悪夢と転生の因果
ふふ、とユーディは怪しく笑う。どこか魔性めいたそれは到底前世に同じ世界で生きていた一般人とは思えない。
まさか本当に人外だったり……いや、やめよう考えたら負けだ。
「じゃあ、この世界が下位世界ってことは、もしかして時任タイキもカインと同じで創造種だったってこと?」
「そうだね。じゃなきゃ『エディン・プリクエル』がベースの世界なんて生まれないはずだ。きっと、彼の中のリリスワールドがここなんだろうね」
事実、シナリオライターとしての時任タイキは夢想家の男だった。特にこのリリスシリーズに関しては人生で一番情熱を注いでいたと言っても過言ではない。魂を削っていた、と言われても今なら納得できる気がする。確かにアレが創造種の性質だと言われれば、その通りだったのだろう。
僕の言葉にマリアも、確かにあの人は頭の中に世界くらい抱えてそう、と納得していた。言いたいことは分かるが、頭の中に世界を抱えるって表現はどうなんだろう。
「マリアちゃんは時任タイキに詳しいんだ?」
「前世からずっとファンなので!」
えっへん、と胸を張るマリア。発言はともかく、その仕草は自身に満ちていて可愛い。
それをユーディはニコニコと見ている。彼女の場合、笑顔には何か含みがありそうに思えて少し怖い。
「マリアちゃんがこの世界に転生したのは、その『時任タイキへの情熱』が縁になってるのかもしれないね」
縁とか絆とか、この世界と相性がいいからねと言ってユーディは僕へと視線を向ける。
確かに、この世界『エディン・プリクエル』のテーマは良くも悪くも絆であり、システムもリンクチェーンの影響が強い。仮にこの世界のシステムとマリアの時任タイキ愛がマッチングしてしまえば、こうして転生が起きてしまうというのも……ちょっと理解はできないが納得できる。
そして僕が転生した理由もまた、この世界との縁によるものだ。
縁も絆も因果も、突き詰めれば同じ『繋がり』だ。この世界でそれは運命すらも捻じ曲げる力がある。
「あ、そうだ。これはカインにも相談したことがあるんですけど、いい機会だしちょっと質問していいですか?」
「いいよ、なぁに?」
「これまでユーディは『エディン・プリクエル』の他のエンディングの世界を見てきたって事ですよね?」
「そうだよ。それを聞くってことは、マリアちゃんの身の回りで気になった、エンディングに関わりそうな事でもあった?」
「ええと、はい。それで、私事なんですけど……私が殺される展開について幾つか教えてもらえませんか?」
そう言ってマリアはキュッと胸に当てていた手を握りしめた。
ああ、成程と今更気が付く。
マリアがバッドエンドの悪夢を見ている、と言うのは以前に聞かされていた。
ユーディならマリアが長年見ているという悪夢について詳細を知っているかもしれない。
マリアが僕やジュードにいたずらに不信感を持ったりしないように、僕があえて口を閉ざしている内容すらも。
マリアは自分が悪夢を見ている事実と、その内容をユーディに語って聞かせる。ユーディはというと、ふむふむと興味深げに彼女の話に聞き入っていた。
「ごめんねマリアちゃん。最初に謝っておくけど、私もその展開の死因については詳細まではわからないよ」
「そう、ですか」
「うん。その事件は大勢がいる場所じゃなくてマリアちゃんの家、つまり密室で起きてることだから……」
確かに彼女の行っていることがあくまで平行世界の移動だけなら、遠見の魔法でも使わないと知ることはできないだろう。ユーディ自身がマリアと親しくなっていれば別なのだろうが、その場合は今回みたいにシナリオ自体が破綻していそうだ。
そういう事件が起きたという情報だけなら、学園都市内にいれば知っていた可能性はあるだろうけれど、それだけだ。
「でも悪夢を見る原因なら見当がつくよ」
言いながら紅茶のお代わりをしようとしたユーディが、ティーポットの中身が無くなっている事に気付きポットの側面をツンツンと突く。すると空のはずのティーポットから、また新たに湯気の立つ紅茶が注がれた。サラっと未知の事をやってのけている。なにそれ怖い。どうやらこの人は喋らなくても爆弾を投下してくるらしい。
この世界に存在しないタイプの魔法の行使に戦慄していると、熱々の紅茶に満足した彼女はまた口を開いた。
「マリアちゃんってさ、前世で死んだ時の記憶が曖昧なんじゃないかな?」
「え……そう、ですけど。どうしてそれを?」
「私の見立てだと、どうも悪夢の内容と死の記憶が混線しちゃってるっぽいんだよねえ。前世と今のマリアちゃんと別世界のマリアちゃん。三人分の縁の糸がね、絡まってごちゃごちゃになってる。これは多分、君がこの世界に転生しちゃった原因のひとつでもあるのかも」
縁の糸、というまた知らないワードが出たけれど、これに関しては文脈から大体わかるのでスルーする。いちいち突っ込んでたら日が暮れそうだし、意味だけ理解できていればいい。
人の因果のようなものがユーディには可視化できているのかもしれない。きっとそういう事だろう。
「マリアちゃん。私の推測だと、前世の君も刺殺されてるね。悪夢で殺された『別世界のマリア』みたいに」
刺殺。
息を呑むマリアにユーディは少し考えてから口を開く。
「マリアちゃんは、前世では特殊な家柄とかじゃなかったんだよね?」
やくざとか、政治家とか、憑き物筋とか、変な能力者団体とか。ユーディはクルクルと指を回しながら、君は普通っぽいよねと呟く。
……彼女のニュアンスだと、前世の世界にもファンタジーやオカルト要素があるようにも聞こえてくるけど、まぁ創造種なんてものが存在する時点で気にするだけ野暮なのだろう。
「うちは一般的な家庭だったと思います。普通の家よりはお金持ちだったとは、思いますけど」
「まぁ、それは普通の範疇かな。なら、やっぱり君のこの世界に対する情熱と『別世界のマリア』と同じ死因に引き寄せられちゃった転生なんだろうねえ。夢に見ちゃうのもきっとそれが原因」
「そうだったんですか……」
「思い出せない? と言っても、無理に思い出さない方が良い死因っぽいけどね。女子高生の刺殺事件とか、絶対ニュースになってそう」
そう言えば、以前マリアは高校生の頃で記憶が途切れていると言っていた。
リリスシリーズ最新作だったアプリゲームへの理解度から見ても、きっと死んだ時期は僕が死ぬより少し前。そんな事件があればまず間違いなく連日ニュースに取り上げられるし、記憶にも残るはずだ。
「……」
「どうしたの、カイン?」
忘れられない記憶が頭の中でフラッシュバックする。バクバクと胸が嫌な音を立てた。
血の気が引いていくのが自分でもわかる。
硬いコンクリートの床に流れていく赤い血。周囲から聞こえる悲鳴。忘れられない、忘れるはずのない光景が瞼の裏で明滅する。
まさか、彼女は。




