汚濁 ―2―
特化魔法。
それは最重要危険魔法として数えられる、扱うどころか理論を保有していることすら禁じられている、『継承魔法』の中でも特に危険な魔法だ。ありとあらゆる魔法への『付与魔法』として働くその魔法は、使用者から膨大な魔力を吸い取ることで、その魔法の能力を最大以上にまで引き上げる強力すぎる魔法だ。
しかし、この魔法の危険性はその効果ではなく、代償である。
前述した通り、特化魔法の使用には莫大な魔力を必要とする。普通の魔法は、必要最低限の魔力がなければ、威力が減衰して劣化するか、そもそも発動できないかのどちらかである。だが、特化魔法は違う。
特化魔法の場合、魔力を吸い取り、必要な魔力が足りなくなると、使用者の寿命を魔力に変換して補うように創られている。
そして、これほどまでに危険な魔法は、安全性の観点から魔法書として現存はするものの、知識の保有すら許されない最重要危険魔法として封印されている。
現代において、特化魔法を継承し使用することができる人物は存在しない。
本来ならば。
破ってはならない禁を、バウディアムスの生徒の一人が破壊した。どういうわけか、その人物を捉えようとした監視はことごとく情報が歪められており、犯人の特定には至っていない。
持ち出されたのは、特化魔法が刻まれた魔法書だけ。誰が、なんのためにそれを盗み出したのかすら判明しないまま、捜索は難航している。
そんな報せがパーシーの耳に届いたのは、つい数日前のことだった。
「犯罪者じゃん。言い訳聞いてあげよっか?」
返事はない。パーシーと相対しているそれはもはや人間の形をしていながら、人間ではない。意識を失い、暴威のままに力を振りかざす殺戮兵器だ。
「――――――」
「うわぁ! ノーモーション?!」
頬に冷や汗を流しながら、パーシーは逃げ続ける。襲い来る混濁の嵐。空間が歪み、空が廻り、音が曲がる。まともに当たったら最後、精神にまで影響する混濁が意識を刈り取るだろう。
取れる行動は二つだけ。逃げるか、戦うか。応戦したところで、この戦いは終わりが見えない。最悪の場合、ルキドの寿命が果てるで続くかもしれない。
(そんな後味の悪い結末はごめんだね!)
止める方法がないわけではない。しかし、パーシーにはそれを躊躇う理由があった。
一つ、それは消費魔力が大きく無闇に使える魔法ではない。もし、ルキドがこのまま暴れ続けるなら無理やり止めるのもやむを得ない。しかし、暴れるだけ暴れて勝手にオーバーヒートしてくれるなら、わざわざ止めてやる義理もない。ルキドが特化魔法を継続させられるのは一分限りで、そのリミットを超えると強制的に止まることを、パーシーは知らない。
(あとの問題は……)
二つ目の原因である男と視線を合わせ、一瞬だけ目配せをする。伝えたいことを一秒の時間もかからないほど迅速に伝える。
ただ一言、『出ていけ』と。
伝わったのか伝わっていないのか、観戦していた騎獅道旭は不満そうに席を立ち上がり、誰にも何も言わずにどこかへ立ち去っていった。
「どこへ行く、騎獅道」
「……急に腹が痛くなっちまってな」
「ふふふっ……優しい男じゃないか」
「何言ってんだかサッパリですね」
フィスティシアと軽く談笑を交わし、旭は箒を片手にふわりと浮き上がるとそのままどこかへ飛んで行ってしまった。
それとは対照的に、フィスティシアはじっとパーシーを見つめ、寸分の動きすら見逃さないという気迫を感じさせる鋭い眼差しを向けている。
「言葉が通じてるか知らないけど、理解できてるなら私の言う通りにしなさい。その特化魔法ってやつ使って、全力で防御するの」
それは、驚くほど穏やかで、凪いでいた。
強力な魔法を発動させる時ほど、魔力は揺らいで、時には周りの空間にすら影響を及ぼす。魔力を練り上げ、膨大な魔力を込めて発動する際には、少なからずその魔力は漏れ出してしまう。だから、漏れ出した魔力が魔法の余波として現れるのだ。
だが、この時のパーシーは違った。その素晴らしさと恐ろしさに気がついた者はどれほどいただろうか。
一切の魔力も無駄にせず、揺らぐことなく魔力を練り上げる。それだけの事に、一体どれだけの魔法使いが挫けてきたか。
(それほどまでの高みに至るか、パーシー・クラウディア!)
知る者たちは息を飲んだ。知らぬ者たちは、これから巻き起こる絶対的な強者の証明に目を見開くことになる。
襲いかかるルキドに対して、パーシーは逃げることをやめた。
来る。強者たちは予感する。
何かが起きる。多くの者たちが何かを受信する。
静かに――
その時は訪れた。
「黒穴」
音も、光もかき消して、勝敗は決した。




