3話 虚勢 2
クロードとフランのダンスは二人の周囲だけ、まるで花が咲いたかのようで社交界の視線を集めた。
「あの束ねた栗毛は……、ウィルゲンシュタイン家の倅か……」
「あっちはトランジット家の令嬢だな……、お似合いじゃないか」
そういった周囲の感想を耳にして息子のステップを誇らしく思うフレデリックではあったが、彼の眼の前にはそんな息子のダンスに見とれながらも会話をやめない他の領地の領主が居た。
彼はまだ若いフレデリックよりは年上で、偉そうであった。
「クロードくんは美形だな。フレデリック、君にも似てる。君のことが昔から羨ましくはあったよ」
「私ですか? いえ、息子は母に似たんですよ」
「君の妻も並べば見劣りしない。全く羨ましい。だが聞いたぞ?」
ずいとその領主はフレデリックに顔を寄せると──
「財政は赤字らしいじゃないか。統治の才能は父に似なかったか?」
──ほくそ笑みながら耳打ちした。
ピクリと眉をひそめたのはフレデリックのそばに居たロバートとドロシーだった。
一方フレデリック本人は、ああそのことか、と鼻で笑った。
「よくある話です。ダムの修繕と橋のメンテナンスですよ。それでさっき橋の向こう側の領主と掛け合ってきた。
なんとか6:4にできた。老朽化してた6がうち、相手が4。
話が早くてホッとしましたよ」
ハッと鼻で笑うのは話を続ける相手もそうだった。
彼は通りがかった給仕の運ぶ盆の上からひょいと赤ワインを取り上げると、その芳醇な香り一度楽しんで、やれやれと言葉を続けた。
「下手くそだねぇ……。
うちは黒字だったからね、ケンタウロスの業者からスレイプニルの馬車馬を購入したよ。
六足馬はすごいぞ。どんな坂道もものともしない」
「設備に当てたんですね」
彼の言葉ににっこり笑いながらもフレデリックは次で刺した。
「ですがあなたの領地は平野が多い。税を還付する選択肢はなかったんですか?」
「する必要がないからね。私の手柄だ」
「……そうですか」
フレデリックは呆れたように斜め上に視線を向けると、鼻でため息を付いた。彼のところの領民は不幸なものだ、と。
その会話を聞いていたドロシーもロバートも意味を理解したようで、目配せすると肩をすくめた。
◆◆◆
音楽が終わったところで、それを区切りとして司会役の一人が拡声器を持ち出した。
コイルを巻いた原始的なスピーカーで、無線通信の技術はまだ存在せず、また、電話も高価で普及はしていなかった。
「それでは宴も酣というところでしょう。夜も更けてきた。皆さん明日に響きます」
フランは名残惜しそうにクロードから離れ、赤い顔でクロードの横顔に見惚れていた。
「最後に、大きく発展したことで有名なウィルゲンシュタイン領の領主、バートン公に、本日はスピーチをお願いして、今宵はお開きとしたいと思います」
登壇し、マイクを渡されたバートンは一度咳払いするとこう告げた。
「社交界。いい言葉です。領民はそこに幻想をいだいている。
美味しいものを食べ、踊り、楽しむ。結構。ですが、それだけというわけにはいかない。
我々貴族は領民の信頼を一身に背負っている。我々は華やかでなくてはならない。でなくては、領民は自らの住まう領地を貧しいものと思い込む事がある。
貴族にとって華やかさというのは意地だ。白鳥のように、水面下の泥臭い努力は見せてはいけない。
たとえ明日、肉を食えず、酒を飲めず、豆しか食べられるものがないとしても、気位までは下げてはいけない。
同時に、気位と財産は比例しない。
なぜなら、我々は最初から無一文なのです。
我々が差配する財は、領民から預かったものにすぎないのだから」
その言葉に、ざわりと聴衆は怯んだ。
「当家の家訓に、こういうものがあります。
【上の者は下なる者の如くあれ】。
真に、領主こそが領民の配下なのです。
道を整備しなくては物は届かない。
物が届かなくては人は生活の根を張れない。
生活の根を張るためには水がいる。
水を引かねば土地は枯れ、流さねば水は淀む。
ではそれをするものは誰か。
決まっているのです。我々です。【勇者の一族】という家の者です。
これを天命と言わずして何というのでしょうか。
反対のことをすれば? 隣の領土に領民は逃げます。その結果我々の生活も立ち行かなくなる。
我々は民によって支えられている。我々も民を支えなくてはならない。
……わかりきったことでしたかな? 申し訳ない。言う内容がこれくらいしか思い浮かばなかった」
バートンはクロードとフレデリックに交互に目を向ける。
すると、フレデリックの隣でスレイプニルを自慢していた領主は、腰に手を当てて手に持ったワインを一息に飲み干し、つまらなそうにその場を離れた。
その様子を一瞥したバートンは、演説を締めくくった。
「せめて誇り高く、領民が明日も安心して生活できるように……。
それを忘れないようにしたいものですね。以上となります。
ご清聴、ありがとうございました」
次の瞬間、割れんばかりの拍手が響いた。と同時に、バツの悪そうな貴族たちも渋々拍手を送る。
もちろん、クロードも力強く手を叩いた。
──さすがお祖父様だ。と。
◆◆◆
帰りの馬車の中で、フレデリックはくっくっくと笑っていた。
「あれ、私に絡んでた彼に言ったんでしょ?」
しかしフレデリックの隣のバートンは首を横に振った。
「いいや、あいつだけじゃない。本質を忘れてる者が多すぎる。
気を引き締めてやらんといかんと思っただけだ。
これだから最近の若いもんは……」
「私たち世代はもう最近の若いもんじゃありませんよ。くっくっく……」
そんな父と祖父の会話を聞きながら、ドロシーも口角を上げて微笑んだ。
(この親にしてこの子あり。これは末代まで続くわね……)
その時、ドロシーは肩に重みを感じていた。
ドロシーの隣では、端正な顔の寝不足の王子様が、すやすやと寝息を立てていたからだ。
その様子にバートンはやれやれと首を振った。
「睡眠不足なら寝させておけばよかったものを……。トランジット家の御令嬢には申し訳ないことをしたな」
そのバートンの言葉に、思わずフレデリックはパンと指を鳴らした。
「あー、あれ眠気覚ましに使ったんですか……!」
感心するフレデリックに反して、ドロシーは吹き出すのをこらえ、肩を震わせるのが精一杯だった。
「社交界の場で爆睡させてみろ。それこそ虚勢も張れんだろ。
風呂に入れてから寝させてやれ。フレデリックを手伝ったんだろう? どうせ昨日も入ってないんだろう?
ドロシー。笑ってないでロバートに急げと伝えろ」
言われてドロシーは馬車の窓を開けると、御者台のロバートに伝える。
「飛ばせって言ってます」
「了解。ハイヨー!」
手綱をしならせ、馬の背をパンとロバートが叩くと、明かりを灯した馬車は夜の街道を走る速度を上げた。




