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フェイタル・リンク・ハッピーエンド−異世界転生は咎人を救うのか−  作者: 紗雪あや


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遠い過去の記憶(2/2)


『リリスの匣庭』でシナリオライターとして一躍有名人になった僕……時任タイキは、会社の人脈を活用してフリーライターとして活動を始めた。

幸い自分は人に好かれやすい性質らしく人間関係のトラブルは少なく、また僕自身も他人と関わることに抵抗が無かったため、業種問わず様々な人間と積極的に交流をしていった。結果、デビュー当初では考えもしなかったような仕事をいくつも請ける事になっていった。

書く事は楽しい。誰かに伝える言葉を綴る事も、ただ文字を打ち込むような単純作業でも、僕にとってはどちらも楽しく苦にならない。

名前が出ない仕事でも、自分の意思が反映されない仕事でも、何でも見境なく請けるうちに、気が付けば方々から縁の下の力持ちのように扱われるようになっていた。

その中にはきっと、単に僕を便利に使っていた人もいたのだろう。それでも僕自身が気にしていなかったし、報酬自体は少なくても仕事を通じて増えた人脈を思えば、僕にとってかなりのプラスになっていた。

書いて、書いて、書き続ける充実した日々。そうして忙しく働く合間で、僕は高校時代の友人と共に同人イベントにも顔を出していた。


(きっとこの頃が、僕にとっては一番自由な時期だった。やりたい事をやって許される、そんな日々だった)


流石に本を作るような時間的余裕はなくなってしまったが、代わりに自分の作った作品の二次創作を見るという楽しみができた。

『リリスの匣庭』は他の有名なゲーム作品と比べても二次創作人気がすこぶる高い。

エンディングで感動する傍らで「主人公達にもっと幸せな未来はなかったのか」「どうしてリリスに救いがないのか」と嘆く人達が、自分の手で幸せな夢を見るのだと、次々に筆をとったからだ。僕には経験がないが、二次創作とはそういった動機で盛り上がることが多々あるらしい。

僕自身はゲームの結末には満足していたが、それはそれとして整合性をかなぐり捨ててでも幸福な物語を綴る人達の熱量は心地よかった。

リリスはリリスで、二次創作は二次創作で楽しむ人達の姿を微笑ましく思いながらも、自分も他人の手で創られた幸福な夢を歓迎した。

作者に二次創作を見られるのは気まずいと言われているが、時任タイキとしては同人活動していた時期にしか顔出しをしていないから、何食わぬ顔で堂々とリリスの同人誌を買って回っていた。

そんな中、際立ってハッピーエンドにこだわっていた創作者が彼女、三科チトセだった。

まだ当時は中学生だっただろう彼女は、溢れんばかりの幸福な物語を一冊の本に凝縮させていた。表紙から既に見て取れる純粋でキラキラとした幸せに目が眩んだのをよく覚えている。

本編との整合性なんてない、ストーリーも拙く、作画も特別綺麗なわけではない本だったが、それでも情熱だけはよく伝わった。

リリスの世界が好き。幸福な結末が好き。好きなものを好きなだけ詰め込んだ本の内容に、なるほどこれも同人誌のあるべき姿だと僕は妙に感動した。

だから、印象に残っていた。

だから、一度だけ話しかけたこともあった。


『新作面白かったです。過去作も拝見しましたが、どの作品もハッピーエンドなんですね』

『ありがとうございます! はい、どんな大変なことがあっても、最後に迎えるのはハッピーエンドが良いじゃないですか』


リリスの世界すべての幸福を願う彼女。

ハッピーエンドを愛する彼女。

僕の知る彼女自身も、幸福が良く似合う少女だった。

だから、彼女が死んだあの時。

あの場に居合わせてしまった僕は、僕自身に失望したんだ。

光を失った瞳が、いつまでも僕を見つめているような気がした。




「……最悪だ」


朝、悪夢にうなされて目を覚ました。

これまでも転生してからは悪夢ばかり見ていたけれど、今朝のそれは妙にリアルで憂鬱な気分にさせられた。


カイン=アンダーソンの前世は時任タイキである。


そんな、自分にとっては当たり前の事実を夢として見せられることが、こんなにも重苦しい気分にさせられるものだとは思わなかった。

良い人たちに囲まれた人生だった。仕事では大きな成功を収めた。金に困ることはなく、所謂勝ち組側の人生だったともいえるだろう。それでも、僕にとって自分が自分であることは悪夢に他ならないのだと、まざまざと見せつけられた気分だ。


「最悪……」


もう一度言葉にする。

それもこれも眠る前に見たユーディのメッセージに揺さぶられたからだ……なんて言い訳をするつもりはない。

きっとマリアの前世を知った時点で、僕は生涯この罪悪感からは逃れられない。遅かれ早かれこの悪夢は見ることになっただろう。

僕のせいで死んだ彼女。そして、きっと僕のせいでここに転生してしまった彼女。どうしたら、償えるだろうか。

前世の僕は時任タイキである、それはもう逃れようもない事実だ。

マリアやユーディに語ったフリーライターというのも嘘ではないが、時任タイキだとはあまり公言したくなかった。もっとも、ユーディにはバレていたようだけど。

ゲーム『リリスの匣庭』や未発表作『エディン・プリクエル』のシナリオライター。そして、この世界の創造種。その事実は重い枷のように感じられた。

この世界で起こったシナリオ上の悲劇は全て自分が元凶だ。それを知って改変した先で起きた悲劇もまた、予測できた以上僕の罪だろう。

この世界を『悲劇の絶えない世界』と定義したのは紛れもなく僕の意思だ。フィクションだけでなら許されていた傲慢も、ここが現実である以上、全責任は僕にあると言っていいだろう。

背負いきれない。償いきれない。彼らを不幸へと陥れてしまった罪。

そして、僕の罪はそれだけにとどまらない。


「僕のせいで、この世界に彼女を転生させてしまった」


三科チトセが『エディン・プリクエル』の世界に転生したのには、おそらく複数の理由がある。

ユーディの言っていた、この世界は縁や絆が強く影響されるという仮定が事実だとすれば、おそらく彼女が転生した原因のひとつは僕だろう。

僕は、目の前で死んだ三科チトセに対して強い後悔や罪悪感、そして後ろめたさがある。それは誰に言われずとも自覚できるほど強固な感情だ。おそらく僕と彼女のリンクチェーンの数値が異常だったのもこれが原因だろう。

……まぁ、三科チトセの『シナリオライター 時任タイキ』への情熱も負けず劣らずリンクチェーンに影響するほど強固だとは、思うけれど。たまに、ちょっと、かなり怖くなるくらいに。

何にせよ、彼女がすべてを忘れて穏やかに次の輪廻に乗る機会を、僕は身勝手に握りつぶしてしまったのだ。


この世界で彼女に償えるとしたら『マリアのバッドエンド回避』くらいだ。少なくとも僕はそう考えている。

もう二度と、彼女を僕のエゴで死なせるわけにはいかない。ハッピーエンドが似合うあの少女には、時任タイキの紡ぐ悲劇的な結末は似合わない。


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