魔女にルールは適用されない
「もしかして前世の君の名前は、三科チトセ?」
「えっ、どうして知ってるの……?」
目を見開いたその反応は、僕の質問を肯定するものだった。
……三科チトセ。僕は彼女の事を知っている。
リリスシリーズが好きで、ハッピーエンドが好きで、笑顔の可愛らしい女の子。
「僕が死ぬ一年前に、リリスシリーズのイベント会場で、通り魔に殺された女の子だ……」
「通り、魔……?」
呆然とした様子に、やはり彼女は死んだ瞬間の事を忘れているのだと確信する。
無理もない。普通に日本で生きてきた十代の女の子が凶刃に倒れその生涯を終える、なんてまともな精神をしていたら耐えられない。
心のどこかで安全装置が作動して忘れてしまってもおかしいとは、少なくとも僕は思わなかった。
「ああ、あの事件! 私もその時は日本にいたよ。あの事件でイベント会場の手荷物検査がかなり厳しくなったんだっけ」
ユーディの言葉に首肯を返す。
当時はあまりにもショッキングな事件だったため、新聞もニュースもしばらくはこの事件一色だった。安易なオタクバッシングもあったし、ゲーム会社やリリスシリーズ自体への批判や批難の声もかなり聞こえてきた。
『リリスシリーズのファンなら誰でも良かった』
それが犯人の動機。彼は熱心なリリスファンからの反転アンチだった。
「マリアは三科さんだったのか……」
雑誌やワイドショー、そして彼女の遺族が話していた彼女に関する情報や性格と、これまでのマリアの言動を思い返せば、それはあまり違和感なく受け入れる事ができた。
「もしかして、カインは私の知り合いだったりするの?」
「……いや。そういうわけではない、かな」
僕は彼女の顔も名前も、事件を通じて知っている。
それ以前にも、イベント参加率の高い僕と彼女はお互いに知り合い未満ではあったが、会場ですれ違ったりもしていた。
「リリスのイベント会場、通り魔……」
「マリア、顔色が悪いよ。無理に思い出さない方がいい」
「そうそう。忘れてるって事はそれなりの理由があるし、強引に思い出すと当時のトラウマがあったりすればそれも表出しちゃう。今は『悪夢は別世界のマリアの記憶が混ざってる』だけで自分には関係ないって事がわかれば十分でしょ」
珍しくユーディも揶揄ったりせずにフォローを入れた。それだけマリアの顔色が酷かったのもあるのだろうけど。
「君達みたいな特殊な死因の転生者は、あんまり前世に固執すると精神が持たないからね。気楽に考えなよ」
まあ、マリアちゃんは比較的前世にこだわってない方だけどね、とユーディがチラリと僕を見た。
彼女が言いたいことはわかる。彼女の言う所の縁の糸とやらが見えるのならば、前世に縛られているのは間違いなく僕の方だろう。
マリアは三科チトセよりもマリア・レイライトとしての生を生きているが、彼女と違って僕はカインとしての自覚が薄い。
前世からの罪を背負ったまま、この世界の住人とはどこか一線を引いている。
余程深刻な顔をしていたのだろう。ユーディは小さく息を吐くと椅子に深く座りなおした。
「二人共ちょっと情報過多で疲れちゃったかな。それなら難しい話はおしまいにして、あとはお茶しながら本題に入ろうか」
……うん。
本題。本題ってなんだ。まだ何かあるのか。
情報のびっくり箱なのか彼女は。
「あはは、本題って言ってももう深刻な話はしないってば」
少なくとも、話がしてみたかった。それだけではないような気はしていた。
「メアド、交換しようよ」
「……え?」
「は?」
「ふふ、二人共いい反応。二人とはコンゴトモヨロシクしたいからね。メアドの交換くらいはしておきたいんだよねえ」
僕はこの一回でお腹いっぱいです。
そもそもこのファンタジー全開な世界にメアドってなんだ。スマホやパソコンなんてあるわけがな……ない、よな。もう相手がユーディの時点で常識で考えてはいけないのだろうが。
「メアド」
口にするその言葉は、あまりにも懐かしい響きを帯びている。
「スマホもないのにどうやるんですか?」
「うんうん、今教えるね。二人共、ちょっとステータス画面開いてみてくれるかな。それで、右下のnewって書いてあるところ、選択してみてよ」
いやいやいや。知らない、知らないぞこんなの。本当に new って表示されてるんだけど、何この機能。
ありえない。
大前提として、リリスシリーズはスピンオフのスマホアプリを除き全て家庭用ゲーム機で遊ぶ一人用オフラインRPGだ。そもそも通信機能自体を搭載していない。勿論この『エディン・プリクエル』にも追加予定なんてなかった。
そんなこの世界に『メッセージ機能』があるだって?
「うふふふ、こうやって他人が仰天するのは何度見ても良いものだよねえ。私は所謂チート的なものだから、プレイヤー本人達が目の前にいるなら、こうしてちょちょいっとイジれるわけよ。概ねハッキングと思ってくれて構わないよ」
「なんてことするんですか」
チートはチートでも、本来の意味でのチート行為じゃないですかそれ。勝手に妙な機能を増やさないでください。いや便利だけれども。
そして、そんな芸当をちょちょい、でやってしまうユーディは本当に何なんだ。日本人……いやロシア人か、どちらでもいいが、少なくとも地球に生きた普通の人間にできる芸当ではない。
やっぱりこの人、人間じゃないだろう。平行世界の事と言い、謎が多すぎる。
『どう? メッセージ届いた?』
ぴこん、とステータス画面の端にチャットウィンドウのようなものが開く。届いちゃうんだな……本当に。もう驚いたりしないぞ。フラグとかでなく。
返信アイコンから『届きました』とシンプルな返信をしてから、やり方を教わってマリアともメッセージ機能を繋げる。
「最後の最後でとんでもない機能出してきましたね……」
「ふふふ、さっきも言ったけどこっちが本題だからねえ。これなら他人に知られたくない情報もこっそりやり取りできるでしょ。きっとこの先必要になるよ?」
「……嫌な予言しないでください。本当に」
これが必要になる程の機密をやり取りなんてしたくない。特にこの人とは。
だけど離れた場所にいる相手と連絡が取れるのは間違いなく便利だし、マリアにメタ的な情報をこっそり渡すのが格段に楽になるのは確かだ。
マリアも「これならいつでも会話できるね」と初めて自分の通信機器をもらった子供のように喜んでいるから、まぁ、いいか。
いい加減、目の前で意味深な笑顔を浮かべる魔女と、彼女の口から飛び出す情報について考えることに疲れてしまった。行儀悪く背もたれに体を預けると、ぬるくなった紅茶を飲んで大きく息を吐く。
知りたかった情報も、知りたくなかった情報も、今は頭から追い出して空っぽになりたい。
こうしてお茶会を終える頃には辺りはすっかり暗くなっていて、僕達は出入り口にいた真面目そうな衛士さんによって安全に自宅へと送られたのだった。
……この人も随分と苦労性だな。
◇◇◇
新着メッセージ:2件
マリア
[こんばんは、今日は大変だったね。ユーディのキャラも濃かったし、知らない事ばかりで目が回っちゃったよ。カインも色々聞いて疲れちゃったよね? 今日はお互いゆっくり休もうね。おやすみなさい]
ユーディ
[こんばんは、いい夜だね。この世界は夜がとっても綺麗だから大好きだよ。君も夜が好きなのかな、それとも綺麗な夜に憧れてた? どっちでもいいけどね。次に会ったら君の前世についても聞かせてほしいな。こんなに美しくて悲劇に溢れてる世界を創った『時任タイキ』くんの事、もっと聞かせてね。じゃあ、おやすみなさい。良い夢を]
◇◇◇
執筆速度が追い付かなくなってきたので次回から不定期更新になります。
これまでより間隔が長くなると思いますが、今後ともよろしくお願いします。




