18. 婚約者はぶっちゃける
マリージュは、状況がさっぱり理解できずにいた。
飛んでくる黒いモノとの戦いはいつの間にやら終息したようだが、リュカに完全ガードされていたマリージュには経過が全く見えていなかったので、何がどうなったのかさっぱりわからない。倒したのか追い払ったのかすらもわからない。
そもそも、今回の黒い生物が『得体の知れないアレ』だったのだろうか。
いや、確実にリュカに接触しておきながら取り憑いて来ることはなかったし、どう考えても『女を模ってる』ようには見えなかったので、アレは『ナニか君』ではないのだと思う。…じゃあ何だったんだろう。どうにもナゾである。
マリージュには、いま目の前にいる彼女はヒロインちゃんにしか見えないのだが、実は彼女こそが擬態している『ナニか君』で、リュカはそれが分かっているからあんなに厳しい態度を取っているんだろうか。
もしかすると、これから第二戦になだれ込む可能性もあったりするのかもしれない。
マリージュの気持ち的にはすこぶるウェルカムなのだが、マリージュには戦う術がないという現実に何ら変わりはないので、それはそれで悩ましいところではある。今のうちに、何か打てる手があるかくらいは考えておかねば不味かろう。
リュカは、マリージュの背中に両手を回し、マリージュの肩に顎を乗せている。
完全に抱きしめる形になっているが、マリージュは、最近あたりまえになっていた楯フォーメーションの亜種くらいにしか考えていない。
(そう言えば、私を楯にするつもりがなかったのなら、この楯ホールドって何のためのもの…? リュカくんこの騒ぎの間も全く怯えてなかったし、もうすっかり克服できてるとしか思えないんだけど…。ホールドしてるうちに、いつの間にか克服できてたから、その名残でこうしてると安心する…とか?)
ちなみにリュカは、マリージュはイマイチわけがわかっていないがために為すがままにされている、ということに、当然気づいている。
マリージュには、言葉で伝えようにも、鳥肌でもだえているうちに意識が逸れていってしまい、結局いつも有耶無耶にされてしまうダケなので、まずはリュカの存在を当たり前のものとして刷り込んでしまおうとしているのだ。
よって、この体勢に慣れつつある、イコール、リュカの思うツボである。
思惑どおりに事が進んだ上に、マリージュの反応は思いがけず好感触であり、リュカは大層機嫌が良かった。
リュカ教徒の皆さんが弁えてくれていることもあって、今までマリージュのどういったところを好ましく思っているかを誰かに語ったことなどなかったが、いい機会なので知らしめてやろうと、ふとリュカは思い立った。
「マリージュには、自分を良く見せようとか、こう思われたいとかいう下心がない。昔から、私に苦言だって呈してくれるし、率直に思うことを伝えてくれている。例えば、私の淹れたお茶は不味い、とか」
「!?」
楽しそうにぶっちゃけたリュカに、周囲は息をのんだ。
途端、ぼんやり考えていたマリージュが、はじかれたように顔を上げる。
「言ってない! 言ってないよ!?」
侯爵令嬢モードを装備できておらず、明らかにうろたえている。やましいところがあると表明しているも同然である。
「私の容姿は好みじゃない、とか」
「!!??」
リュカ教徒もヒロインちゃんも一斉に、愕然とした表情をマリージュに向ける。
マリージュは、心の中では好き勝手に言いまくっていたが、決して口には出していないつもりだったので、ど真ん中を突かれて激しく動揺する。
「いいい言ってない…よね? …い、言っちゃっ…てた…?」
侯爵令嬢モードを装着できていないマリージュは、貴族令嬢としては残念な部類の単なる正直者でしかなく、リュカの言っていることは図星なのだと、誰もが一目瞭然に見て取れてしまう事態である。
信じられない思いの周囲を他所に、リュカはトドメの一撃を放った。
「私は将来ハゲる、とかね」
「!!!???」
リュカとマリージュを除き、一帯が石化した。
誰も、何のリアクションも取れない。ただただ固まることしかできない。
―――――許されない。
想像はもとより、頭の片隅にちらりと『ハ』の字を浮かべることすら許されない。
この世界の摂理が、断じてそれを許さない。
観衆は皆、そう思っていたのだが
「あ、それは大丈夫! 髪の毛なくても宰相のおじさまはあんなにカッコいいんだから、リュカくんもきっとカッコいいよ?」
マリージュはにっこりと微笑みながら、あっけらかんと肯定してみせたのである。
一切リュカの言葉を否定しようとも、リュカの反応を窺おうともしないあたり、「あなた本気でそう思ってるんですね…?」ってことが透けて見えてしまっている状態なのだが、もちろんマリージュは皆さんがそう察したことには気づいていない。
周囲が呆然と固まる中、リュカは事もなげな様子で言う。
「実際はこんなにズバリと言ったわけじゃないけど意味としてはそういうことで、マリージュは、出会ったばかりの八歳の頃から、こんな風に打算も下心もなく私と向き合ってくれている稀有な存在なんだ」
リュカは周囲に見せつけるように、マリージュの髪を一房つまみ上げ、そっと唇を寄せた。
言葉で表現こそしなかったが、その姿は「彼女だけが特別な存在だ」と周囲に示して見せており、固まっていた周囲も、思わずほうっと力を緩めた。
リュカの行動に気づいていないマリージュは、
「そうだよね? 言ったわけじゃないよね? やだなあもう焦ちゃった~」
とかなんとか、あたふたしながら言っていたが、もはや誰も聞いてはいなかった。ただ、リュカの仕草にくぎ付けになっていた。
「だから、打算と下心しか感じられない君とは比べるまでもない。君とは如何なる接点も持つつもりはないから、今後一切、私の前に姿を現さないように。いいね?」
マリージュを腕におさめ、うっとりとした微笑みを浮かべていたリュカが、ヒロインの方に視線を移した瞬間に表情をなくし、凍て付くような感情のない瞳で一瞥だけすると、すぐに興味をなくしたように、ふいっと顔をそむける。
そのままリュカは、もう他のものは見たくないとでも言うかのように目を閉じ、マリージュの髪に顔を擦り付けていた。
ヒロインは苦しそうに顔をゆがめたが、静かに俯き、その後はもう言葉を発することはなかった。
マリージュは、イマイチ状況はわからないながら、リュカがヒロインに決別の言葉を放ったのだということだけは理解できた。
―――――リュカは、ヒロインちゃんを選ばないらしい。
(…そっか…。じゃあわたし、ここにいてもいいのかな…?)
最近、当たり前のように感じていた、背中のぬくもり。
なくなってしまったら、なんだか少しヒンヤリする気がする。
………心も。
―――――それは、淋しいっていうことなのかもしれない―――――
改めて、リュカの温かさに包まれていることをじんわりと感じながら、
マリージュは、そっと目を閉じてみるのであった。




