[幕間] 王家の噂とカイン・アンダーソン(1/2)
三人称視点です。
※本作では[番外編]は過去話や本編とは関係のない話を、そして[幕間]は本編の時間軸で起きた、いわゆる『一方その頃、他の人達は……』といった話を指します。
カイン達が退室した後、談話室に残っていたアベルはすぐには退席せず、セトとノアを交えてお茶を飲んでいた。
本来なら、王族であるアベルと護衛扱いの二人は同じ席で茶を飲んだりはできない。しかしアベルは、この学園にいる限り自分はいち学生だと言い張り、二人を対面のソファに座らせている。幸い二人共それなりに神経は図太い方なので、学園でのアベルに対しての気安い対応にも慣れてきていた。
そんな二人の態度に口元を緩め、ゆっくりとティーカップをテーブルに置いてからアベルは口を開いた。
「さて、ではここまでのやり取りに対する正直な感想を聞かせてください」
アベルが二人を座らせたのは、ただお茶がしたいからでも気紛れでもない。先程まで席を共にしていた、カインとレイライト姉弟。報告中に彼らの言動に不審な点はなかったか確認するためだった。アベルは彼ら三人の事を信用している。しかしそれはあくまでアベル個人の話だ。仮にも王族である以上は公私を分ける必要がある。信用しているから疑わない、そんな感情論は挟めなかった。
今回の事故には不可解な点も多い。王族が護衛と行動を共にしていたにもかかわらず姿を消した事故である以上、そこに事件性がないかは慎重に確認する必要があった。他人の表情を読めてカインとも親交のあるノアを報告の場に同席させたのも、そのためだ。
「僕は、先程の会話に不審な点はなかったように思っていますが、二人はどう思いました?」
「俺も特にはないな。見ていた限り、王子様にカイン達が嘘をついてる感じはなかったと思いますよ」
「自分も三人におかしな様子はなかったと思います。それにしてもノア、殿下に対してそのような口調は……」
「いえ、それは構いません。学園内では身分関係なく接して欲しいと頼んだのは僕なので、むしろセトも学園内では僕をただの同級生と思ってくれて構いませんよ」
セトの言葉を遮ったアベルはそれにしても、とノアの方へと視線を向けた。
テーブルにお茶請けとして置かれたクッキーをサクサクと頬張りながら、努めて深刻な空気にならないように気を付ける。
「ノアとカイン先輩に面識があることは薄々気付いてましたが、王家の談話室を使わせた事があるなんて、随分親しいんですね」
「あー……いや、それは」
「禁止はされてませんから、使用に関しては別に責めてはいませんよ。でもカイン先輩はこの部屋の隠された機能を知っていました。親しいとはいえ機密に情報まで他人に漏らすなんてノアらしくない、と思ってしまうのは不自然な事ではないでしょう?」
ここは王城との隠し通路もある、王家にとっては生命線ともいえる場所の一つだ。それを勝手に教えたのかと不思議に思ったアベルの視線に、ノアは少し悩んでから口を開く。ノアは王家側の人間だ。王族であるアベルに隠し事はしても、積極的に嘘を吐こうとは思わない。
「カインは元々知ってたみたいですよ、この部屋の事」
「え?」
「ちょうど一年位前ですかね。いつも通りに購買のお兄さんやってたところに、マリアちゃんを連れて、内緒話がしたいから奥の談話室を貸してほしい、なんて急に言ってきましたからね、あいつ。俺だってびっくりしましたし」
「では、カイン先輩は入学前から談話室の存在と機能を知っていた……?」
「そう考えるのが妥当かと。それとアイツはこの部屋の他の役割や、ここ自体が機密扱いなのも察してるみたいでしたね。いや通路に関しては知らない可能性もありますが、少なくとも結界については理解してる様子でしたよ」
「あり得ませんよ殿下、ノア。先輩は子爵家の子息です、公爵家の縁者ならまだしも、王家の所有する隠し通路のあるこの部屋なんて、存在自体知るはずがありません」
残ったクッキーを紅茶で流し込みながら、セトの言葉も尤もだとアベルは思う。現公爵家は元を辿れば三代前の王兄が興した家だ、隠し通路とその先にある部屋の存在が伝わっていたとしても不思議ではない。しかしアンダーソン家には王家とそのような繋がりは存在しない。
「カイン先輩は自分を養子だと言っていました。彼の生家が王家に仕えていたとか、そういった事実についてはどうでしょう、ノア」
「え……いや、俺がカインの事を調べてることは前提なんですか?」
「それは、まぁノアですから。仮に先輩と親しいのなら尚更、念入りに調べているのでしょう?」
「まぁ、確かにカインとは親しい仲ですし、素性についての調査も終えてますよ。こんな俺みたいな臣下の事もちゃーんと理解してるとは、流石ですね殿下。抜け目なくて」
「ふふ、ありがとう。誉め言葉だと受け取りますね」
「……そういうとこ、マジで似てるんだよなぁ」
「ノア?」
発言の意味が分からずアベルが首を傾げると、ノアは軽く眉を下げながら首を横に振った。
「いーえ。ちなみにカインの生家についてですが、不明ですよ」
「不明?」
「出自不明の孤児なんですよ、アイツ。元いた孤児院も今は閉鎖されてました。以前、同じ孤児院出身者を何人かあたったけど、カインを詳しく覚えてる子はいませんでした」
「覚えていない?」
その言葉にアベルはまた首を傾げる。
カイン本人は目立つことを避けている風だったが、彼の気質は望まずとも人目を引いてしまう。覚えていないなんてことは考えにくかった。それこそ意図的に忘れでもしない限りは。
「まさか魔法による記憶消去ですか?」
「いや、そういった場合は普通、魔法の痕跡が残るんですけど、その反応も特になかったので単によく覚えてなかっただけかと」
「先輩がそこにいた事実がない可能性は?」
「一応『そんな感じの子がいたような気もする』程度の証言は取れてますよ。アンダーソン夫妻が該当の孤児院からカインを引き取った記録は間違いなく存在してるし、俺も確認しましたが書類に不審な点もありません」
アベルの質問にノアが肩をすくめる。その疑惑はノア自身も過去に通ってきた道だ。多くの可能性を視野に入れてきたが、それでもカインに関する情報は霧のように掴めなかった。
そんなノアの様子にアベルも難しい顔で空になったティーカップを見つめる。アベルにとってのカインは強く優しく頼れるが、謎と不思議が服を着て歩いているような存在でもある。
奇妙な沈黙が下りる中、それをおずおずと破ったのは、それまで発言の少なかったセトだった。
「アベル殿下。少し良いですか」
「セト?」
「これが直接アンダーソン先輩にかかわる事なのかはわかりませんが、王城には使用人の間である噂が囁かれているんです」
セトの言葉に僅かに眉間に皺を寄せたノアに、アベルは自分が知らないだけで、それが割と知られている話なのだろうと察した。そしてその噂とカインに、セトだけではなくノアも関連性を感じているらしい事も。
「噂の内容は王家の醜聞についてなので、口にするのも不敬だとして、王族の耳には入らないようにされているのかもしれません」
そう前置きして、セトは使用人たちの間で囁かれている噂について話し始める。現国王と使用人の不適切な関係の結果生まれた落胤。そしてその直後に死んだ母子についての噂。
一年前に教室でジルが語った、カインとマリアが談話室に来るきっかけとなった噂。それをアベルはティーカップに口をつけながら、ただ黙って聞いていた。




