3話 虚勢 1
日も落ちた夜。
ギィ、と街角の施設の門が軋んだ。
門番たちが開けた扉をくぐり、二頭の白馬に引かれた馬車がゆっくりと敷地へ入っていく。
「ご苦労」
御者台に備え付けられたカンテラの明かりに照らされたロバートが声をかけると、門番たちは敬礼で応えた。
門の内に入っても、まだ道は続いた。
月明かりを映す石畳の両脇には、煉瓦で縁取られた植え込みがまっすぐに続いている。
その敷かれた道を二頭の白馬が石畳の上で蹄を鳴らし、それを追うように馬車の車輪がガラガラと音を立てた。
中央の噴水が涼しげな水音を立て、その向こうには白壁の巨大な宮殿が夜闇の中、窓から光を放ちながらそびえていた。
正面玄関には、すでに幾台もの馬車が並んでおり、次々に馬車を降りる貴族たちが確認できた。
彼らは誰も彼もがサファイヤブルーの付け髪を編み込んでおり、いわゆる勇者の血族──すなわち政治家の一族であることは一目でわかった。
「ヤバい、遅れたか……?」
クロードがそう、モゴモゴと口の中で言うと、隣りに座るモノクルをつけ、豊かな顎髭をたくわえた老人は、杖に手をおいてどっしりと構え、鋭い眼光で首を振った。髪色は白く色は抜けているが、毛の質感はクロードやフレデリックに似ていた。
「クロード。気にするな。主役は最後に現れるものだ」
彼こそがウィルゲンシュタインの当代家長で、クロードの祖父であった。
「それより、不備はないな?」
言われて、クロードは自らのピアスに触れた。
「ええ」
「ならば良い」
そして彼らもまた馬車を停め、戸を開くと、ステップを降りるクロードに、周囲の女性貴族たちは声を上げた。
「わぁ……」
「相変わらずお美しい……」
「ああ、クロード様……」
確かにクロードは黙っていれば絶世の美男子であった。黙っていれば。
聞き慣れたもので、クロードはそれらの声に耳を貸さなかったが──
「フレデリック様もまた一段と渋く……」
──どうも父親にもファンが居るらしいことは当人たちにも聞こえてきた。
苦笑いを浮かべるフレデリック。
「くすぐったいねどうも」
クロードに手を取られながら降りてくる祖父は息子に一言耳打ちした。
「手は出すなよ。家名に傷がつく」
「父上は私をどう思ってるんですか全く……」
そうして巨大な玄関を通り、エントランスに入ると、ドロシーが受付を済ませる。
ロバートも合流し、ネクタイの座りを直せば、5名はまるで神殿の如き広い階段を上がり、もう一度中の両開きのドアを開く。
するとそこでは煌々とした光の中で、ワイワイガヤガヤと貴族たちが踊り、その奥ではオーケストラが演奏をしていた。
ダンスホールの周囲にはソファーとテーブル。その周囲に侍従がおり、ワイングラスを片手に誰も彼もが会話をしていた。
つい今しがた、クロードの視界の中で男女が手をつなぎ、ダンスホールに向かった。
しかし誰もそんな二人に注目はしない。それどころか近くの立ち話にクロードが聞き耳を立てると、彼らの話はやれ橋の維持費や領地間の折衝の話だった。
「例の鉄道の件ですが、あの谷の川はそちらの領地にも流れているでしょう、コチラだけ出せるような話でもなく……」
「ですから、それは地下水利権の話でして……」
「船の建造費は出したでしょう。それで海路は50:50と言うのは流石に……」
「その話は飲めません。山の境界線は定まってます。それ以上はこちらの領地だ。これ以上鉱山開発を進めるなら接収という形を取らざるを得ない。こちらとしてもそれは……」
それぞれバラバラの交渉。つまりそれだけ多くの人間がそういう話ばかり交わしていたわけだ。
ここは確かに華やかな舞踏会だった。酒を楽しみ、踊り、歓談する者もいる。
だが、その華やかさの裏では、領地と金を巡る交渉が絶えず行われていた。
社交とは、遊興であると同時に、公式の会議では話しにくい問題を持ち寄る機会でもあった。
後ろ手に腕を組んだクロードは鼻からため息を吐いた。
「……お母様は嫌がる世界だね」
「だから連れてこなかった。夢が壊れるってな。あいつは耳が良い。だから負担をかけたくはない」
フレデリックの話に被せるように、祖父もつづけた。
「夢を見てもらわねばな。領民には余裕があるように見えなくては自らの領地に不安を持つ。上に立つものには虚勢も必要なのだ」
「……」
そんな祖父の言葉を聞き流し、視線を流すクロードと目を合わせる赤いドレスの令嬢がいた。
アップに結い上げたクロードよりも明るい色の茶髪が印象的。スッキリとした顔立ちで、美人と言って差し支えなかった。
彼女はクロードと視線が重なったことをきっかけに笑顔で駆け寄ってくる。
「クロード様!」
「あ、えっと……」
困ったことにクロードはその子を覚えていなかった。内心、誰だっけこのコ? と思っているところだった。
彼女はクロードの手を取ると、ちょっと不満げだった。
「忘れたんですか? トランジット家のフランです。フラン・トランジット。前回の会合では、助けてくださってありがとうございます」
「んーっと……」
頬を掻き、少し記憶をたどると、クロードは思い出した。
フランは前回の会合が初参加の令嬢で、慣れない彼女をダンスに誘ってやり過ごしたのだ。
「ああ! あの時の!」
「思い出していただけましたか!? 嬉しい! そ、それでですね……、もう一度私と踊っていただけますでしょうか……?」
クロードはちらりと父と祖父、ロバートの方を見ると、祖父が許可を出した。
「行ってこい。淑女は丁重に扱うものだ」
お墨付きをいただいたフランが代わりに応える。
「ありがとうございます!」
そうして引っ張られるようにしてクロードはダンスホールに飛び込む。
そんな息子の後ろ姿を見ながら、フレデリックは父──バートンにひっそりと告げた。
「あれ、助けての目だったんじゃないんですか?」
「だからだ。他の領地との交渉はお前一人でできるだろう」
その言葉を聞いて、付き添いのロバートは目を閉じて首を横に振った。
頑張れクロード、と思いながら。




