2話 立場 3
鐘が鳴り、放課後。
クロードは先にドロシーとロバートとともに教室を出るところで、マールがアレックスに近寄ると、彼も革のカバンを提げて立った。
「帰ろっか」
「ああ、そうだな」
この世界の学校には部活という概念はなく、クラブという形で登録すれば良かった。
それは生徒が何をしているかの学校側の把握のためであり、クラブ参加は義務でも推奨でもなかった。
制度上の問題だ。そもそも家業を持つ家庭にとって部活は負担であり、この世界では15歳以上が成人扱いで労働に参加できる。
その制度化の結果がこういう形になったのだ。
二人が廊下に出ると、そこに、一人の男子生徒が駆け寄ってきた。
「ま、待ってくれアレックス!」
またか、とアレックスは立ち止まり、その男を鋭い目つきで睨み返した。
その男子生徒は上級生で、彼にいつも要望を突きつけに来る。髪に編み込まれた紅のウィッグのおかげで、彼が賢者の家の者だと一目でわかった。
貴族の男だ。しかし──
「頼む! 生徒会に入ってくれ! 君なら次期生徒会長も夢じゃない!」
──彼は懇願するかのようにアレックスの前で頭を下げた。
「そういうのクロードに頼んだらどうですか……。俺、嫌われてますよ。外周部の人間だし」
しかし釣れない態度のアレックス。
「そんな奴らばかりじゃないって!!」
上級生が食い下がってもアレックスは首を横に振った。
「それにこれから生徒会でしょ? 俺この時間だめなんですよ」
「なんで!?」
「今日は“四勤日”だから」
言葉足らずだったアレックスを補佐するように、マールが代わりに事情を説明する。
「アレックスね、今日、お仕事なんだ。四勤日に入れてるんだよ。古本屋さんの店員の仕事」
この世界では五日を一巡りとし、四日働いて五日目に休む。それを二度繰り返して一週間と数え、三週間でひと月が終わる。
つまり四勤日とはこの世界では金曜日のようなものだった。
そしてアレックスの言うように、働く四日間は順に一勤日、二勤日、三勤日、四勤日と呼ばれていた。
頷くアレックスはさらにマールの説明に追加した。
「俺が抜けたら給料も入ってこないし、こればっかりはお願いされても困るんです。
生徒会っていつも四勤日にやってるんでしょ?
俺とはそもそもスケジュール合いませんよ」
「……そうか、それは……しょうがないな……」
しょぼーんとしたまま、上級生は来た廊下を帰っていく。その背は少し哀愁がかっていた。
マールはアレックスに尋ねた。
「仕事入れてなかったらやる気はあったの?」
「いやー……、ないなぁ……、古本屋で働いてるのも、そこの本読み放題だし」
「なるほどねー。アレックスらしいや」
ふと思い返すマール。
「四勤日ってクロードたちちょっかい出してこないよね?」
すると、ポケットからあんちょこを取り出し、なにか単語を読み返しながらアレックスは答えた。
「ああ、あれだろ? 社交界」
◆◆◆
「うあー……ぐわんぐわんするー」
睡眠不足でフラフラになりながらも、姿見の前のクロードはドロシーにネクタイの調節をされていた。
ドロシーの白く細い指が、クロードのネクタイを手際よく締め直す。そばかすの浮いた顔は真剣そのもの。
ぴしっと決まったスーツ姿。銀灰色のシャツに、胸には勇者家のエンブレムとサファイヤブルーの帯。
「今夜を乗り切ればお休みですから」
メイド服姿のドロシーの言葉に、クロードは返した。
「休日を睡眠で潰すのは嫌だー」
ドロシーは貴族でありながらも、クロードの同年代の特別なメイドとしてやってきた分家の人間だった。
彼女だけは雇われのメイドではない。
サファイヤブルーの付け髪は彼女が勇者の一族である証で、屋敷では同年代の使用人をまとめる立場にもあった。
この世界の貴族の本家と分家の間ではよくあることで、ドロシーとクロードは又従兄妹でもあった。
「お父上様のお手伝いを継続したのはクロード様ですよ?」
「そうだぞ、私は寝ろと言ったんだ」
ノックもせずドアを開くと、父もまたスーツをめかしこんでいた。キリッと整えた七三分けの髪型は、確かにクロードの短髪版にも見えた。
若いときにはやけに美形だっただろう。今でも若いが。
「ノックぐらいしてくださいフレデリック様」
ドロシーに言われ、フレデリックと呼ばれたクロードの父は肩をすくめる。
「家でもマナーは窮屈だぞ」
「父上は眠くないんですか」
クロードの問いに、フレデリックはニッと笑い、ピースサインを向ける。
「さっきまで寝てた!」
「ずるい!」
赤と青、三白眼のオッドアイで二人を交互に見るドロシーは、やれやれとため息を付いた。
「相変わらずこの親にしてこの子あり……ですね」
ポツリとつぶやいたドロシーの一言はフレデリックには聞こえなかったようで、彼はドロシーに念押しした。
「ドロシー、ちゃんとクロードのペンダントは隠せよ。父上がうるさい」
「わかっております。ピアスもはずれないように、ですね」
頷くドロシー。尋ねるクロード。
「お祖父様も行くんですか?」
「そうだ。スピーチしてくれとさ。うかうかうたた寝できないぞ」
「ウヒー……」
そうこうしていると、フレデリックの後ろから今度はビシッと決めた姿のロバートも現れた。
「クロード、時間だ。お館様はもう馬車に乗ったぞ」
「わかった。行くよ。お前も呼び捨ては気をつけろよ? 一応執事ってことになるんだから」
「わかっております、クロード様」
スパッと切り替えるロバートに、クロードは苦笑いを浮かべた。
ロバートもまた、クロードの又従兄弟だった。クロードの祖父は三兄弟の長男であり、ドロシーとロバートは、それぞれ弟たちの家系に生まれた子供だった。
「その変わり身の速さ、相変わらず面白いね。お互い大変だな……」
「終わりました」
パンパンとクロードの体を叩き、姿見を促すドロシー。
そして姿見に映ったビシッとしたクロードは両手で自分の頬をペンペンと叩いた。
「さて、出陣と行こうか」
つづく。




