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19 解ける誤解、解けない魔法

 二十五年前のグラオザムの進軍は、侵略として、大陸法で処罰される事となった。風と土と光に迫られ、火の国は渋々政権をヴェシャイラン王家へと返還した。

 この件に関しては、解決にアーマイゼ王ラザファムが大きく貢献し、株を上げた。だがその影にはビアンカとエリアスの支えがあった。幼い体に鞭打って、ビアンカは毎晩遅くまで働いた。新体制に必要な制度、人材などをシリルとベンジャミンの親子と真剣に議論し合った。ジルの残した想い――シリルを助けてあげてという願いを聞かなければと必死だった。

 グラオザムの王子でもあるシリルを王にするためには、様々な確執を取り除く必要があった。軍部は特に反発し、自分たちで新しく選んだ王を立て、グラオザムに対する復讐を企てていたのだ。

 だが、ツェツィーリエの息子にして、正当な後継者である事と、光国と土国の後ろ盾を武器に、何より平和を訴えたシリルは、民の信頼を勝ち取った。王位に着くまであと一歩というところまで辿り着いている。




 そして季節は巡り、大陸に春が訪れる。

 ビアンカは窓の外で咲き誇る花に見惚れ、さえずる鳥の声にうっとりと聞き惚れた。


 味方が増え、ヴェシャイラン王城に本拠地を確保したシリルは、アーマイゼ城に設えてある仮の執務室を畳むことになっていた。

 慌ただしかった日々が終わる。それはきっと喜ばしい事だけれども、寂しくもあった。わずかにしんみりしながら片付けを手伝うビアンカに、


「ねえねえ、ところで、肝心の呪いはどうして解けないんだ? 実は既に解けてて、じわじわ成長中なのかなって思ってたんだけど、変化、全くないよね?」


 大量の書類を纏めながら、ふとシリルが尋ねた。ビアンカは目を瞬かせたあと、自らの体を見下ろす。未だに凹凸のない、十二歳の未発達な体のままだった。気になってはいたけれど、文献を調べる時間もないし、なにより、さほど不便さは感じなかった。それどころか、この体は軽くて動き易いのだ。体力が無いのが玉に瑕だが、それはエリアスが補ってくれる。

 だが、あれからもう一年だ。こうして時間が出来たのだから、後回しにするのはもうやめるべきだろう。


「確かめるわ」


 ビアンカは一人別室に移ると、十二歳の時に着ていた、あの・・エプロンドレスを取り出し、恐る恐る着替える。それは幼くなってから袖を通した時と同じく、ぴったりだった。

 暗澹たる表情で、エリアスとシリルに誂えたようなエプロンドレスを見せると、二人も一気に思案顔になった。


「せっかく国を取り返したのに、その姿ではとても求婚できないんだけどなあ。困った。王には王妃が必要だし、アーマイゼの姫君だったら、未だうるさい奴らも黙りそうで、一石二鳥なのに」


 求婚出来ないと言いつつも、しっかり手を取るシリルに呆れる。


「王になってから出直すのね」


 魅惑的に微笑んで、手の甲に口づけを落とそうとするシリルから自分の手を取り戻すと、ビアンカは改めて思案に沈んだ。


「ジルが居なくなったのにこのままってことは、呪いをかけたのはジルじゃないって事よね」


 ジルじゃないなら、根本から考え直す必要がある。


(若返りといえば、時逆行の魔法があるけれど……魔法、ねぇ。城全体を眠らせる眠りの魔法ほど強力じゃないから、僅かな力でもかけられるけれど……でも術者がいなくなってしまったら、当然効力は途切れるはずだし)


 ぶつぶつと呟いていて、ふとビアンカはもう一つの可能性を思い出した。


「ああ、そうか……」


 精霊に声を届ける事、そしてその力を借りる事。――強く願い、対価を与えれば実は誰でもできる。


「古魔法だわ」


 呟いたビアンカの視界の端で、びくりと震える影があった。


「前も言ってたな、それ。詳しくは知らないんだけど、どういう原理なんだ?」


 シリルが蒼い目を輝かせて、興味深そうに身を乗り出した。ビアンカは説明をはじめた。


「時折、人間の強い願いに精霊が反応することがあるの。供物を与えて祈る方法なら知っているでしょう?」

「供物っていけにえ・・・・とかそういう野蛮なやつ?」


 血なまぐさい物を想像したのか、シリルは顔をしかめる。


「それもあるけれど、基本的には術者の“執着”が供物になるの」

「執着?」

「ええ。いくら金銀財宝や尊い命を積んでも、それが術者にとって執着の薄い物であれば意味がない。彼らは願いを叶えてくれる代わりに、別の同じくらい大切な願いを引き渡させる」

「願いとか、形のないものでもいいわけ?」


 不可解そうなシリルに、ビアンカは昔読んだ本を思い出しながら説明した。


「強力な願掛けとでも言えばいいのかしら。例えば、好物のケーキを食べない代わりに、恋を叶えるとか。この場合、恋を叶えてもらえたら、術者はケーキを一生食べられないの。ディアマントは本当にそういうのがお好きな神だから、精霊も倣うのかもね」

「へえ」


 面白そうに相槌を打つシリルにビアンカは訊いた。


「――ところで、シリル。わたし、眠りから覚める前、もう縮んでいたのよね?」

「ん? ああそうだけど」


 急な問いかけに、突然なんなんだ? とシリルが不審げに眉を寄せる。


「部屋に入って来た時、不審者はいなかった? アーマイゼ城全体に魔法がかけられていたのだから、古魔法の術者ももれなく眠っていたはずなの。だから、そんなに遠くには行っていないと思うのよね」


 ビアンカが含みを持たせると、シリルが「あー……これまた灯台下暗しって言いたいわけね?」と間の抜けた声を出す。

 そこで、ビアンカはにっこりと笑うと立ち上がり、エリアスに近寄る。


「そして、城が眠る前に最後にわたしの姿を見たのは、エリアスよね? 起きた時にも部屋にいたし。あなた、誰か不審な人物、見なかった?」

「…………」


 口元を手で覆い、顔色を無くすエリアスの顔を、ビアンカは上目遣いで見上げた。

 とたん、彼が身を翻し、部屋から飛び出そうとする。シリルがマントの端を掴むと、彼は暴れる。剣まで抜こうとした真犯人をビアンカが冷たく制する。


「エリアス。全部吐きなさい」



 *



「城が眠りに包まれた時、眠りの魔法だってわかったんだよ。だって、僕はビアンカとジルに何度もやられてる。練習台で。だから多少耐性もあった」


 過去のいたずらに触れられ、ぐっと詰まるビアンカをちらりと睨むと、エリアスはふて腐れた顔で続けた。


「しかも、今までに無い強烈な睡魔だったし、眠ったら君を守れなくなるって焦った。だから願った。『誰も彼女を傷つけることができませんように』って」


 渋々白状しはじめたエリアスにビアンカは容赦なく追及を続ける。


「何を引き換えに願ったの」

「別に、何も引き換えにした覚えは無いんだ。ただ、必死で願っただけ。古魔法なんて知らないし、自分がかけたなんてさっきまで思いもしなかった」


 ぶすっと顔を背けるエリアスの横顔は微かに赤くなっていた。

 古魔法というのは単なる願いごとではない。自分の『大切な願い』を手放してまで自分を守ろうとしてくれた。その事実にビアンカは歓喜で体中の血が逆流しそうになる。終わらせて埋めたはずの恋心が急激に芽吹き、色づき始め――ふと思う。となると、ビアンカは『あの言葉』の意味を考え直さなければならないのではないか。


『ずっと、一生、わたしの傍に居てくれるんでしょう?』

『――僕はそんなの嫌だよ』


 ――ビアンカを拒絶したあの言葉には、何か大事なことが抜けていたのでは。


(エリアスが嫌がったのは、わたしの傍にいる事ではなかった――? じゃあ、何が嫌だったの?)


 一つ思い当たることがある。だがそれはビアンカの思い上がりかもしれない。

 はっきりさせたかった。手がかりは、魔法の鍵、そして目覚めの前に見ていたあの夢にあるとビアンカの勘が訴えた。


「それで“鍵”は? 元に戻る鍵。あなたがかけたはず。はっきり言葉にするか、行動で示しているはずなんだけど」

「…………寝てる間に忘れた」


 追及にエリアスは真っ赤になっていた。大きな手で口元を覆って、表情を隠そうとしているけれど、これは忘れた者のする顔ではない。


「実は気になってたんだよなあ。どうして眠りの魔法が解けた鍵をキスだと思い込んでたのかって」


 シリルの横槍に、エリアスは飛びあがった。


「エリアス」


 もう彼の本心を聞かずにはいられない。ビアンカがずずいと迫ると、エリアスはその分後ずさった。


「な、に」

「呪いを解いて」


 手を伸ばして唇に指をあてると、彼はぎょっと目を剥いたあと顔を背けた。いつも通りの不機嫌な顔。だがその目もとにはやはり朱が差している。


「エリアス」


 もう一歩進むと、エリアスは壁際に追い詰められる。目を見開いた彼は、やがて観念したかのように口を開く。


「いやだよ。僕は幼女相手にキスするような変態じゃないし。それに、呪いを解いたら、君はそいつと結婚できるようになる。僕は自分が選ばれる事はとっくの昔に諦めてるけど、君が他の男のモノになるのは、やっぱりいやだ。一番近くで君が他の男と仲良くしているところを見るなんて冗談じゃない。――そうなるくらいなら、君が一生十二歳の方いいと思ってる!」


 本音を聞いたからには、ビアンカはもう自分を押さえる事はできなかった。


「ジルが言ってた事を忘れたの? 大陸に真の平和が訪れれば、わたしは王子を婿にする必要なんかないのよ?」


 それならば、ビアンカは諦めない。いつか大陸をの平和に導く。そして、堂々とエリアスを手に入れるのだ。


「え、それって、王子以外でも君の伴侶の候補になれるって意味?」

「茨の道よ? それでも一緒に行く?」


 ビアンカが微笑むと、エリアスが目を丸くした。

 だが、それでも彼は幼女姿のビアンカに怯み、口づけを躊躇う。焦れたビアンカは精一杯背伸びをして、彼の首に抱きつき、顔を近づけた。


「――――!?」


 エプロンドレスの胸元のボタンがぱちんと飛ぶ。それが額に当たったシリルが「うわおぅ……! こりゃまた、迫力のある美女だな……!」と感嘆の声を上げた。


「戻った!?」


 エリアスが目を剥き、慌てたように自分の上着をビアンカに被せる。


「あ」


 呪いが解けると、体が元に戻る。わかっていたつもりなのに全くわかっていなかった。五年で背はそれほど伸びなかったが、育つべきところがしっかり育ったせいで、服は入らなくなっていたはずだった。

 ところどころはち切れそうな服を見下ろして、ビアンカが焦った直後、エリアスが大きな体で彼女を包み込んだ。

 見上げると、エリアスの瞳の中に十七のビアンカが映っていた。銀の髪は月光のようにまろやかに輝き、長い睫毛に縁取られた藍色の瞳は潤み、頬は柔らかく色づいている。それは、綻びはじめた薔薇の蕾のよう。五年分の色香を急に纏ったせいか、艶やかさが増している気がした。

 エリアスの視線が全身に絡みつくのがわかる。黒い瞳の奥に、彼女が十二歳の姿の時には見せなかった熱を感じ、ビアンカは思わず目を伏せた――


 ――が、とたん体がしゅるしゅると再び縮んで行く。


「え?」

「あれ?」


 今のは夢だったのだろうかと呆然とする二人の前で、シリルだけが吹き出しそうな顔で頷いている。


「やっぱりな……随分厄介な呪いをかけたもんだ」


 二人が同時に問う。


「どういうこと!?」

「幼女の呪いの交換条件はエリアス君の望みだろ。『誰も彼女を傷つけることができませんように』……その『誰も』の一人にエリアス君自身も入ってるってこと。自分の首しめてやがる」

「え?」


 唖然とするエリアスを見て、ぶはっとシリルが吹き出した。


「つまり、想い合った相手でも姫には手が出せないってことだ! だから、他の対価を求めなかったんだよ。うわお、ディアマントってなんて下衆! 悪趣味!」


 罰当たりな言葉を吐いたシリルは、そのままゲラゲラと腹を抱えた。


「天に上ってディアマントを説得しに行くか? それとも悟りを開いて神職にでもつく? それとも……実年齢は大丈夫だと割り切るか、俺を倣って幼女趣味に走るか」

「冗談じゃないよ…………!」


 エリアスが絶望して打ち拉がれている。隣でビアンカはようやく完全に明かされた真相の意味を考え、はっとする。


「あれ、よく考えたら、それって、今のままでも一生婿をとらなくっていいってことよね!? しかも不老不死!? じゃあ生涯独身って手も――」


 処女王という、もう一つの選択肢が急に浮上してきた。結婚しなければ――それならば、今のまま、エリアスと一緒に過ごす事を許されるではないか。

 顔を輝かせるビアンカだったが、一方、エリアスは真剣な顔で詰め寄る。


「生涯独身って――ねえ、さっき言った事、既に忘れてるだろ。『現状維持できるならいいわ』とか、妥協して楽な方に流されようとしてるだろ!」


 とんでもないとビアンカは目を丸くする。


「楽な方に――って言っても、ほら、大陸をまとめあげるのには途方も無い時間が必要だもの。一生かかるかもしれないし、下手したらわたしの代では叶わないかもしれないくらいの野望よ。だから、誰にも文句を言われずに一生一緒に居られるなら、それは喜ぶべきで――」


 妥協というよりは、突き詰めるとビアンカの望みはそれだけ。彼がそばに居てくれれば十分幸せなのだ。思いもよらず手に入った幸運に頬を染めるビアンカだったが、エリアスは「そんなお子様な恋はもうたくさんだ」と天井を仰いで嘆く。そんな彼を見て、シリルがひと際魅力的な笑顔を浮かべる。うきうきとビアンカの手をとった。


「もしかして、全然諦めないでいい感じじゃない? 俺、妖艶な美女も好きだけど、今の美少女の姿も十分好きだし、むしろ、俺の方が有利?」


 問題発言に目を釣り上げたエリアスは、ビアンカの手をシリルから奪い返すと、両手をぎゅうっと痛いほど握りしめて訴える。


「君がそれで満足だとしても、僕の方は、一生『生殺し』なんて嫌だから! 大陸だって統一するし、ディアマントも説得しに行くからな!」

「わ、わかったから、ちょっと落ち着いて」

「いいや、たぶんわかってない! 約束して。僕と一緒に全力を尽くして、『最善』を手に入れるって」


 ビアンカはエリアスの熱に圧されて頷きながら、それならば、これからどう動こうかと思案し始める。


 ひとまず、アーマイゼには、――そして大陸には平和な日常が戻りそうだった。



 《終》

題材に能力が追いつかず、何度も書き直しました。少しでも読んでくださった方の心に残る物語であればいいなと思います。

長い間お付き合いくださいましてありがとうございました!

感想、一言でもいただけると今後の励みになります。どうぞよろしくお願いします!

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