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フェイタル・リンク・ハッピーエンド−異世界転生は咎人を救うのか−  作者: 紗雪あや


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[幕間] 王家の噂とカイン・アンダーソン(2/2)

前回に続き三人称視点です。


「……以上が自分の知る噂の概要です」

「セトは、カイン先輩がその子供だと思っている。ということですか?」

「……その可能性は、あると思います」

「どうして? 仮に真実だとしても、噂ではその子供は亡くなったのでしょう?」

「母子が亡くなったとされるのは、王妃陛下が懐妊されて一週間後の事でした。当時は正当な血筋の子が生まれるのに、正妃の子でない兄が存在するのは良くない、という話も王城内で囁かれていたらしいです」

「ま、待ってセト。それは噂なんですよね?」


突然放り込まれた具体的な情報にアベルはギョッとして目の前の二人を見る。視線の先にいる二人は気まずそうな表情で視線を彷徨わせていて、今聞かされた情報は彼らにとっては既知のものだと彼にも理解できた。


「その、王城勤めの大半にとってはただの不敬な噂ですが、一部の人間にとっては事実です。何せ妊娠期間の日常生活から出産まで、全て王城で内密に行われていましたから。妊婦の世話をした者や医者は、今も母子の存在した事実ごと口止めされています」


セトの言葉にアベルは咄嗟にノアに視線を向けるが、ノアも黙って首肯していた。それが事実なら諜報員に周知されていないわけがない。

確かに醜聞もいいところだとアベルは頭を抱えた。国王が王妃以外の女性に手を出しただけに留まらず、母子共々、その存在と死を隠蔽しているのだ。

それにアベルも馬鹿ではない。母子の死、それがただの病気や事故ではないだろうことは容易に想像できた。様々な憶測がアベルの脳内を埋めていくが、今の本題はそこではないと無理矢理頭の隅に追いやる。


「……だけど、カイン先輩が本当に僕の異母兄だったとして、当時赤子だった先輩が談話室を知っている理由にはならないのでは?」

「もし、母子が生きて王城から逃げたのだとしたら、それを手引きした人間がこの通路を知っていて利用した可能性があります。後にその者が先輩に入れ知恵する事もあるかと思いました」

「いつか、カイン先輩が通路を使って王城に入る可能性を見越して、という事ですか?」


アベルの言葉にセトは頷く。それが事実だとしたらそれは反逆の意志があると捉えられても仕方のない行動だ。逃亡を手引きした人間に、本当にそのような思惑があったのかは、今となっては確かめようがないが。

そこまで考えてから、もう一度アベルは疑問を抱いた。


「そもそも、どうしてカイン先輩とその子供が同一人物だと思ったのですか? 年齢が該当する以外の共通点は思い当たりませんけど」

「……当時、その使用人だった女性と私の母は同僚でした。その女性は美しい赤い髪を持ち、赤子の事を愛しそうに呼んでいたそうです『カイン、私の可愛いカイン』と」

「それ、は……俺も知らなかったな」


ノアが呆然とした様子で呟く。当時まだ王家と関わりのなかったノアは、王家の落胤について先輩たちの報告書でしか詳細を知らない。母親の髪色も、名前も初耳の情報だった。


「……ノア。このことについて貴方はどこまで知っていますか」

「王家の醜聞になりかねないご落胤の存在、そして母子の死については俺がまだ子供の頃の話ですから、具体的な事はあまり。でも当時の担当者の報告書には目を通してますよ。それによれば遺体もちゃんと確認されてますね」


物証がある以上、本来なら母子の死に疑う余地はないとノアは言う。それでもノアの様子から、カインの素性にはある程度確信があるようにアベルは感じた。


「正直に言えば、カインの素性については俺から見ても決定打はありません。それこそカインを尋問でもしない限りは。それに、仮にその時の子供がカインだとしても、当時の彼は新生児ですから、一連の流れに関して何の咎もありません。それに、談話室の隠し通路を誰かに聞かされていたとしても、防音結界については通路以上に知る者のいない情報です。こちらは知る機会もなかったはず。それについては説明が付きませんよ、本当に」

「そうですか……」

「カインはこの件に限らず、俺ら本職でも知らないような事を知ってる時があるので、その……『何故か色々知ってる人間』だと思って深く考えないようにした方が、精神衛生上良いと俺は思いますけど」

「精神衛生……」


突然飛び出した言葉にアベルはぽかんとした顔でノアを見るが、視線の先の彼は何とも言い難い複雑な表情をしていた。


「アイツについて調べれば調べるほど、マジでわけわかんなくなるので。危険性は低そうなので、いつか本人の意志で説明してくれる日が来ればそれが一番だと思って俺は放置してます」


少なくとも今の彼に害意はないはずだと、ノアは視線を泳がせながら口にする。

王族に対して『怪しい人間だが放置しても良い』と意見する事には相当の勇気が必要だ。しかし、それを理解しているアベルは一言、わかりますとだけ返した。

これまでカインと先輩後輩の関係として接しただけでも、カインが不思議なくらい知識が豊富で達観している事は、アベルも良く理解していた。そして、不審ではあるが優しくて信頼できる人の良さがあることも。


「先輩が殿下に密かに害意を持っている可能性はありませんか?」

「ないだろうね」

「あり得ませんね」


ノアとアベルの言葉が重なった。何の疑いもなく言い切る二人にセトは眉を顰める。


「どうしてですか、先輩は王家直属の諜報員と王族本人、両方に接触してきているんですよ。疑わしくないですか?」

「いやぁ……俺の場合、俺が不注意で突き飛ばしてアイツに怪我させちまったのが出会いのきっかけだし。接触したのもしつこくつき纏ったのも俺の方からだよ」

「僕もよそ見しながら廊下を走って、うっかりカイン先輩に体当たりしてしまったのが始まりですね。その後は純粋に先輩と仲良くなりたくて近付きました」

「……お二方は猪か何かですか?」


それはそれで先輩が不憫になってきますね、と呆れ顔になるセトにアベルとノアは目を合わせて苦笑する。状況を振り返れば二人共反論する余地はなかった。


「何にせよ、お二人は先輩に対して疑いは持っていない、という事でしょうか?」

「ま、俺はそう取ってもらっていいよ」

「僕も同意見です」


そもそもカインは自分から誰かに接触するタイプではないとノアは知っていたし、アベルも自分から積極的に関わらなければカインとは縁が無かっただろうと感じていた。

それに二人はセトとは違い、何度かカインの胸の内を聞いている。

何事もなく平和に生きていたい、目立たずそれなりの人生を歩みたい。言葉の端々からそう主張するカインを知っていたし、他人を害するくらいならと率先して危険に飛び込んでいく、自己犠牲じみた側面も見ている。

そんな彼が王族に対して悪感情を抱いているとは二人には考えにくかった。


「十年近い付き合いから、俺はアイツの事を『危険性はないが良くわからん奴』と位置付けてるよ」

「おおよそ諜報員が使っていい表現ではない気もしますが、同感です。カイン先輩は隠し事も多そうですが、悪人とは思えませんし」

「そう、ですか」


二人の手放しの信頼にセトは難しい顔になる。

とはいえセトもカインを悪人とは思っていない。だが、アベルの護衛としては得体のしれない存在相手に警戒を解くわけにはいかなかった。仮にカインが今回のような事故を意図的に起こせるとしたら、と想像してしまえば身構えてしまうのは無理もない事だった。


「少なくとも、今回の転移騒動は天使像の魔道具による偶発的な事故で、カイン先輩もジュードやマリア先輩も無関係だった。僕はそう結論付けようと思います」

「まぁ、何かあってもセトや俺が気を付けてれば大丈夫だろ。王子様は今まで通りカイン達と交流していいと思いますよ」

「ノア!」

「というか、そのための護衛だからな。護衛対象が警戒しなくてもいいように立ち回るのが俺達だよ、セト」

「それはまぁ、そうですけど……」

「不安ならまた稽古でもつけてやるからさ。な?」


ノアの言葉に渋々と言った様子で頷くセトを微笑ましい気持ちで眺めてから、アベルはそれまでの会話を振り返りながらカインについて考えていた。

王子だからと過剰に畏まったりせずに、ただ先輩後輩の関係として接してくれる人。まるで本当の兄みたいに優しい先輩。アベルにとってカインはそういった存在だ。

ノアの言うように隠し事はしているのだろう。事実、カインは平時には自分が魔法を使えることを周囲に隠していた。それでもアベルは彼を警戒する気にはどうしてもなれなかった。

どんな時も自分が王族という立場にいることを意識して、理性的に行動するべきだとアベルも理解してはいたが、どうしてもそんな気分にはなれなかった。

カインを疑いたくない。理屈ではないその感情をアベルは不思議に思っても、それを拒もうとは思わなかった。


それはゲームの『アベル』が『カイン』を一度も疑わず裏切らなかった設定によるものか、それともここに生きるアベル個人の感情なのかは、誰にも判断のできない事だった。




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