斎木学園騒動記9−2
☆ ☆ ☆
「やっと見つけたわ!我的愛人──私の大事な人」
そう叫んでしがみついてくる中国娘に対して、目を白黒させながら明郎がわめく。
「だから、何だってんだよォ!」
頬を赤らめ、つぶらな瞳を潤ませながら、ホウランは明郎の顔を見上げている。
「探してたの」
「?」
「ずっと、あなたのような人を探してたのよォ」
その言葉に、明郎は胸が高鳴るのを覚えた。
思いがけないシチュエ−ションではあるが、これが恋の始まりなのだろうか?
今、明郎の全身を駆けめぐっている衝撃は、ひとめぼれのときめきか、それともホウランの放つ電撃か。
そう、こうしている間にも、明郎にしがみついたホウランの全身からは、ぴりぴりと電気が放たれ続けているのだ。一瞬たりとも、その放電が止むことはないように思われる。
彼女、フウ・ホウランは、生まれつきの帯電体質なのであった。
意思に関わらず、彼女は触れるもの全てに強弱の程度はあるものの、常に電撃を与え続けてきた。
そんなホウランが、小さな頃から憧れ続けてきたもの、それは、「他人との何気ない触れ合い」であった。
裕福な華僑であった両親は、ホウランを愛し何でも与えてくれたが、唯一いくら欲しがっても得ることのできなかったものである。 こんな身体であるため、両親でも絶縁性の布ごしでなければ幼いホウランを抱くことができなかったのだ。
年頃になったホウランは悩んだ。
人と手をつなぐこともできない。
少女らしい恋もできない。
誰もが憧れる、花嫁に一生なれない。
このままでは生きる意味がない、とさえ思った。
そんな時、FOSのスカウトに出会ったのだった。
FOSに誘われ、両親の元を離れたのは、組織の思想に賛同したわけでもなんでもない。
要するに、この広い世界のどこかにいるはずの、『対電体質の男(ただし選り好みあり)』を探すためであった。
そして、とうとう出会うことができたのだ。
『宮前 明郎』
手をつないでも、
しがみついても、
抱きついて頬ずりしても、大丈夫な彼。
生まれて始めてじっくりと、人の肌の温もりというものを満喫したホウランは、すっかり明郎に参ってしまったようだ。
☆ ☆ ☆
「夢のファ−ストキスもできたしね、へへっ」
そう言って、ホウランは恥ずかしげに頬を赤らめた。
「まああ」
聞いてる弥生まで、顔が赤くなるような話だ。
「と、いった訳で、我々が途方にくれているうちに捕まってしまったんでござる」
「あ──頭いたい、一体ど−ゆう殺し屋よ?」
こめかみを押さえた弥生に対して、ホウランが口をとがらせる。
「ちょっとォ失礼ね、誰が殺し屋よ!」
その言葉に、今度は弥生がきょとんとする。
「え?殺し屋じゃない? だってあんた、FOSのエスパ−な訳でしょ?」
どういうことだろうか。
「その辺が、どうも複雑なんだよ」
ぷうっ、とふくれっ面になったホウランの放つ静電気に顔をしかめながら、明郎が口を開く。
つまり、どうやらFOSの中でもその組織本来の目的を知らされていない者がほとんどであるらしいのだ。
Aという人物とBという人物がいたとして、それぞれ別の理想を持ってFOSの一員として行動していることも珍しくない。いや、それどころか自分が何のためにFOSに所属しているのかすら知らないまま、その活動に手を貸している者もいるといった状況であるらしい。
例えば、そいつ個人の利益や目的のために行動しながら、要請があった時にのみ、FOSの命令に従う自由契約のような人員が多数いるというのだ。
ホウランが正にそれである。
「つまり、彼女自身は別に殺し屋やってるつもりはないようだよ。ただ、FOSを困らせる奴に対して触るだけの仕事さ、相手は死にはしないし、もしその電撃攻撃に耐える者がいたら、恋人候補として認めればいいという一石二鳥的な考えで行動してたという訳さ」 そのように、明郎が説明するのを聞いて。
「何よそれ、訳わかんない。それで組織として成り立つの?一体、FOSってどんな連中なのよ!段々判らなくなっちゃったわよ」
キ−ッ、と興奮して弥生がわめく。
その横で、陽平が省吾に顔を向けた。
「省吾どの、あなたなら説明できるでござろう?もう少し、オレたちの敵について教えてもらいたいでござるよ」
陽平の言葉により、全員の視線が省吾に集まる。
見えない目で、省吾はそれぞれの顔を見回した。
「そうですね、うまく説明できるか判りませんが──」
そう前置きして、省吾は語りはじめた。
省吾の知る範囲で、そもそも、FOSという組織の基礎集団が構成されたきっかけはこうである。
また、奴らが誰かをスカウトしようという時、必ず最初に口にする理屈でもある。
彼らはこう言う。
今では冷戦も終わり、表向きは超大国同志がまともにぶつかり合う危険はなくなったと考える者が増えているが、それは大きな間違いである。
例えば、国連がいくら平和な世界づくりを提唱してみても、彼らに賛同しない国は依然存在し、にらみあいは続けられている。
また、正義を唱える国連自身も「平和を守る」という大義名分のために行使するのは、結局強大な軍事力である。
自分たちの意に沿わない奴らに対しては、「力」でねじ伏せるというのが、彼らの手段だといえよう。
彼らは、
「世界平和のため」
「社会ル−ルの保持」
「国家間の協調と一致団結」
を呪文のように唱えて、歯向かう敵に牙をむく。そして、そうした自分たちを「正義」であると信じて疑わない。
武力行使した後の彼らは、勝利の笑みを浮かべる。
「世界平和を乱す奴ら」を「仕方なく」やっつけた。これは「正当防衛」である。と、
────果して、彼らは本当の意味で「正義」だろうか?
そう、疑問を持ったものがいた。
彼らの、「敵を何人やっつけた」とさわやかに語る胸の中に、人間という生物の持つ重大な欠陥があるのではないか?
そう言うと、別のものがさらに感想を述べた。
「正義」という、視点や立場が変わればくるりと入れ替わる曖昧なものを振りかざしたとき、人間はとてつもなく傲慢な存在になる。それがよくない。
しかも、さらによくない事がある。
肉体的能力において、他の生物より劣っている人間は、身分不相応な力を持ってしまった。
いうなれば、「その力」を手にしたことで、さらに人間は傲慢に育ったのかもしれない。
『核兵器』
一撃で、国そのものを吹き飛ばす程の、強力な兵器。
神話における「神の雷」にも似たその威力に裏付けられて、世界の指導者たちは勘違いしているのではないか。
「この世に、自分たちの思いどおりにならないものはない」
この思い上がりは、何より危険である。
ボタンを押すだけで、世界を滅びに導く核戦争が起こる恐怖は日常的にささやかれているが、けして夢物語ではないし、他人事でもない。
それが起これば、全人類・・・いや、地球上のあらゆる生物が滅亡するのだから・・・。
それを承知で、大国たちは核兵器の保有をやめようとはしない。
世界の頂点に立つ連中が、このありさまなのだ。いわば、自ら滅びようとしていると言ってもいいだろう。
このような愚かな連中に、世界の動向を任せておいて良いはずがない。すぐにでも、大国に代わる優れた新しいリ−ダ−が必要なのだ。
『この世に、かつてない革命を引き起こすこと。』
省吾の知るかぎり、それがFOSの根本にある思想であった。
しかし、ここに矛盾がある。
「革命?それって結局力ずくで現在の体制を覆すってことでしょ、それじゃFOSが否定するやり方を、自分たちでやろうとしているわけ?結局奴らも自分を正義だと定義付けしてるんじゃないの」
弥生が指摘した。すると、
「ちょっと待ちたまえ」
どこからともなく、耳慣れない声が響いたのはその時だった。
はっとして、全員に緊張が走る。
「支部長?」
小さくホウランがつぶやいた。
低いモ−タ−音とともに、壁の一部が上へスライドし始める。
その先に現れた小部屋に、田崎が一人で立っていた。
「笑い猫の今の説明には、我々FOSに対する偏見がかなりあるようだ」
皮肉っぽい口調でそう言い、田崎は肩を揺すった。




