常識的で非常識な友人
「ところで、今朝お前が魘されてたのもそのお茶会が原因か?」
「君、今ごく自然に人の寝顔を観察してた事を自白したね」
廊下からノックして入ってくるなんて、ノアにしてはおかしいとは思っていた。彼はいつも気が付けば窓から屋根から塀の上から侵入してくる。公的な場所でもないのに普通にドアをノックして入ってくるなんて、それだけで違和感だった。
つまり、人の寝顔を見てから退室して、僕が起きるのを部屋の外で待ってたのか。なんでそんな意味不明な事を……
「寝込みを襲ってないだけ良心的だろ」
「当たり前のように言うけどそれ犯罪だからね」
不法侵入も立派な犯罪なのだが、そこは、まぁ、慣れてしまったから構わない。最初は本気で怖かった時もあったが、今は田舎の家で縁側から勝手に入ってくるご近所さん的なものとして受け止めている。
「話を戻すけど、魘されてたとしたらお茶会も要因の一つとは思う。でも、僕が日常的に悪夢を見てるって事くらい、どうせノアは知ってるんだろ?」
「魘され方がいつもと違ったんだよ」
「寝顔診断ができるくらい詳細に観察するのは流石にやめない?」
前世の友人にもそういう奴はいたけど、世の中には珍妙な趣味を持つ人が多い。本当に。
「観察はともかくとして、だ。大方、魔女の言葉にメンタル揺さぶられたんだろうけどさ、お前の場合一度悩みを抱え込むとずっと溜め込んでくだろ。良くないぜ、そういうの」
「それは、うん。自覚はあるよ」
「自覚しても治さねえじゃん」
それはそうだけど、治す気がないのだから仕方がない。
悩みを誰にも知られたくはないし、解決できる未来も見えないのだから溜め込む。それで困るのは自分なのだから別に問題はない、とも思っている。
誰も信用していない、と言われてしまえばそうなのかも知れない。
この悩みは、誰にも知られたくない。理解されたくもない。そもそもされると思っていない。
ただ、心の奥に沈めて僕の命と共に朽ちるのを見届けるだけだ。
「お前ほんと頑固だよな。俺じゃなくてもいいから、もうちょい誰かを頼れよ」
ため息をつくノアにごめんねと返す。
自己完結してしまうのは前世からの癖だ。頭がカタい、というのも友達に散々言われてきた。一見柔軟に見えるけど、根本では自分の意思や考えを一切変えようとしない、と。
それは僕が死ぬまで、いや、死んでも治ることはなかった。
良くないことだとは、常識としては理解してるつもりだ。変えようとは、やっぱり思っていないけど。
「お前さ、昔ほどじゃないけど……今も酷い顔してるんだよ。動いてるだけの死人みたいで落ち着かない」
「え、昔の僕ってそんな感じだった?」
「だった。なんか、死にたがりとは違うけど……生きることに未練が無いというか『死ぬなら少しでも意味のある死に方をしなくちゃいけない』みたいな、目の前で友人を失った、戦場の兵士とかによくいる感じの顔。子供がしていい顔じゃなかったぞ」
「まるで戦場の兵士を知ってるみたいに言うね」
「俺がガキの頃はまだ内紛も多かったからな」
確かに、現在の国王が即位して間もない頃はまだ、王位継承に関して少しごたごたしていたとは聞いている。この辺は設定にない範囲だから僕も詳しくは知らない。
この世界はその広さに対して人口密度がそれほど高くない。そして人の住めない砂漠や危険な森を国境としている事が殆どのため、国家間の侵略戦争ともほぼ無縁だ。
その代わり、国内のお家騒動や身分差による揉め事はそれなりに多かった。実際『エディン・プリクエル』のシナリオの範囲でも王家が原因の騒動が起きている。これは主に作品内の『カイン』が引き起こしたものなので今の世界にはあまり関係ない事だが。
どちらにせよ、今が平和なことに変わりはない。ノアの世代が戦場を知る最後の世代になってくれることを祈るばかりだ。
「ま、それは置いておくとして。本当にひでぇ顔なんだよ、今のお前は。で、そんな顔してるお前を友人である俺が放っておくわけないじゃん」
急に笑顔になったノアに、ぽん、と肩に手を置かれた。
なんだろう、ノアの笑顔が胡散臭すぎてあまりいい予感がしない。これって、ハーヴェに居た頃にノアに外へと連れ回された時を思い出す流れ……
「これからちょっと出かけよぜ。こういう時はぱーっと遊んで気分転換するのが一番だからな!」
まぁ、そうなるよな。
しかし今日は平日で、普通に学校があるのだが。
そしてノアも、普通に購買のお仕事があるはずなのだが。
そんな常識は勿論ノアの前では意味を持たず。
この日、僕は生まれて初めてサボリというものを経験することになった。




