財布から千円札を取り出しまず置いた。
それから小銭を探すけれど、百円玉は一枚しかなかった。
一枚を取り出してトレーの千円札の上に重ねてから財布の中を探す。
もっと五十円玉と十円玉で合わせて百円見つかった。
細かいお金を集めて出す、という行為は好きだ。
幼いの頃の買い物の記憶が思い出されるからだと思う。
「はい」
お金を置くと受け付けの人が取り上げ、ひーふーみー、と数え出した。
その数え方が幼い頃の記憶と同じだったので益々嬉しくなる。
「はい、ちょうどですね」
言ってレジにお金を入れてレシートをくれた。
チケットと共に受け取り、回転式のゲートの前で半券を千切られて中に入る。
色々と見るべきところはあるけれど、今日はくらげだ。
くらげを観察し、くらげを知り、くらげを理解するためにはくらげを観るしかない。
入り口を入るとすぐに小さな水槽が並んでいる。
水族館の中の薄暗さに慣れるためなのか、控えめなライトで照らされた水槽の中に目が光っている魚が群れをなして泳いでいる。
この魚は光源をまばたきのように隠す事で、捕食者から逃げるのにも使っているらしい。
光る、光源を隠し急いで逃げる、光る、を繰り返すと相手からの位置が分からなくなる。
可愛いけれど、これはくらげではない。先に進むと、別の水槽があった。
栗だ。黒くて丸い体にトゲが伸びている。
まさに栗だけれど、よく見るとそのトゲはうにうにと動いている。
こいつはワカメだかコンブを食べる。
コンブと言えばジャイアントケルプ。長い長い海藻で海底から水面まで何メートルも伸びる。
海藻は魚たちの隠れ家になったり、毛むくじゃらの海獣が流されないように絡めて眠るベッドにもなったりする。
水槽の底の栗はそんな事は無関係にうにうにしている。
水族館には展示のルートが決められており、入場者がゆっくりと海の世界に入り込めるように考えられている。
そのルートから少し逸れた場所に、くらげの世界があった。
円柱形を薄く輪切りにして立てたような水槽に入れられたくらげ達は下からの水流に翻弄されかき混ぜられている。
壁に埋め込まれるように設置され、色々な方向からライトアップされ、くらげなのにとてもカラフルだ。
傘をふよふよと動かして泳ぐけれど、すぐに水流に巻き込まれ元に戻る。
ああ、くらげはこの狭い水槽に閉じ込められてしあわせなのかしら、そんな余計な事を考える。
確かこんなおもちゃがあったような気がする。ボタンを押すと水流が発生し、プラスチックの小さな輪っかが水の中を踊る。
それのくらげ版だ。
じっと見ていると、くらげの模様も個体によって異なる事に気付いた。
当たり前だけど、当たり前過ぎて理解していなかった。
それからは傘のぐにゃぐにゃとした模様が少しハートに見える一匹を追い掛ける事にした。
水流に流されては心配になり、底に沈んでは頑張れと応援したくなる。
気が付くと、女の子もくらげを追い掛けていた。
まだ幼いその子は指でくらげを差している。
そうして目の前に来ると「私のくらげ」と言った。
それは私のくらげでもある。
けれどその子に譲る事にした。
「この子、きれいだよね」
「うん」
私のくらげを譲ってしまったので、女の子の返事を待って、微笑んでから水槽を立ち去った。
一口にくらげといっても何種類いる。
私は一心に追い掛けたくらげの事をきちんと調べてみたいと思った。




