植物たちの深夜会議とバラの秘密
パイの充填効果は絶大だった。
ハルのペン先——いや、マウスのカーソルは滑らかに画面上を走り、キャラクターの髪の揺れや服のシワがどんどん形作られていく。
時刻は午前一時を回り、世界はいよいよ深い眠りへと落ち込んでいた。
部屋の外からは時折、遠くの幹線道路を走るトラックの重低音がかすかに届くのみで、室内は静寂そのものだ。
「なぁ、ハル」
作業の波に乗っていたハルに、トンちゃんが静かに話しかけてきた。
「なんだい、トンちゃん。今いいところなんだけど」
「お前の背後の棚の上にある、あのピンクのバラの花瓶……あれ、いつから置いてあるんだ?」
ハルは手を止めず、画面を見つめたまま答えた。
「ああ、あの鉢植え? 水曜日にお花屋さんの前を通ったらすごく綺麗だったから、思わず買っちゃったの。どうしたの急に?」
「あいつら、喋らないけどな、ものすごい勢いで『夜の気配』を吸い込んでるぞ」
トンちゃんが画像を指し示すように、ハルの背後にある小さなバラの鉢植えを見やった。
「夜の気配?」
「そう。昼間は可憐な顔をして咲いてるが、夜になると葉っぱの先から『真夜中の空気』を少しずつ吸って、部屋の中に『集中力の胞子』みたいなものを充填してやがるんだ。お前が夜になると突然エンジンがかかるのは、あのバラのせいもあるんじゃないか?」
ハルは思わず吹き出しそうになった。
「なにそれ、ファンタジー? トンちゃんってば、ぬいぐるみなのにメルヘンなこと言うんだね」
「冗談じゃないぞ」
トンちゃんは真面目な顔(元から丸くて愛くるしい顔だが)で、今度はローテーブルの右手前に置かれたふたつの小さなサボテンに視線を移した。
「じゃあ、あの手前のサボテンどもはどう説明する? あいつら、さっきから『ハルは今日、何時に寝ると思う?』って賭けをしてるんだぞ。左の丸いサボテンは『二時半』、右の背の高いやつは『三時半』に一票だ」
「えっ、私のサボテンたちが!?」
ハルは驚いて、テーブルの上のサボテンたちを凝視した。
ちんまりと並んだ緑色のサボテンたちは、もちろん微動だにせず静かに座っている。
「うそだぁ、トンちゃんの創作でしょ?」
「信じないならいいさ。でもな、あのバラもサボテンも、お前がこうやって一生懸命に何かを作ってる夜の部屋が好きなんだよ。静かで、暖かくて、ハルの情熱の匂いがするからな」
トンちゃんの言葉に、ハルの胸の奥がじんわりと温かくなった。
ただのひとりぼっちの夜更かしだと思っていたけれど、この部屋にはトンちゃんがいて、パソコンがあって、お気に入りのパイがあって、そして密かに自分を見守ってくれている植物たちがいる。
「……そっか。みんなが応援してくれてるなら、もっと良い絵を描かなくちゃね」
ハルは画面に向き直し、より一層優しい表情でカーソルを動かし始めた。
サボテンたちの「賭け」を裏切って、最高の作品を仕上げるために。




