斎木学園騒動記9−4
「人類が統一せざるを得ない状況さえ作れれば、それはわりと自然に成されるはずである」
「どういう状況でござる?」
気持ち、肩をすくめながら陽平が聞く。
「極端な話では、宇宙からエイリアンが攻めてくるのに対し、力を合わせて戦うといったものだな」
それを聞いて、明郎がふんと鼻を鳴らした。
「そこでFOSが自らその『敵』になって、戦争を起こして世界がまとまるための捨て石になろうってのかい」
「それは違うとさっきも言ったはずだ。それに戦争を起こすためなら、ESPなどという特殊なものを扱うより、兵器の開発に力を注いだ方が手っとり早いし、確実だ。いいか、目先の事だけではなく、FOSは人類を統一した後に何をするべきか、その点まで考慮して計画を進めているのだ」
人類を統合し、思想すら同一のものとすること。
それだけでも、気の遠くなるほど大規模なプロジェクトである。だが、田崎は──いや、FOSはそれすらも“目先の事”と言い切っているのであった。
では、世界統一の後人類がするべきこととは?
田崎が口を開いた。
「宇宙への進出、だ」
「宇宙!」
学生たちが声をそろえる。
田崎は唇のはしをつり上げた。
「実は、先程の話のようにFOSが自ら手を下し、全世界を相手に戦争を仕掛ける事も、最もシンプルな案として検討されたことがある。しかし、血塗られた歴史よりも希望の明るさに満ちた無血革命こそが理想の姿だと結論づけたのだ。具体的にどのように話を進めるかというと、全人類に共通のテ−マ──ロマンと言ってもいいかもしれん──それを与えるのだ。頭上に広がる無限の宇宙。それに対して人々の目を向けさせるのだ。
そもそも、地球は人間の行動力を受け止めきれない状態になっている。たかが一生物でありながら、己を育んできた生態系の枠からはみ出してしまうのであれば、いっそ自らその外へ飛び出してしまうことが、現状を打破する唯一の方法に違いあるまい。狭い地球を飛び出さねば、自らが助かる術は無いことを知らしめ、行動させるのだ。
そうして、人類に再認識させる。
宇宙という圧倒的なまでに巨大なスケ−ルの空間の中に存在する、たった一つしかない母なる星のことを。
そして、その上で活動する人類の、なんと矮小なことかを。
そこまで行って、ようやく人類は考えを改めるだろう。
今までの歴史を振り返り、数々の愚かな行為に赤面するだろう。 この世の運命を左右するほど重大だと思っていた地球人同志の小競り合いが、いかに無意味なものであったか気づくであろう。
その時、
やっと、人類はまとまるのだ。一人前になる、と言ってもいい。そこまで到達できたとき、今度こそ人類の歴史は永遠のものとなるのだ──」
うっとりと、遠くを見るような表情で、田崎は言葉を切った。
宇宙。
彼は演説していくうちに、自分自身が昂ってしまったらしい。
その広大なイメ−ジにどっぷりと浸ってしまい、感動の涙すら流しかねない雰囲気である。
その熱狂ぶりに圧倒されていた弥生たちだったが、今度は逆に寒気すら覚え始めていた。
そこまででかいスケ−ルの話を計画し、実行しようとするFOSという組織の思想と、底知れぬ不気味さにである。
常人の感覚を持った人間では、こんな話を実行しようとは考えまい。一種の宗教めいたニオイのする集団であった。
一体、このように壮大な構想を支えているバック──後ろ楯にはどのような存在があるのか?
あまりにもケタの違う話に、正直学生たちは思考がついていけない。ただ単純に、世界征服を企んでいるぐらいにしか思っていなかったからだ。
ぞくっ。
思わず、身震いをしていた。
「ESPは、その時本当に役に立つようになる」
再び、田崎は語り始めた。
「宇宙というところは、実に過酷な環境であることは承知のとおりだ。超高熱、超低温、真空、そして無重力──これらに対応して、宇宙という大海原へ足を踏み入れるには、残念ながら我々の肉体は脆すぎるのだ。
そこで研究を始めた。
どのような過酷な状況でも生きていけるように、人間自身を強化することをな──」
そう言って今度語ったのは、FOSの人間改造の経緯である。
「人間の肉体的な強化」
まずこれが出発点であった。
薬物──筋肉増強剤による強化や、肉体の一部分、あるいはほぼ全てを人工的な物で置き換えることでの強化。
人工強化人間とか、サイボ−グとか呼ばれるものがそれである。
また、昔から伝説によって語られてきた存在にも、貪欲にFOSは目をつけた。
獣と人の中間存在──ヨ−ロッパの狼男、アマゾンのヘビ人間、中国では虎男────。
いわゆる怪物と呼ばれ、人々から恐れられてきた極めて不死身性の強い生物たちである。
人間の目を逃れて生きている彼らを、FOSは見つけ出し、不死身の秘密追求のためにスカウトした。
兵藤などがそうである。
彼ら獣人は、人間と姿はそっくりであっても、肉体的な構造はまるで違ったものだった。筋肉などの質が違うので、あれほど強力なパワ−が得られるのである。
彼らから得たサンプルによって、肉体強化薬は飛躍的に進歩した。ただし、精神崩壊などの副作用の問題が解決されていないため、完全な製品とはいえず、実用段階には至っていない。
実験的に、一部の志願者に投与して効果を確かめてみたりするが、ほとんどの者が後遺症を訴えているので、使用は無理だろう。
また、宇宙の無重力というのは思っているより厄介なシロモノである。というのは、人間の身体を長い間無重力にさらしておくと、骨のカルシウムが溶け出してしまい、ぐずぐずの骨粗しょう症になってしまう上に、筋肉も退化する。
宇宙飛行士が地上に帰ってきた時、自分の足で立たずに多くの人に抱えられているのは、そういう理由からだ。別に、祝福のために胴上げされている訳ではないのだ。
そのため、単純に筋力だけ増強すれば良いという話ではないため、研究もなかなかはかどってはいない。
そこで期待されるのが、並行して研究が進められているESPである。
サイコキネシス、念じるだけで物を動かす能力。
テレパシ−、言葉ではなく、頭の中で直接イメ−ジをやりとりする意志伝達能力。
テレポ−テ−ション、念じることで空間を飛び越え、瞬間的に他の場所へ移動する能力。
主にこの三つが有名なESPであるが、宇宙において人類の常識では理解できない事態や、存在に出会った時に最後の頼みの綱になるはずである。
例えば、異星人と出会った時を想像してみよう。
言葉が通じないのはもちろん、人型をしているとは限らない。
地球の感覚では石っころにすぎないものが、意志と知性を持った知的生命体であるかもしれない。
また、ガス状の気体の姿を持っていたり、単なる炎のゆらめきの形をしているだけであるかもしれない。
しかし、そんな彼らでも文明を築いている種族なのだ。
宇宙に出ていく以上は、そんな連中とも渡り合っていかなければならない。言葉も価値観も、モノの考え方の概念すら全く共通しない連中とでも、意志のやりとりをしなくてはならないのだ。それを無視するのだったら、何のために宇宙へ進出するのか判らなくなってしまう。
ESPだけが、それを可能にしてくれる。
テレパシ−で会話すれば言葉はいらない。必要なのは、互いのイメ−ジだけだ。
長い宇宙生活で肉体がもろくなっても大丈夫、サイコキネシスで力仕事もこなせるし危険から身を守ることもできる。
乗り物がなくても、テレポ−テ−ションで遠くへ移動ができる。 もはや多くの道具など使わなくとも、人間がその身に備えた能力だけで暮らしていけるのだ。
究極の理想は、強靱な肉体と強力なESPを兼ね備えた人間を生み出すこと。それこそが、厳しい宇宙において人間が発展し、生き延びていくための条件である。
そしてその理想をかなえるため、未だ謎の多いESPについて研究し、万人がESPを使えるようになる事が可能かどうかをつきとめるのが、現在のFOSの研究班の急務であり最大の課題なのである。
もしこの可能性が解明されれば、もう革命は終わったも同然であろう。
後は、実際に行動するだけである。我々の手によって世界を統合し、新しい宇宙時代の扉を開くのだ。
ぐっ、と拳を握りしめて田崎は話を終えた。
彼の熱狂ぶりが、余韻となって部屋の中に残っているようであった。
声を出す者はいない。
沈黙が、続いた。




