斎木学園騒動記9−3
☆ ☆ ☆
「偏見?」
突然姿を現したこの中年男に対し、弥生が眉をひそめる。
「あんた、一体誰でござる?」
陽平がたずねた。
「田崎 進──FOSの極東支部長、すなわち日本における活動の総責任者さ」
答えたのは省吾であった。
それを聞いて、田崎がいやらしい笑みを浮かべる。
「おお、これはわざわざご紹介いただきありがとう。さすが笑い猫、元FOSに所属していただけのことはある。私の名前を知っていてくれたとはね」
そんな田崎の言葉に対し、珍しく省吾の口調が荒っぽくなっていた。
「その話は、口にしないでもらいたいね」
その一瞬、「笑い猫」の愛称の元である笑顔が、彼の顔から消えていた。
田崎がわざとらしく両手をあげる。
「これは失礼した。まあ、怒らないで聞いてくれたまえ」
捕らわれの者たちを前にして、自分が優位にいることを確信しているためか、この男にしては不遜な態度で、冷笑と嘲りが感じられた。
「で?このFOSの裏切り者を殺しもせず、生け捕りにしたのはどういう訳だい」
不快感をあらわにしながら省吾がたずねると、田崎は芝居がかった表情で目を閉じた。
「『笑い猫』沖田省吾と、『一人軍隊』の沢村 瞬・・・、この優秀なふたりの人材が、なぜある日突然我々に反発し、立ち去っていったのか長い間疑問に思っていたが、今の君の話を聞いて判ったよ、つまり、君らはFOSを誤解している訳だ」
「誤解だと?」
はっきり、省吾の口調が強いものになっている。
「そうとも、君らはあのテロリスト集団『黒い風』、つまり相沢乱十郎の口車に乗せられた、いわば被害者だと私は思っている。我々は今でも君に戻ってきて欲しいと願っているのだよ?」
その時、ふたりのやりとりを聞いていた弥生が口をはさむ。
「よく判んないわねえ、あんたたち、和美ちゃんをさらうのにあれだけの騒ぎをやらかしておいて、他人をテロリスト呼ばわりするわけ?」
次いで明郎が、
「聞かせてもらおうじゃないか、あんたが主張するFOSの本当の姿ってやつをさ」
さらに陽平が続く。
「偏見だの、誤解だのというんでござるなら、その点をはっきりさせておきたいでござるな」
三人の視線を受け、田崎はにやにやと愛想笑いを浮かべながら、つるりと顔をなでこすると口を開いた。
「君たちはまだ高校生のようだが、どうだね、恋愛や受験勉強の事以外に真剣に考えることがあるだろうか。例えば、そう、我々が住むこの社会について──いや、もっと具体的に言うならば、世界の行く末について、だ。君たちのような未来を担っていく若者たちはどう考えているのか、私に教えてくれないかね?」
予想外の田崎の質問に、学生三人は顔を見合わせた。
「世界の未来・・・ねえ」
「ピンとこないなら、少し質問を変えてみよう。君たち、第二次世界大戦のように大きな戦争はこれからも起きると思うかね?」
この質問に対しては、即答ができた。
「はっきりとは判らないでござる」
と、陽平。
「皆が平和を望んでいれば、もう起きないんじゃないかなあ」
と、明郎。
「いいえ、絶対起きないとは言い切れないわね」
と、弥生。
三人三様の回答を聞いてから、田崎は人差し指を立てた。
「そうか、ではもうひとつ。人類はこれからも発展をし続けていくと思うかね?」
「それは間違いないでしょう」
と、今度は三人とも同意見であった。
「昔の人たちの生活に比べれば、ずいぶん便利な世の中になったもんなあ」
「今問題になってる環境問題だって、これから先もっと科学が発達すればなんとかなるんじゃない?」
その時、田崎の目がぎらりと光った。
「それが、人間の愚かさだというのだっ!」
目つきが変わっていた。
「お前たちの言う便利さ豊さとは、多くのモノに囲まれたモノ中心の生活を指しているのだろう。確かに産業革命以来、人間の持つ技術力は飛躍的な進歩を遂げてきた。SFの世界の絵空事でしかなかった事物ですら、人の力によってどんどんこの世界に現実化されていく。それこそ、人間の科学力には限界はないかのようにな──。 しかし、ここで発展を続ける技術に伴って、人間自体は変化しただろうか?何か生物として進化したと言えることがあるだろうか?答えはNOだ。人間自身は古から何も変わってきてはいないのだ。己の欲望を満たすことについて、貪欲に活動するという点は特に変化していない。
そして、人間の生産活動を支えているものは何か。別に人間が無から有を作りだしているわけではない。全てこの母なる地球──自然界に存在する原料を使い、工夫することによって人間の技術は進歩してきたのである。だが、問題はその量がハンパではなかった事だ。人間も生物の一種にすぎないことを思い出してほしい。 自然界は、巨大ではあっても閉じられたシステムだ。限界があり、実にもろいバランスの上に成立しているのだ。草を草食動物が食べ、草食動物を肉食動物が食べ、動物が死ぬと肉体は土へ還り草の養分となる。
この循環の流れが自然界のバランスだ。水も蒸発して空気中へ発散していく。しかし、空気中の水分が多くなれば、雨となってまた地表へ戻ってくる。
全て、バランスを保とうとして起こるのだ。
それが自然のル−ルだと言える。
だが、人間はたかが生物の一種でありながらその枠を飛び越えて、自然界の持つ資源を自分の欲望のためにのみ、むさぼり尽くそうとしているのだ。
何が知恵ある生物だというのか? 万物の霊長だと? 事態の深刻さについて知っていながら、見て見ぬ振りをする輩を愚か者と言わずして何と呼べばよいのか!
生物誕生の歴史のうち、人類の歴史などほんのわずかだ。話にもならない新人なのだ。だが、そのわずかな時間のうちに、すさまじい勢いでこの生態系を破壊し尽くそうとしている。
この大いなるタイムスケ−ルの中で、ようやく構築された大自然である。とてつもなく精密で、複雑で、微妙なバランスの上に成り立っていたこのシステムが受けたダメ−ジを、たかが、人間如きに癒すことが可能だと、本当に君たちは思うのかね?」
そこまで一気にしゃべって、田崎は一同を見回した。
それぞれ、無言である。
とりつかれたような田崎の熱弁に、圧倒された感じである。
「そ、それはそれとして、じゃ、なんで和美ちゃんさらうのよ? ESPが何か関係あるわけ? それに兵藤やジョニ−みたいな物騒な連中がいるのはどういう訳なのよ!」
じろりと、田崎はにらんでから、
「世界は統一されなければならない」
と言った。
「?」
出し抜けに話が飛んだような気がして、弥生はきょとんとしてしまう。田崎もそれに気づいたのか、咳払いをひとつして、
「失礼、今の質問に答えるためだ、しばらく聞いてほしい」
再び話を始めた。
「先程の戦争についての問いを思い出してほしい。そう、今後大戦争が起こらないという保証はない。それというのも、それぞれの国や人種などに人間がこだわっているためだ。真に地球人として、この星の未来を考えるなら、このこだわりは非常に邪魔であり、取り除かなくてはならない。でなければ、全人類が一丸となった行動は永遠に不可能だろう。そして、人類が真の意味でひとつにならなければ、我々に未来はないのだ!
ずばり、言おう。
我々FOSの理想とは、全世界国家の統一、そしてその上で地球の保護についての全人類に対する思想の統一を現実化することなのだ」
「!?」
夢だ。
到底実現できそうもない目標である。
だが、さらに田崎は演説を続けた。