ここはホラーゲームの世界ではない……はず
ところで、と手早く寝起きのお茶を準備しながらノアに視線を向ける。
「ノアは研究棟のユーディの事は知ってる?」
それは何気なく聞いたつもりだった。
だけどそらを聞いた途端、ギュッとノアの眉間に深い皺が出現する。
「湧いて出そうだからその名前を口にするのはやめようぜ」
湧いて出るってそうそう出てくる表現じゃないな。そんなに嫌な話題なのか。
僕も彼女は苦手な部類だけど『名前を呼んではいけないあの人』みたいな扱いは流石にどうかと思う。そう言われてしまう彼女をかわいそうとは思わないけれど。
「で、ノアから見て彼女はどんな人?」
「……天才。魔女。研究棟の黒真珠って二つ名はそこそこ似合ってる程度には美人。実力はあるけど性格には難アリ。っていうか難しかない。他の美点を全部打ち消す残念さ。見た目は綺麗だけどお近づきになりたくない。そもそも俺の好みはお前だし」
「いや別にノアの好みは聞いてないし僕にどう反応しろと……?」
隙あらば告白してくるのは本当にやめてほしい。ノアには悪いが、いつまで粘っても僕にボーイズがラブする嗜好は生えてこない。
しかし、コミュニケーション能力の高いノアから見ても関わりたくないレベルなんだな、彼女。
「え、なに、お前まさかあの邪悪な黒真珠に惚れたとか?」
「たとえノアでも言っていい事と悪い事があるんだよ」
なんて恐ろしい事を言うんだ。たとえ冗談でも噂でも、そんな話が研究棟に届いてしまえば僕はサミュエルとデイヴィッドに潰される。きっと物理的に。それくらいリンクチェーンが上がった二人の嫉妬と執着は恐ろしい。
『エディン・プリクエル』でも二人のどちらかの恋路を邪魔する者はナレ死で雑に排除されている。ゲームなら数行で流されるようなナレ死でも、現実では犯罪だ。洒落にならない。
いくら自暴自棄になりやすい僕だって、そんな雑にバッドエンドを迎えたくないと思う程度には命が惜しい。
「昨日マリアと二人でお茶会に行ってきたんだよ」
「お茶会?」
「うん。研究棟のサロンで。黒真珠女史に誘われて」
「……自分から魔物の巣に飛び込んだのか。お前よく生きて帰って来たな?」
「……あのまま招待すっぽかす方が危険だったと思うんだ」
真顔になるノアに神妙に頷いて返す。彼の反応を見るに、ユーディ絡みで研究棟の二人に消された人間が既に存在するのだろう。しかも一人や二人でなく。棟内のどこかに行方不明になった人達のなれのはてが……とか、そんな展開はさすがに無いと思いたい。
……なんか、あそこだけ『エディン・プリクエル』とはまた別の物語が展開されてる気がするのは気のせいだろうか。こう、猟奇サスペンスというか、サイコホラー的な……
「一応、二人には許可とってお茶会に呼んだって彼女からは聞いてるし……大丈夫だと思う」
「いや、そもそもどうしてそんな招待なんてされ……あぁ、もしかしてキマイラの件か。あの時に興味を持たれたのか?」
「まぁ、認識されたのはその時だろうね。お茶会自体の本題は単に『コンゴトモヨロシク』って事だったらしいけど」
問題は本題以外のネタが濃厚過ぎて消化不良という事だが、これはノアに話せる内容でもない。
「それで、コンゴトモヨロシクされちまったわけか。お前、関わりたく無い奴にばっかり興味持たれる呪いにでもかけられてんの?」
「さっきから怖い事ばっかり言わないでくれるかな……」
騎士ヨハンに弟のアベルといった『カイン』と敵対するはずだったメインキャラクター達、そして魔女ユーディ。目の前のノアに関してもそうだ。気が付けば僕は『エディン・プリクエル』のカインを主軸とした本来のストーリー以上に彼等と関わってしまっている。
確かに呪いと言われるとそんな気がしてきてしまう。ノアに僕が関わりたくない相手を正確に把握されてるのも、怖いといえば怖いけれども。
なんだろう。いつから『エディン・プリクエル』はホラーゲームになってしまったのか。




