遠い過去の記憶(1/2)
記憶に残っている、かつて僕の母親だった女性は、生気のない瞳をした人だった。
いつも真っ暗なワンルームで一人、つけっぱなしのテレビをぼんやりと見つめている姿が印象的で、その瞳が僕を映した記憶はほとんどない。
大学生の頃に僕を身籠ったという母は、絶えず複数人の相手と関係を持っていたらしく、僕の父親が誰かを知らなかった。
妊娠したと発覚した瞬間、彼女を取り巻いていた男達は波が引くように離れていき、時機を逃した彼女は堕胎することもできずに学生のままシングルマザーにならざるを得なかったと聞く。男遊びの酷い母の自業自得とは言え、彼女を弄んでいた男達も相当なクズで、その血が自分に流れているというのは考えるだけで不快な気持ちになる。
憎まれる事こそ無かったものの、母は僕に対して愛情は一切持っていなかった。捨てられるまでの三年間も、おそらく義務として育児をしていたのだろう。
僕は、僅かな記憶の中で一度も彼女の笑顔を見つける事ができなかった。
(それでも僕が母親を心から憎めないのは、きっと彼女を憐れんでしまっているからだ)
妊娠と出産、そして乳児の世話を突然することになった母は、心身にかかる負担から大学どころではなくなっていたが、祖母の説得もあり卒業だけは何とかしたらしい。それでも、若くて学生気分の抜けていないシングルマザーにまともな就職先はなく、彼女は賃金の安いアルバイトを掛け持ちしながら小さなアパートで僕と暮らしていた。
今にして思えば、きっと母はどうしようもなく幼くて弱い人だったのだろう。産んだ子供以前に、自分自身の世話もまともにできない程に。
母は、僕が言葉を話せるようになる頃にはもうアパートにほとんど帰らなくなっていた。代わりに家に来てくれていたのは、セーラー服に身を包んだ女の子……叔母の真波さんだった。
彼女は週に何度か家に上がっては、料理をタッパーに詰めて冷蔵庫に詰めていく。そして、時間があれば僕に絵本を読んでくれていた。振り返ってみると、彼女はまだ高校生だというのに母の妹とは思えないくらい優しくて、人格者だった。
(文字も、家事も、僕は彼女から教わったんだよな……)
彼女がいなければ僕は小学校に上がるまでに字も碌に読めなかっただろうし、生きる術も持たなかった。そして運が悪ければ成人するまで生きていなかったはずだ。
育児放棄された僕が、何故母の実家にも保護施設にも行かずたった一人でアパートに住み続けていたのかは知らない。今更疑問に思ったところで答えなんて見つからないし興味もない。
幼児が長期間一人でいて、転落事故や火事を起こさなかったのだって奇跡的だ。やはり運が良かったとしか思えない。
……ともかく僕は叔母と、時々彼女に連れられてやってくる祖母に見守られながら、小さなアパートの一室で育った。幼少期からの一人暮らしは大変な事も多かったけど、周囲の大人達はサポートしてくれたし、それが『普通』だと思っていたからあまり苦ではなかった。
学校に上がってからも家庭環境を理由にいじめられることもなく、友人にも恵まれた。友人達がゲーム機ごと貸してくれたRPGでゲームの楽しさを知ってからは、頭の中から溢れるように湧いてくる物語を、勉強する傍らノートに綴った。
それが高校の頃、友人の目に留まり「タイキは同人誌に興味ないか?」と創作同人の世界に誘われた。
誰に憚ることなく好きな事を書いて、好きなように頒布する。それまで考えたこともないような世界がそこに広がっていた。
その楽しさに、僕はバイトを増やしてでも費用を捻出して没頭した。大学に行けなくても、いくつものバイトの掛け持ちで疲れ切っていても、物語を綴る手は止まらなかった。
(自分の中にある世界を、目に見える形で残したい)
それは、欲求というよりも衝動に近かった。
創造種。
ユーディから説明されたそれが開花したのは、きっとその頃だったのだろう。
あの頃は創作さえしていれば何もいらなかった。生活のほとんどをバイトと創作に費やしていた。そして生まれたのが『エディン・プリクエル』の大元となる同人誌だった。
僕は、僕がそれを創作しているだけで満足だった。幸せだった。
だけど、ここで転機が訪れる。
偶然、僕の本を読んだゲーム会社の社員が頒布イベントの最中に僕をスカウトして来たのだ。
「ゲームシナリオの執筆に興味はありませんか?」
今にして思えば、どうしてあんな弱小サークルの本に目を留めたのか甚だ疑問だが、僕はその出会いを通じて『シナリオライター 時任タイキ』としてのデビューを果たすことになる。
自分で好きに創れる同人誌と違い、ゲームシステムや会社側との兼ね合いを考えた、チームで行うゲーム制作。初めて体験するそれは新鮮で、思いのほか楽しくて、筆が乗りに乗った結果生まれたのが『リリスの匣庭』だった。
落ち目の中堅ゲーム会社が起死回生にと売り出したそれは、瞬く間に大人気になり、僕は今ひとつクリエイターとしての実感の薄いまま、大人気シナリオライターという肩書を背負う事となった。なってしまった。
きっとこのゲームが生まれなければ、彼女が死ぬこともなかっただろうに。




