17. 婚約者がこっぴどい
混乱が収まってからも、その場にいた面々は、しばらく身動きすらできずに呆然と立ち尽くしていた。経験のない事態に脳の理解が追いついていない状況と言っていい。
リュカだけはどこ吹く風といった様子で、やんわりとマリージュを包み込んだまま、珍しくしおらしいマリージュを心行くまで堪能していた。
「ここは危険みたいだね。やっぱりいつもの部屋に戻ろうかマリージュ」
リュカの声に、一同がはっと正気を取り戻す。
「リュカくん、ケガはっ!?」
我に返ったマリージュは、オロオロとリュカの背中やら腕やらを確認しはじめるが、もちろんリュカはケロリとしたものである。
大きい声では言えないが仕込みはリュカなのだから、あらかじめ害のない種類を呼び寄せるくらいの手は打っており、当然のことながら無傷である。
「りゅ、リュカ様…っ あの…っ」
完璧に放置されていたヒロインは、座りこんだまま、うるうるとした瞳でリュカを見上げる。
だが、リュカの目はどこまでもシラッとしたものだった。
「言ったはずだ。私に声をかけるな。君が近くに来ると碌なことがない」
まあ、リュカにしてみたらヒロインちゃんと交流したところで何ら利がないのは事実ながら、少なくとも今回の黒い生物(※たぶんコウモリ)の襲撃について言えば完全に濡れ衣である。
だが、そのことに気づいているのは公爵家の護衛ただ一人だけだったし、残念ながら護衛さんはリュカ側の人間なので、あっさりと黙殺された。
ちなみに護衛さん、まだ場が混乱している隙に、リュカが破壊した何かをしっかり回収し、証拠隠滅をはかっている。真性なる共犯者である。
「そ、そんな…、誤解ですっ! わたし…怖くて…っ」
ぷるぷる震えながら、潤んだ瞳でリュカを見つめ続けるヒロイン。表情も仕草も弱々しく痛々しく、庇護欲をそそられる。守ってあげないだなんて人でなしの所業のようにすら感じられる。
―――――だが、リュカは事もなげに冷たく吐き捨てた。
「怖いから、なに?」
「え」
思わずポカンとするヒロインだが、リュカは相も変わらずシラケた表情のままである。
ぷるぷる震えようが上目遣いで見つめようが、リュカには一切効果がないし、当然のことながら何の手応えもない。他の男性とは明らかに勝手が違うリュカに、ヒロインは戸惑ったような表情を浮かべるしかない。
「君はマリージュを見てた?」
「はい?」
「マリージュは私を守ろうと、誰よりも早く私の前に立ちふさがってくれたよね」
「は、はあ…」
マリージュを腕の中に収めたまま、くるくるとマリージュの髪を指先に絡め、リュカはうっそりと微笑む。
「君とマリージュの決定的な違いがわかっただろう?」
リュカのヒロインを見据える目には明らかな侮蔑が浮かんでおり、途端、ヒロインはカッと顔を赤くしながら、目を潤ませた。
「だって、こんな経験したことないし…。わたし動揺しちゃって…体が動かなくて…っ」
ヒロインは言いすがろうとするが、リュカは鰾膠もない。
「マリージュにだって、こんな経験あるわけがないだろう。経験あるなしの問題ではなく人間性の問題だと言っているんだ。君は、切羽詰まっているはずの状況下にありながら、助けを求める人間を選り好みしていた。動揺していたと言いつつも打算だけはしっかり働くだなんて、それこそ人間性の現れというしかないと思わないか?」
ヒロインとリュカの間にはマリージュが立っていたし、公爵家の護衛も駆けつけて来ていた。すぐ目の前まで差し迫った事態に対処するには、より近くにいる人でないと間に合わない可能性が高いのに、近くにいる二人を無視して少し離れた位置にいたリュカを選んだあたり、下心満載と言っているも同然である。
「そんな…。意地悪な言い方しないでください…っ」
ヒロインは、庇護欲オーラを最大級に滲ませながら尚もリュカに言い縋ろうとするが、リュカが心動かされることはない。それどころかその発言は、リュカにしてみたら渡りに船でしかなかった。
「その通りだよ。君も認識しているとおり、私は意地の悪い酷薄な人間だから、関わったところで碌なことがないと断言しておこう。わかったなら、今後一切私には近寄らないように」
ヒロイン、自爆である。
同情を誘いたかったであろうその表現は、多少なりとも庇護欲オーラが効いている相手に対して使わなければ、期待した効果など得られようはずもない。
リュカは、マリージュ以外の人間からならどれだけ悪く思われようが一向に構わないのだから、「手っ取り早く言質が取れた」としか思いやしなかった。
うるうる攻撃は通用しないと悟ったヒロインは、突如露骨なアピールを始める。
「その人、全然リュカ様のこと大切にしてないじゃない! 私だったら、何よりもリュカ様のことを大切にするのにっっ! 顔だって私の方が可愛いし、リュカ様は私と一緒にいた方が絶対幸せになれるわ!!」
他人を貶めることで自分を持ち上げようとするやり口で、好感度が上がることなんてほぼほぼないと思うのだが、カッとなっているヒロインは気づいていないようだった。
さすがにマリージュも、ヒロインがこんな悪手に打って出るとは思っておらず、声を出すことも忘れてただただ呆気に取られていた。
リュカに囲われたままになっていることになど気が回るわけもなく、大人しく為すがままにされていた。リュカにしてみれば『しめしめ』である。
「身を挺して私を守ろうとしてくれるマリージュと、自分を助けろと叫ぶだけで他人の心配ひとつしない君と、どちらが私を大切に思ってくれているかなんて語るまでもないだろう。君が何よりも大切にしているのは、私よりも何よりも自分自身じゃないか」
何よりもリュカが大切なのであれば、あの場面で「助けてくれ」などと口走るワケがない。身を挺さないまでも「自分のことはいいから貴方は逃げろ」と言うはずである。マリージュだったらそうするという確信がリュカにはある。
あの発言は、自らの危険を回避することが最優先であって、それによりリュカが危険に晒されようがそれは止むを得ないものと捉えているに他ならないのだ。リュカが怪我をしようが、最悪命を落とそうが、「わたしのためにリュカ様が…!」とか周囲の女性たちに向けてマウントを取った挙句、悲劇のヒロインムーブをかまして自分に酔いしれるんだろうことが易々と想像できてしまう。
茶番を演じたいなら勝手にやってりゃいいが、どうしてリュカがその茶番に大人しく付き合う前提でいるのか、そこがさっぱり理解できない。
ど正論をぶちかましてくるリュカに、ぐっと言葉に詰まりつつも、それでもヒロインは、まだ引かない。
「だって私、護身術すら習ったことないし、どうすればいいかわからないんだもの…」
もうだんだん、ただの言い訳のようになってきていることはヒロインにだってわかっていた。
それでも、今だったらリュカが会話に応じてくれている。
今しかないのだと、ヒロインは必死に縋った。
だが、もちろんリュカの琴線には掠りやしない。
「マリージュは自分を犠牲にしてでも、目の前の人を守ろうと動く。君は『できないわからない』と言うだけ。つくづく、咄嗟の行動にこそ人の本性は現れるものだね。マリージュは、どこまでも真っ直ぐで裏がない」
腕の中のマリージュを見つめながら、思わず溢れ出たといった様子のリュカの穏やかな微笑みは、神々しさすら纏っていた。
その光景に、ヒロインもリュカ教の皆様も声を発することができず、ただ見惚れることしかできなかった。
**こぼればなし?**
作者としては、本作は「ざまあ」ではないつもりです。
でも、一方的に言い寄られているとはいえリュカはこっぴどいし、
ひょっとしてざまあなのかも?という気持ちは若干あります。




