得難い友人
どれくらいそうして考え込んでいたのだろうか。不意に、コンコン、とドアをノックする音で沈み込んでいた意識が浮上する。
「……どうぞ」
本来、使用人の居ない僕の家にいるのは僕一人のはずだ。そんなこの部屋のドアをノックするような人間は、知る限り一人しかいない。
隣国ハーヴェの宿屋で、そしてアンダーソン家でいつも遠慮なく侵入してきた男。
「窓から入ってこなかったことは評価するけど、不法侵入には変わりないと思うよ、ノア」
そう。いつも謎に不法侵入を繰り返す男、ノアだ。
カチャリと音を立てて開いたドアの向こうで笑う、予想通りの顔にため息を吐いた。普通に訪問すれば普通に出迎えるのに、どうしてこうも不法侵入にこだわるのか。何故そこまで僕に懸想しているのか。僕は彼をそんな子に育てた覚えはないのだが。
「はは、相変わらず動じないのな」
「目が覚めたら同じベッドに潜り込んでた頃よりは遥かにマシだからね。そうそう動じたりしないよ」
「アレは若気の至りだったなー」
「まったく、一緒に寝たいならせめて僕が起きてる時に入ってきて欲しかったよ。身に覚えがないのに目が覚めたら他人が隣で寝てるなんて状況、怖すぎるんだよ」
当時は暗殺を警戒していただけに、余計に心臓に悪かった。
ノアはいつも、僕が設置した魔力を使った人感センサーをすり抜けて入ってくる。すり抜けるということは、センサーを設置してるのがわかってて忍び込んで来ていたという事で。本当にたちが悪い。
「お、夜に行けば入れてくれるの? もしかして誘ってる?」
「誘ってない。ノアが自制できるなら、隣で寝るくらいなら気にしないって言ってるだけ」
ため息交じりにそう言えば、ノアは少し眉を寄せてそこは気にしろよと返してきた。こういう忠告をするくらい親切な常識人だから気にしないわけだが、あえて教えてあげるつもりはない。
ノアが僕をそういう対象で見ているのは知っている。だけど眠るくらいは親しい友人間なら無いわけでもないので別にいいのでは、とも僕は思っている。
危機感が無いと言われればそうかも知れないが、僕はそれくらいノアを信用していた。
「お前、警戒心なさすぎ」
「だってノアは自制できるだろ」
「できるけど、できますけどー!」
それはそれとして男はオオカミなんだよ、わかれよ、と吠えられてしまった。
僕はノアとどうこうなるつもりはないが友情は失いたくない。ノアの望む進展は拒否しつつも今の気安い距離感はそのままでいて欲しいという、これはシンプルに言ってしまえば僕のわがままだ。
他人に対してこんな甘え方をする事は、前世でもあまりなかったように思う。その意味ではノアは僕にとっては特別だ。あくまで友情の範囲内で、だけど。やりすぎれば嫌われてしまうかもしれないが、その時は自業自得だ。受け入れるしかない。性格が悪いという自覚はある。
「まぁ、でも確かに勝手に部屋に入ってきたりする相手は、普通に考えれば警戒しなきゃダメか。じゃあノアは今後、僕の家は出禁で半径五メートル以内の接近も禁止ってことでいい?」
「良くない。それは警戒心上げすぎだろ」
極端! と頭を抱えてしゃがみ込むノアに思わず笑ってしまう。
「冗談だよ。ありがとう、来てくれて。どうせ僕の様子がおかしいって気付いて見に来てくれたんだろ?」
どこまで本気でどこまでふざけているのかは想像しかできないけど、僕はノアのこういった態度に何度も救われてきた。決してメンタルが頑丈ではない僕がここまで潰れずにいられるのは彼の存在も大きい。
悪ふざけは多いが、ノアは空気も読めれば気遣いもできる男だ。欠点といえば僕に惚れていることくらいだろう。
「……俺、お前の察しの良さ、たまにキライ……」
「あはは、誉め言葉として受け取っておくよ」
「褒めてねえし……」
拗ねたような声に小さく噴き出す。
僕は本当に得難い、良い友人を持ったと思う。




