汚濁
パーシーの超重力・超過がルキドを捉える。使える魔力を注ぎ込んだ今パーシーが出せる最大出力、十倍の重力負荷がルキドを襲う。空間が割れる轟音が辺り一帯に響き渡り、その威力の強さを想像させる。誰もが、その一撃で勝敗が決したと、そう思った。
だが、そこにいた二人だけは、次を見据えている。
(外した! くそっ! こんな時に限って……!)
混濁によって朦朧としていた意識の影響か、あるいはルキドが避けたのか、パーシーの放った渾身の超重力・超越は僅かに逸れて直撃していなかった。
どう動く、どう仕掛ける。二人の思考は次に支配される。
振り切った一撃を躱されたこの状況からでは後手に回らざるを得ないことを割り切って、パーシーは対応に徹する。何が来ても撃ち落とすと、まるで覇気のように魔力を漏らしながらパーシーは一秒後に備えた。
(好機はここしかないよねぇ!)
対して、この一瞬に勝機を見出したルキドは、仕掛けるでもなく、無策に攻めることもせず、逃げ腰を隠すことなく大きく距離をとった。
あまりに予想外の展開に、パーシーは眉をひそめる。元の形を留めていないほどぐちゃぐちゃになった右腕を庇いながら、ルキドは大きく深呼吸をしていた。まるで、何かを準備するための時間稼ぎのように、ルキドは攻めてこようとしない。
「……舐めてんの?」
「舐めプしてたのはキミでしょ。策があんのよ、乗ってみる?」
「これ以上消耗できない。右腕は使い物にならないでしょ。痛みも尋常じゃないはず。降参するなら見逃してあげる」
「すると思う?」
「しなきゃもっと痛い目にあってもらうだけ。ただ、ここから先は手加減できない」
「ほんとに舐めプされてたんだぁ……心外だね。ボクそんな弱そうに見えるのかなぁ」
ルキドの策とやらに乗ることにしたパーシーはあえて時間稼ぎに応じる。なんの意味もない会話を続け、少しでも魔力を回復させようとした。
試験だったとはいえ、これは最悪の行動だったのだろう。魔力を回復するためとはいえ、相手の策に応じた。実際に、パーシーがこの誘いに乗らなければ、この後の展開は存在してなかったはずだ。
後悔しているかと聞かれればそうでもないと答えるだろう。パーシーはそういう人間だ。
だが――
「いい事教えてあげるよ」
パーシーの長い人生において、それは、二度と体験したくない時間ではあっただろうと言える。
「ボクの『混濁』の魔法、だいたいはキミが言い当ててくれた事であってるよ。一つを除いてね」
重力とはまた違う様子で、空間が歪んでいく。空が、結界が、パーシーの目に映っている景色のすべてが、めちゃくちゃに描き散らしたキャンパスみたいにぐちゃぐちゃになっていく。
「『混濁』はボク自身にも適応することができる」
「……それ、ただ自分がキツいだけなんじゃない?」
「黙って聞けよ、話してるだろ」
ルキドの使う『混濁の魔法』の本質は歪ませることではない。混ぜることでもない。
濁らせることだ。
空間を、魔法を、意識を、不鮮明にさせて曖昧に濁らせることこそが、『混濁の魔法』の本質である。
「ボクたちってさぁ、先生からサブウェポンを備えるように言われてるんだ。他の奴らは自分の弱点を補うような魔法を採用してんだけどさ、ボクは違う」
おかしい。誰よりも早くパーシーは違和感を感じ取った。
こんな魔力出力が実現できていいのか。どんなその場のパフォーマンスであっても、説明がつかないほどの規格外の魔力出力をパーシーは感じ取っていた。
「これは『特化魔法』って言ってね、大層厳重そうに保管されてたよ。さて、ここでキミに問題」
危機感なんてものを抱いたのはいつぶりかと、パーシーは恐怖と同時に期待に打ち震えていた。強大な壁にぶつかったことなど一度もなかった。本当の闘いなど経験したことはなかった。
今ようやく叶う、知ることのできる闘いの愉悦。この渇きを満たすものが最愛の彼女ではないことが唯一の心残りだが、この際そんなことはもうどうでもよかった。
「これからボクは自分に『混濁』を適応させる。それも、全力で『特化』させたとっておきのやつをね。そうするとどうなると思う?」
「……最高の一瞬にしよう!」
パーシーの一言を皮切りに、ルキドが意識を途絶えさせる。『混濁』によって濁らされた本能でしか動くことのない意識と身体。『特化』によって研ぎ澄まされた精神と魔法がルキドを一時的に魔法使いの高みへと押し上げる。
この一瞬、一分にも満たない仮初の力によって――
ルキド・クィンツァートは殺戮兵器と化した。




