それはいつもの昼食風景……のはずだった
転移騒動からもうすぐ二か月が経とうとしていた。談話室での一件以降は僕達の身に何かが起こるでもなく、僕は平穏な学園生活を送れている。
今日も特別な事は起きず、無事に午前の授業が終わり昼食の時間になっていた。
がやがやとした喧騒の中で弁当を広げる。そんな学生らしい昼食風景は、何とも言えないノスタルジーを感じさせて、何度体験しても飽きない。
カインに転生してからも、僕の感性は変わらず三十代のままだ。むしろ転生後の年数も加算されてもっと年寄り臭いかもしれない。
そんな事を考えていると、頭上にふっと影が落ちた。見上げた先には意外そうな感情を顕わにしたジルの顔があった。
「あれ、今日のカインは昼メシ食堂じゃないんだな」
「うん、たまにはお弁当も良いかと思ってね」
今年は課外授業の報酬のおかげで食堂の無料利用ができるのもあって、最近は特に食堂の利用率が高かった。でも今日は昨晩の夕食を作り過ぎてしまったせいで、在庫処分も兼ねて弁当にしている。
とは言え、僕の作る料理は洋食が主で、大抵の場合リメイクは横着してサンドイッチにしてしまう。使うのがパンなのも、余らせがちな自分にはちょうど良いし、何より楽だ。
それにノアに教えてもらう店のパンはいつもハズレが無くて、昔からついつい買い過ぎてしまうから常に家では在庫豊富だ。
「あ、これ美味そ」
木製のランチボックスに入ったサンドイッチをひょい、とごく自然にジルが取り上げて頬張る。彼が手に取ったのはスライスハムとコールスローのサンドだったらしく、シャキシャキとキャベツを咀嚼する音が響く。
「まるで自分のものみたいに手に取るよね」
「沢山あるしいいじゃん。このソース和えした刻み野菜を食べると、カインの弁当食ってるなって安心するわ」
確かに僕の弁当には何はなくとも必ずコールスローが使われてはいるが、安心するくらい何度もつまみ食いするのもどうなのか。
「どうしてジルはいつも僕の弁当を狙うかな……」
前世にも一人いた。必ずひとつは僕のおかずを奪っていくクラスメイトが。
ジルを見ていると彼を思い出す。なんだかんだ卒業後も親しくしていた友人だった。僕も文句を欠かさないながらも、つままれる分を想定していつも多めにおかずを作ってたっけ。
「だってカインの弁当は何食べても美味しいからさー。最近カインは食堂ばっかりじゃん。余ってるならうちにも料理人を貸してほしいぜ」
「無理」
「けち」
「けちで結構。ちなみにこれは料理人じゃなくて僕の手作りだし、わざわざジルの家まで行って作るとか、面倒だからやっぱり無理」
「……は? マジ?」
「何が」
「これ、カインが作ってんの?」
目を丸くするジルに首肯で返す。まぁ、ここでの一般論として自炊が普通じゃないのは理解しているけど、ジルの反応は大袈裟に感じる。学生なんだから自炊する人くらいいるだろう。
「マジだよ。それにこれは昨日余った夕食のリメイクだから、ジルの思ってるような高尚な料理じゃないからね」
言ってマスタードチキンのサンドイッチを頬張る。たとえ前日のチキンでも、氷魔法で作った保冷庫に入れておくことで冷蔵庫を使うのと同程度保管できるのは便利だ。冷蔵冷凍庫にコンロにオーブン、フードプロセッサーや圧力鍋まで。調理に限らず、大抵の家電は魔法を応用すれば代用できる。やはり魔法とは良いものだ。
「今年は学食無料にしてもらってるけど、家にある食材を余らせるもの無駄だし。それに楽しすぎて料理の腕が落ちても嫌だからね」
「いやお前、子爵家子息だよな、貴族だよな!?」
「そうだよ。でも自分の味覚に合ったものが食べたいなら作る方が手っ取り早いし、余りものをリメイク料理にするのは良い頭の運動にもなるよ。最近はサンドイッチに逃げがちだけどさ」
「余りものとか子爵家の坊ちゃんが食べる者じゃない!」
ツッコミが追い付かない! と頭を抱えるジルにふっと笑いがこぼれる。
正論を言われている自覚はあるが、いつもボケる側にいるジルが珍しく常識人らしい発言しているのは、少し新鮮で面白かった。
デザートのカットフルーツも前日サラダに入れた残り物だし、前日から持ち越していないのはゆで卵くらいだ。まだまだ前世で過ごした人生の方が長い僕にとっては、庶民の生活の方が性に合う。
「そもそも余りものを使った料理とかどうやるんだよ、貴族としてどうなんだそれ……」
「いやいや。ジルくんや、それ以前に子爵家のお坊ちゃんは普通、厨房には立たないし料理もしないでしょー」
「……そ、そう。それは本当そう。流石レア嬢、俺よりツッコミが的確」
「だって私なんて厨房とか見たことすらないし」
ジルの後ろからひょこっと顔をのぞかせたレアが、相変わらず美味しそうなもの食べてるねえと笑う。ランチボックスを持っていないところを見ると、今日のレアは学食だったらしい。
デザート代わりにどうかな、と隙間埋めに作ったローリーポーリーもどきを渡すと、レアも大喜びで食いつてきた。
「んまーい! って言うかサンドイッチの味もひとつひとつ違うの、手間かかり過ぎでヤバーい!」
「毎日やってたら慣れるよ」
「……ん。ないない。私なら仮に平民になっても絶対慣れない自信がある」
「怖いから急に真顔にならないでくれないかな?」
確かに毎日欠かさずに料理をいくつも作るのは、慣れだけではなく個人の適性もあるのだろう。でも僕の場合は物心ついた時にはもう自炊への第一歩は踏み出していたし、毎日の事だったのでどちらかと言うと慣れだろう。
自分だけの為に品数を増やすのは、人によってはモチベーションの維持が難しいのも頭では理解している。
「日々の食事を自分の味覚に合わせてるだけなんだけどな」
「そんなこと言って、カインが作れるのって食事系だけじゃないよね。前にもらったお菓子も、お店が出せそうなくらい手が込んでて美味しかったし。あのクオリティのお菓子が自分で作れて日常的に食べられるなんてうらやましいよ」
「マリア」
「私もちょっとくらいお菓子作り勉強しようかなぁ」
少し離れた席からルースと昼食を摂っていたマリアが急に参加してきた。また食べたいなぁ、とニコニコするマリアは今日も最高に可愛い。この子は本当に顔がいい。言ってることは食にこだわる日本人感満載だけど。
「どうやったらあんなに美味しいお菓子が作れるのか教えてほしいよ」
「それって手土産に渡したお菓子の事?」
「そうそう、あのフィナンシェすっごく美味しかった! ジュードもクッキー気に入ったって言ってたし、また食べたいな」
「今度焼いてこようか?」
「ぜひに!」
でもレシピも教えてね、と言うマリアにわかったよと笑って返す。美味しいものに関して興味が強いのは、やっぱり日本人らしい。
僕も前世の趣味は半分くらい料理だったからなぁ、と懐かしんでいると、やり取りを眺めていたジルが呆れ半分に口を開いた。
「なぁ……カインは一体どこを目指してるんだ……?」
「いや、どこって言われても……」
「だって将来は子爵家を継ぐんだろう? それなのに王宮や騎士団から声がかかりそうなくらい剣技も学力もトップクラス、おまけに料理だろ。最終的に正体不明の凄腕覆面シェフにでもなるつもりなの?」
「えぇ、なにそれ……」
どこからやってきた発想なのだろうか。そもそも覆面シェフとやらに剣技と学力は何も関係ない、料理が美味しかったならそれを普通に褒められた方が嬉しい。
「大体なんだよ、凄腕覆面シェフって……」
思わずそう呟くと、ジルレアは待ってましたとばかりにその場に立ち上がる。スポットライトでも当てられたかのように大袈裟な動きだ。
「うわ」
それを見て二人のテンションに火をつけてしまったことを悟り、軽くこめかみを押さえた。ノっている時のジルレアは面白いけどちょっとウザ……賑やかすぎる。
遠巻きに見ていたマリアとルースはやっちゃったね、と苦笑しながら見守っている。他人事だと思ってとは思うけど、事実として他人事だからそこは仕方がない。
「そこは王族の主催する華やかな夜会! 貴族たちの集まる立食パーティーの会場では近頃ある噂が立っていた!」
芝居がかった口調でジルが語り始めると、レアもそれに追随する。どうでもいいけど僕を挟んで始めないでほしい。
「社交がメインのはずのパーティーを騒がせていたのは、なんと人ではなく料理の噂! なんでも王宮では稀に、予定にない料理がビュッフェ台に並んでいる事があるらしい。とまことしやかに囁かれていたのだ!」
「それは宮廷料理人ではない誰かの作! だがどの料理よりも繊細で貴族達の肥えた舌を満足させるものだった!」
「あの料理を作ったのは誰なの、ぜひ私の屋敷に招きたいわ!」
「誰もがそう思い血眼になって探しているのに見つからない。誰も姿を見たことがない凄腕覆面シェフ、その正体とは……!?」
と、そこでジルレアがバッとハイテンションなまま僕の方へ振り返った。二人の騒がしさに注目していたクラスメイト達まで一緒になってこっちに視線を向けている。ほんとやめて。
教室中の視線が集まる先。頬杖をつきながら素直な感想をと口を開く。
「……それ、王宮外の人間が作る料理が夜会に紛れ込んでる時点で、何が入ってるかわからないし、かなり危険なやつだよね」
「うっわ真面目過ぎ。つまんなーい」
「ノリわるーい」
「むしろ、君たちはサンドイッチひとつでよくそこまで賑やかになれるね」
まぁ、それはそれで学生らしいとは思うけど。
手の中にあったサンドイッチ、その最後のひとくちを頬張って目を細める。
こういう無駄なやり取りの積み重ねは、いつか振り返った時に楽しい青春のおもいでになるんだよなぁ、と年寄り臭い感想を思いつつ食べ終わったランチボックスを鞄の中にしまう。
それから残った休憩時間を文字通り休憩にあてていると、教室のドアが開いて学年担当の教師が顔をのぞかせた。
「アンダーソン、いるか?」
「あ、はい何ですか?」
「研究棟の方から呼び出しがかかっているぞ。詳しくはこの封書に書かれているから読んでくれ」
「わかりました。ありがとうございます」
身に覚えは……ある。
研究棟という言葉は最近聞いたばかりだし、おそらくこの手紙の差出人だろう彼女は、今後も僕と接触するつもりがあるようだったから。
内容に想像がつくようなつかないような妙な緊張感と共に封筒を開く。
『親愛なるカイン=アンダーソンくん
突然の呼び出しゴメンね。君達とお近づきになるためにひとつ、お茶会をセッティングする事にしたよ。急用が無ければ放課後に研究棟まで来てね。
そうそう、君だけじゃなくてマリアちゃんも連れてきてくれると嬉しいな。彼女も君と同じなんでしょう?
それじゃあよろしく!
君の助言者・ユーディ』
……女子高生の折り手紙か何かかな?




